|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く |
green flowers vo.9「紙とエンピツ」 作・演出/内藤裕子 出演/鍋嶋大介他 2010.01.16.土曜日 14時開演の部 シアター風姿花伝 全席自由席 以前一緒に芝居を演っていた鍋嶋大介くんの出演作品。 いつものことながら、一緒に芝居を演っていたメンバーが今も現役で芝居をしてくれているのは、うれしい限りだ。 さて、物語は昭和20年代後半から30年代初めの頃のお話。 舞台はあの漫画家の梁山泊ときわ荘である。 寺田ヒロオを中心に藤子不二雄、石森章太郎、赤塚不二雄らの青春群像が描かれる。 我らが鍋嶋くんは赤塚氏を演じていた。 この集団を観るのは二度目。 二度とも鍋嶋くんの誘いで観た。 最初に拝見したときもそうだったが、作・演出ともひじょうに丁寧な作りで好感が持てる。 最近流行の自分サイズの芝居ではなく、対象を客観視しているのもイイ。 役者陣も丁寧にそれぞれの役を作り上げている。 スタンダードな作りだが、何となくこの集団独自の味わいのようなモノがある。 さて、で、この作品や集団とはやや話題が離れるが、こういうスタンダードな芝居が我が日本国では評価されにくいと云う話である。 作家性が際立った作品でないと芝居の場合は評価されにくいのだ。 所謂、エンタテインメント系の芝居はその文脈で云ったらまったくと云っていいほど評価されていないのではないだろうか。 映画や文学はその点、両者、作家性の強いものと娯楽性の強いモノがキチンと別々に評価されているような気がする。 文学で云ったら、直木賞と芥川賞のようなものか。 映画も例えば、単館系に掛かるような作品とメジャー系な映画館に掛かる作品とではキチンと区別されて評価されているような気がする。 所謂、芸術作品系と娯楽作品系の違いと云っても良いと思う。 が、演劇のジャンルにはこれがまったくと云ってイイほどないと思われる。 もちろん、まったくないとは云わないが、それは、興行力の違いから来るモノのような気がする。 もちろん、映画や文学に比べて日本で上演されている芝居の数は比較にならないほど本数が多いのであろう。 それに比較してそれを評価する人が圧倒的に少ないのであろう。 映画評論家のそれとは大違いである。 まあ、単純に演劇評論家だけではやって行けない現実があるのだろうが。 が、中には一人くらいエンタテインメント系の芝居ばかり評価する人がいてもいいような気がする。 それこそ隙間産業だからうまく行くかもしれない。 小劇場から大劇場までこれはと思うエンタテインメント系の芝居のみを評価するのである。 もちろん、面白ければ面白いと云えばいいし、詰まらなければ詰まらないと云えばいい。 演ってるサイドから云えば、そういうエンタテインメント系の芝居が評価されにくいと云うところに問題があると思う。 単純に芝居初心者は面白い芝居を観たがっているのではないだろうか。 そこを入口に徐々に世界を広げていってもらえばいいと思う。 いきなり作家性の強い芝居を観せられて二度と芝居なんか行かない、と云われるのが一番困る。 あっ、どっちにしても芝居としての出来が良くなくては先ずお話にならないのは云うまでもないことだけど。 で、実はこの話は伏線でもあるのだ。 [演劇]カテゴリの最新記事
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |