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久しぶりの書き込みです。 木造4層を誇る、風格ある建物はこの情緒あふれる山間の温泉街でも、ひたすら偉容を見せています。 狭い道を奥へ奥へと車を走らせ、この楼閣が見えたときのワクワク感。 現在休業中のパストラルさなぶり荘の、中途半端に近代的な建物が隣接しているのが惜しまれます。 ![]() 古式ゆかしい玄関口を通った、その瞬間から、「この宿をすみずみまで探索してみたい!」という気にさせられます。 宮大工が贅をつくして建てた旅館です。裏山が迫り、狭い敷地に増築を重ねたため、館内はちょっとした迷路のようになっており、「雅な和の迷宮」といったら言い過ぎでしょうか・・歩き回るのが実に楽しいです。 ![]() 部屋に通されました。一人用なので、広くはありませんが、この欄間、簾、凝ったスリガラスなど趣向が凝らされ、風趣あふれるものです。 窓を開けると、旅館の建物の向こう側に、山並みが見えないこともありません。 ![]() 料金のことも考え、料理のグレードアップを頼んでいたのですが、その必要がなかったと思えるほどの充実ぶりでした。 ![]() 一人用の鍋でたべる極上の肉のすき焼きも楽しめました。ごはんそのものも実においしい。 天然の網茸なども出て、山宿の雰囲気もなかなかです。 写真はスタンダードコースで、グレードアップ分として、3の禅に蟹が出ました。 今どき、朝・夕とも部屋出しです。 風呂は、天然の岩盤を半地下にくりぬいて造られた野趣あふれる天然岩風呂で、窓のない洞窟のような雰囲気はまさに異空間。 ![]() (湯気で写真を撮れなかったため、写真は宿のHPよりお借りしました) 湯は熱めでとろみがあり、無色透明ながら成分の濃さを肌で感じるもの。 深さは2段階になっており、中央部では80センチほどもあるでしょうか。 この不思議空間に遊ぶこと5回。 私としては、風呂の最高峰に入った気分。 どこかのコメントに、「脱衣場が狭い」という意見がありましたが、昔風の石造りは非常に風格があり、私は好きですね。 仲居さんの気配りも行き届き、一人旅の私になにかと声をかけてくれます。 これだけハイレベルな本格和風旅館に、中・低クラスの料金で宿泊できるのは、申し訳ないくらいでした。
何度か温泉街を散歩するたび気になっていた宿です。 このやや雛びてこじんまりした感じがなんとも私の好みに合います。 ![]() HPで見ると、ここのご主人は山岳ガイドもつとめておられるようです。 電話で確認のうえ日帰り入浴をさせていただきました。 フロントには年配の女将さん。館内の電気を消していたのを申し訳なさそうに、風呂の入り口まで案内してくれました。いやいや、いまは節電が美徳なんですぞ。 フロントの脇には食堂、ちいさなソファ、その奥が浴室です。 内湯はタイル張りのそっけないものだったのでパスし、ドアつながりの露天へ。 ![]() 玄関は通りに面していましたが、風呂は裏山とつながっていて、タカミヤさんの建物は少し気になりますが、どことなく隠れ家的な気分で入浴できました。 ![]() 湯はほかの蔵王温泉のハードパンチャーと比べるとやや大人しいかなと思ったら、わざわざ湯の花をろ過しているんだそうな。修学旅行の小学生とかも入りやすいようにしているのでしょうか。なんとももったいない感じがします。 懐かしい昭和のかおりのする、いつまでも続けていただきたい宿でした。
蔵王でも老舗といっていい風格がでてきました「蔵王ホテル」です。 ![]() この本を開いて立てたようなつくり、昔よくありましたよね。わたしはわりとこのタイプのデザインは嫌いではなく、先だって東京・五反田の「ホテル・パシフィック」が取り壊されているのを見て妙に感慨にふけったものでした。確か、初めてディズニーランドに行ったときに泊まったホテルで、そのときはまだずいぶんと立派だったのですが・・。 この蔵王ホテルは、さらに先輩かもしれません。ここに足を踏み入れるのはじつは初めてでした。フロントの構えなどはリゾートでもペンションでもなく、まさしく「ホテル」という感じです。 風呂は2箇所に分散していて、まずは露天からいただきました。 ![]() 洗い場が耐水性の畳になっています。これはすべらなくていいのですが、実はあまり好きではありません。 この風呂のいいところは開放された窓からの山林の眺めです。 展望が利くというのではなく、いかにも山中で湯浴みしているという感覚が寛ぎます。 広い湯船のふちに座って、しばらくぼんやりしていました。小雨が降っていたのがかえって気持ちいいです。 内湯のほうの大浴場は、高度成長時代の名残がところどころに見受けられ、やや物悲しい感じもするのですが、湯船の大きさは特筆ものです。 ![]() 新築当時はさぞや豪壮なものだったでしょう。 宿の外には小さいながら足湯が新設され、この宿がまだまだ元気であることを伝えています。
