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儀礼は、人一倍好奇心の強いこどもだった。 幼い頃から祖父の修一郎につきまとい、難しい本を読んで聞かせてもらうのが好きだった。 また『黒鬼』と呼ばれる重気の気配には、何か他人と違うものを感じ取っていた。 おそらく、人を殺した者だと、なんとなく気付いていたのかもしれない。 それでも、儀礼はおびえるどころか、逆に、獅子の父親である重気に、懐くように遊んでもらっていた。 儀礼は8才の時に獅子倉(ししくら)の道場に入った。 獅子や拓はその時すでに大分強くなっていて、儀礼は同じ学年の子ども達、数人と同じ頃に始めたのだ。 だが、1か月もすると儀礼はやめたいと言い出した。 3ヶ月もすると毎日のように泣いた。 もともと儀礼はシエンの里の子にしては珍しく、おとなしい方で闘争心も低かった。 道場でも、同じくらいの年齢の子どもと試合形式で向き合った途端に、動けなくなる。 練習の動き自体は決して悪いものではないし、覚えるのも早いと重気は言っていた。 それでも、始めて半年で儀礼は道場をやめた。 道場主である重気は、無理はしなくていいと言った。 ただ、「稽古をやめたとしても、お前がうちの門下生でいたいならそれをやめることはない」、と。 儀礼はその重気の言葉に頷いた。 儀礼は、友人達と戦うために向き合うのが怖かった。 睨むように闘気をぶつけられるのが怖かった。 そしてなにより……彼等の急所をつこうとする自分が怖かった……。 向かい合う子の頸動脈(けいどうみゃく)、心臓、眉間、静脈、動脈、目、あらゆる致命傷、もしくは戦闘不能にさせる場所。 それがはっきりと儀礼にはわかったのだ。 儀礼には彼らの死に顔が見えてしまった。 頸動脈に、鋭い刃が当たる。スッとなぞるだけで吹き出す血……。 目に、針金を食い込ませる。失明どころか、脳にさえ届くかもしれない。 それらを、頭の中で考えてしまう自分が恐ろしかった。 気付けば、儀礼は他の子供達と距離を置くようになってしまった。 だが、ナゼか、獅子や拓にはそれが見えなかった。 首や顔が見えないわけじゃない。 見えないわけがないのだから。 なのに、死に至る部分として見えないのだ。 (何でだろう。) 儀礼にはわからなかった。 ただ、それがひどく落ち着いた。 安心させてくれるのだ。 いつしか、儀礼は毎夜クラスメート達の死に顔に怯えることもなくなった。 ある日、儀礼は目の前を歩く獅子の首に触れてみようとした。 なんの気負いもなく歩く獅子。 頸動脈を狙うようにそっと腕を伸ばす。 バッ と獅子が振り向いた。 ガードするように、儀礼の腕に自分の腕を当て、反対の手は反射でか、殴るための型で構えている。 「なんだ? 儀礼。」 何事もないかのように、普通に、「なんかようか?」と獅子は問い掛ける。 (ああ、そうか。隙がないのか。) そこで初めて儀礼は自分の『目』と、彼らの心構えの高さを知った。 多くの物を作るために、知るために、儀礼は自分の中に、たくさんの情報を詰め込んで来た。 その頃には、設計図を見れば、その素材や組立方まで頭の中で瞬時に思い描けるようになっていた。 だから、人の設計図と、その分解方法まで、いつの間にか、儀礼は身につけてしまっていたらしい。 (そんな物いらないのに。) 儀礼は自分が怖くなった。 だが、そんな自分がおかしくないと、儀礼に思わせてくれるのが、重気と、獅子や拓たちだった。 だから儀礼は安心して、『文人』でいられる。 かつて、その『目』を持ち、医者として人の命を救いながら、時として、戦場の暗殺者として駆けた団居(まどい)の者がいたことを、今は誰も知らない。 何百年も昔、シエンの戦士がドルエド国を救ったその歴史の中に。 儀礼は毒針の代わりに麻酔を持つ。 ナイフの代わりにコロンを持つ。 血管に打ち込まなくてはならない麻酔弾をだから儀礼は百発百中で扱える。 誰も知らないその能力を儀礼は今日も、平和の方向に使う。 ダン、ダン、ダン! 3発の銃声の後にドサドサドサ、人の倒れる音3つ。 「いいの? ギレイ君?」 パチパチと瞳を瞬いて、白が呆然と倒れた男達を見ている。 たまたま、儀礼と白が買い物に来た店に、武器を持って押し入ってきた男達。 倒れた男たちはもちろん、放置だ。 店の人にでも通報してもらおう。 「問題無し。眠ってるだけだし。強盗して、生きて牢に入れるだけ幸せだろ。」 儀礼は相手を傷つけたわけでもないし、殺そうとしたわけでもない。 儀礼の持つ武器はそう言うものだ。 にっこりと儀礼は笑う。 その笑顔には、何の迷いも悪意もない。純粋な子供のような笑顔。 儀礼はもう、友人達の死に顔に怯える小さな子供ではないのだ。 その『目』で見る視線を『分析』のために、本気で相手に向けると、『殺気』として相手に捉えられるとは、儀礼もつい最近まで、知らなかったことなのだが。 ちなみに、儀礼には、利香にもその死に顔は見えない。 利香の周りに常にいる獅子や拓が、その身に隙を与えるはずがないのだ。 二人のどちらかが近くにいる時には、利香に触れるだけで、二人の隙をつかなくてはならない。 獅子と拓に何度殴られようと、さりげなく利香に触れ続けている儀礼は、何気に、武人としての才能に不足しているわけではないのだった。 ←前へ■ギレイ目次■次へ→ 小説を読もう!「ギレイの旅」 345話この話と同じ内容です。 NEWVEL:「ギレイ」に投票 ネット小説ランキング「ギレイ」に投票 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.06.26 23:16:18
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