カテゴリ:本棚 ギレイ
ギレイ 携帯用 目次へ
「あんな、顔……すんなよ。」 目を隠したまま、ディセードが言う。 意味が分からず、儀礼は自分の顔に触れ、首をかしげた。 「怖かった??」 あっけらかんとした、明るい声で言う。 見ている時だろうか、と儀礼はポケットから小さな鏡を出してみるが、自分を見ても特に怖い顔をしているようには感じない。 自分だからだろうか、と儀礼はまた首を傾げる。 「違う。」 抱えていた両手を離し、ディセードは起き上がる。 そして真っ直ぐに、睨むように儀礼を見た。 その目が、ウサギの様に赤いことには、儀礼は気付かないふりをした。 「俺が、お前を殺そうとした時だ。」 ディセードは真っ直ぐに儀礼を見て、言った。 ディセードがその時、儀礼の表情に見たのも、感じたのも、恐怖ではなかった。 それは、悲しみ。 深い深い、悲しみ。孤独と寂しさ。 なのに、微笑む(わらう)。 命を奪おうと動いたディセードに対して、儀礼の表情から浮き出た言葉。 『仕方ない』。 (いいよ、殺して。) ディセードにはそう、聞こえた気がした。 信頼を置く者に、狙われる命なら、くれてやる方がいいと。 自分の命などいらないと、自身の存在を否定するような孤独感。潔いまでの命に対する無欲ぶり。 冒険者ランクを持ったとしても、Eランクのディセードの攻撃など、シエンで育った儀礼には本当に簡単に避けられるのだろう。 その身体能力を、確かにディセードは知っていた。 けれど、もしディセードがあの即席の武器を振るっていたなら、儀礼は本当に避けたのだろうか。 儀礼の態度に、ディセードは、死を受け入れようとしているような危うさを感じた。 「あんなもんじゃ、僕は死にませんて。」 ははんっ、と鼻で笑うような音が聞こえた。 目の前に視線を戻して初めて、ディセードは自分が思考に埋もれていたことに気付いた。 「あんなんで、殺そうとしたなんて言わないでよ。そしたら、僕、……毎日友達に殺されかけてることになるから。ホントに。子供の時から……。」 最後の方は、涙を伴い、儀礼はディセードにうったえる。 「お前の場合は、……あれ? え、とマジでか。」 自分の握った凶器を思い出し、ディセードは困惑する。 この少年は、本物の武器で友人たちに追い回される生活をしてきたのだ。 その事実を、ディセードは確かに知っている。 それを、当たり前の様に聞いてきた。 初めは冗談とか、大袈裟とか思っていたのだが、シエンにいるのは本当に本気で、武器を扱う子供たちだった。 そこで儀礼は、確かに生きてきた。 『また、拓ちゃんが弓矢で狙って来た、ひどいよね。掴んだら、手紙が付いてるの。矢文だよ、矢文。時代を考えろって。しかも、中味は“ちび”だし。』 矢を、射る方も射る方だが、素手で掴む方も掴む方だ。 そう言う場所で、儀礼は生きてきたのだ。 「お前、文人……か?」 自分を、まるきり運動のできない文人と豪語してきたディセード。 文人とは、そう言うものだと思っていた。 考え直してみれば、儀礼は、ディセードの周りで見れば、十分武人で通る力を持っている。 むしろ、Cランクのディセードの妹はおろか、この屋敷で護衛をしている者たちよりも、上の実力を持っているのではないか、とディセードはもう一度、儀礼に視線を合わせる。 そこには、にぃ、と口を広げて、嬉しそうに笑う子供の姿。 「僕、初めてうさぎに勝った。」 ベッドの横にしゃがみ込み、瞳を輝かせてディセードを見上げる。 「大きくなっただろ?」 その成長振りを見せ付けるようにゆっくりと、儀礼は立ち上がる。 それは確かに、5歳の少年ではない。 15歳の、『蜃気楼』とまで呼ばれる少年だった。 「うさぎに勝ったから、もう子ども扱いするなよ。」 にやりと勝ち誇ったように笑い、フンフンと鼻歌を歌いながら、儀礼は部屋を出て行こうとする。 その後ろ姿には、微塵も命を狙われたとか、悲しいという気配を感じない。 「おい。」 ディセードは儀礼を呼び止める。 後ろ姿だけの、見えない顔が気になった。心を隠すのが得意になった『蜃気楼』。 また話をすり替えられた気がした。 「ん?」 くるりと振り返った少年は、その態度のままに上機嫌な笑顔。 初の勝利に、本当に嬉しそうに笑っている。 『みんな、僕のこと能天気って言う。』 その顔に、ディセードは儀礼のよく言っていた、不満げな言葉を思い出した。 うつうつと悩む状況など、カラッと忘れさせてしまうような、爽快な笑顔。 「間違ってない。……お前は、多分、能天気だ。」 ディセードの言葉に、儀礼の笑顔が固まる。 え? なんで? と、儀礼の顔に浮き出ている。 「褒めたんだよ。」 ディセードが笑えば、儀礼は首をかしげながらも、にっこりと笑う。 「褒め言葉知らない? 教えてあげようか?」 楽しそうに儀礼は笑う。 「うさぎ語だけど。」 くすくすと笑って、儀礼は扉を開けて出て行く。 あの少年に与えられた『殺意に似たもの』は本当に恐ろしかった。 しかしそれよりも、自分の抱いた感情の方がディセードには衝撃だった。 人を殺そうとする心が、自分の中には眠っていた。あれが、本能と呼ばれるもの。 ピコンと軽い音がして、ディセードの持つ端末に、儀礼からのメッセージが入った。 『食べ物と飲み物もらって来るから寝てていいよ』、と。 「能天気。」 もう一度その言葉を呟き、ディセードは笑う。 晴れ渡る晴天の空のような、爽快な気分が、ディセードの心に満ちていく。 「天気に ディセードは楽しそうに、声を上げて笑った。 ←前へ■ギレイ目次■次へ→ 小説を読もう!「ギレイの旅」 352話この話と同じ内容です。 NEWVEL:「ギレイ」に投票 ネット小説ランキング「ギレイ」に投票 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.07.01 00:37:49
コメント(0) | コメントを書く
[本棚 ギレイ] カテゴリの最新記事
|