またまた、多忙にまぎれて更新が途切れがちになってしまいました。 以下は中国経済についての所感です。 ![]() ○08年に始まった「千人計画」は、海外に渡って世界で通用する技術を身につけた高度人材の呼び戻し、及び確保を目的とする政策で、さらに「国家863計画」などにおいて優遇企業に選ばれると、返還不要の多額の助成を受けることができます。さまざまな特別区においては立地を推進しようとする企業には地代、税など思い切った優遇政策をしいています。 ○この結果、とてつもないペースで技術導入が進み、この10年で電子機器・部品の多くが中国で生産されるようになりました。中国ではかつて生産することができなかったターゲット材など、さまざまなハイテク部品・材料が自前で生産できるようになり、スペックやコストで日本製品を凌駕しつつあります。 ○長年経済交流をアシストしてきた方は、「日本が中国にここ50年負けそうもないのは精妙なソフトパワーではないか。これは能力の差ではなく、両国民の性格の違いによる」と語っていました。 確かに、中国の製品はコスト、スペックという側面で語られるものには急速な進歩を遂げていますが、本当の意味で高級感、質感のあるものはなかなか作れることができません。特に自動車などにおいて顕著であり、ホテルなどを見てもそう感じることが多いのです。 ○また、中国では東日本大震災による被害を他山の石として、今後防災に本腰を入れていく気配があります。東北地方に研究機関が立地し、防災関係のテクノロジーが集積するとすれば、その分野が東北・仙台の強みになる可能性が高いとみました。
ブログ更新を、だいぶ怠ってしまいました。 再開にあたっては、先日、中国・長春に出張したときのハナシから始めなければなりませんね。 私は1990年、2000年、2005年あたりに長春市を訪れていますが、もっとも 変化を感じ驚愕したのは2000年のときでした。 相変わらず都市部はすさまじい勢いで膨張していますが、何か本質的なものはまったく変わっていないことが実感されました。それは中国の大都市に共通する一種の「殺風景」。 賑やかではありますが、どこか寂寞とした、潤いの感じない街。 ![]() 一方、一歩路地裏に足を入れると、そこは雑然とした店舗や老朽化したアパートが ひしめく、昔ながらの中国があります。 ![]() ![]() 朝夕の自動車の渋滞はとんでもないひどさで、仙台ならば10分でいけるところに40分はかかる位。こればかりは、来るたびに等比級数的に悪化しています。この先、どうなるものか・・。 自家用車はだいぶ新しいタイプのものが増えましたが、公共交通機関たるバスは相変わらず40年モノをだましながら使っており、近代的な通りに不調和です。シートの感覚が極端に狭く、外から見ると、思いのたけ人を詰め込んだようです。 私が宿泊した(割り当てられた)ホテルは一見立派ですが、一見立派ですが、よくよく観察すると25~30年は経つ建物をリニューアルしたようです。部屋は広く、専用のパソコンが使えるのは助かりました。 ![]() ![]() もっともかなりロースペックで、日本のサイトを見るのに重かったこと・・。 会議の会場となった南湖賓館は、長春市の迎賓館ともいうべき老舗であり、広大な公園の中に建っています。 ![]() 敷地内を散策していると、鹿の親子を発見!置物かと思ったら動き出し、どぎまぎしてしまいました。 ![]() 次回は中国経済についての私なりの考察を・・。
中国東北地方・長春での会議に出席してきます。 長春は1990年、2000年、2005年と訪問していますが、訪れるたびに倍々ゲーム的に成長発展していました。 90年のときはまだ町中が石炭の煤煙に包まれ、道路には老朽化しきった自動車と馬車が往来していたものです。 仙台空港から中国行きが復活していないので、羽田出発です。 ちょうど今日娘がスエーデンに向かうので、なんと乗り換え待ちで同じ時間帯に北京空港にいることになります(国際便・国内便でターミナルが違うでしょうが)。 短い滞在ですが、中国経済の今後について、なにかヒントのようなものがつかめればと思っています。 ![]() 2004長春HPより posted by (C)オフミ
ここは一度ブログで紹介したところですが、写真が飛んでしまっていますので、再掲します。 (以下リライト) //// ここは以前から、青根、遠刈田、秋保などに行くとき必ず通る道(折立―生出)沿いに見かけていたのですが、なかなか実際に立ち寄る機会がありませんでした。 店の外観からは、正直とりたてて旨そうな気配はありません。どちらかというとこういう外観の店は「ハズレ」の場合が多いのですが、ここはハッキリ「大当たり」でした。 ![]() 看板メニューの胡麻味噌(750円)をいただく。 めずらしいことに、レモンが一切れ、レンゲに載せられてきます。 ずるっ、スープを一口。 ・・・ホオどことなく未知の味。 む?甘くて辛い! 辛くて酸っぱい! 酸っぱくて・・ 次から次と一口ごとに広がってくる色とりどりの味わい。 まるで味の万華鏡。 しかもそれらはばらばらに己を主張するのでなく、全体をコクのある合わせ味噌とゴマの風味がきっちり引き締めています。なんとなくトマトがかくし味にあるようにも感じる。 麺とのバランスもいい。具も必要十分、スープと調和してます。 「これは文句なくうまあい!」と思ったのは、実に久しぶりです。 ★★★★★ 仙台市青葉区茂庭字綱木西11-1 T022-226-5888 //////// 久しぶりの訪問ですが、重層的な味わいは相変わらずでした。 私の中では仙台のラーメンの中でベストテンに入ります。 ![]()
一度来てみたかった大崎市三本木の「ひまわりの丘」。 なだらかな丘陵に、42万本ものひまわりが一斉に咲く光景は、とにかく圧巻です。 ![]() 最盛期は16日まで。ちょっとぎりぎりの訪問でしたが、空も青く、夏バテ気味の気分を振るい立たせてくれました。 昔、ある人がアクの強い同僚女性を指して「あのひとは、ひまわりのようなひとだ」というのです。 ![]() 伊藤咲子さんだったか、あかるくさわやかなイメージで「ひまわり娘」などと呼ばれていたこともあり、(オヤめずらしく褒める人がいたもんだ)と思ったら、その心は「周りの草がみんな枯れるから」というんですね。 私は園芸に詳しくないのですが、そういうものなのでしょうか。いずれにしても、ずいぶんと冴えた表現だなと思ったものでした。 でもこの姿を見ると、ベランダのプランターに、二三本あったらいいだろうなと思ってしまいます。 ![]()
私が社会人になった頃、ここ稲住温泉は仙台からのグループ旅行の定番のような宿でした。 夕食の「鯉のあらい」だけが深く記憶に残っています。 それから、宴会で散々飲んだ後夜半に起き出し、一人大浴場に入ったときあまりの寒さに湯船でもしばらく震えがとまらなかったことなども今思いだしました。 そのころはまだ木の香も新しい大規模建築でしたが、いまはいい具合に雛びて落ち着きが出ました。 ![]() 文豪・武者小路実篤が滞在した宿としても高名です。 //////// 「秋田へ疎開したのは、前年旭谷君に秋田に案内され、感じがよかったのと 稲住の経営者の押切君の厚意に甘へたからである。 稲住温泉は山形から秋田に入って二つ目の駅の横堀から五里程山の中に入った 処にある温泉で、宿屋が一軒あるだけの山中の温泉場である。」 「稲住日記」 //////// また、この宿は卓球の福原愛選手の練習宿でもあります。宿の裏側に専用の練習場があるのです。 あいにく時間交代で一番大きな風呂は女性専用でしたが、野趣満点の露天風呂に貸切状態で入れたのは収穫でした。 私がこの風呂をみたときは狂喜しましたとも。 裏山に舞台のように背競りでた3つの桶風呂。 笹濁りの湯がじゃんじゃん桶の縁から惜しげもなく捨てられていきます。 ![]() ![]() こうして緑に囲まれて入浴していると、あの忌まわしい大震災のことも、いっとき頭から追いやることができそうです。やはり、よき温泉は、ウサへの最良の特効薬であります。 このほかにも、歴史を感じるひょうたん風呂や家族風呂など、どれも味があります。 ![]() 昔ながらの温泉宿の雰囲気を味わうには、ここに勝るところはなさそうですが、残念、どうやら泊まるのがベストのように思われますが、残念、一人旅は受け入れてはいないようです。 入浴のみは500円。鳴子温泉郷にちょっぴり飽きたら、50分ほど足をのばして秋の宮はいかがでしょう。
秋の宮温泉郷の写真を紹介します。 大きな旅館は街道沿いにありますが、ここから一本入った小道を進むと、ちょっと不思議な感じの小集落があります。 近くにはどこにも大きなまちがなく、厳しく孤絶したような、平家の落人部落といった風情の集落です。 ![]() ![]() ここも「異境」のひとつと言ってよいのかもしれません。 WIKIより //////////// 温泉郷内の鷹の湯温泉の発見は1200年前とされ、秋田県内で最古の温泉と言われる。 戦時中には、武者小路実篤が稲住温泉に疎開していた。 1978年(昭和53年)3月31日に国民保養温泉地に指定。 日本の紅葉百選に選ばれる。 ////////r//// 秋の宮博物館です。この日は開いていませんでしたが、すごい迫力です。夏場は、きもだめしに使えるかもしれません。 ![]() 小規模の湯治宿が並びます。 ![]() このあたりは街道沿いに比べ、鄙び度はいっそう高まりますが、住めば都かもしれません。 秋の宮は、まとまった集落がありながらほとんど都市化の影響を受けていない希有な地域といった感じがします。都市部から来た者としてはとても新鮮な雰囲気に満ち魅力的です。 ![]() 私は、この秋の宮のリピーターになりそうな気がします。 宮城側からの道路ですが、やたらとトンネルが長いのがちょっとストレスです。秋田周りだと、3時間近くかかってしまいますが、どちらの経路を選ぶか迷ってしまいます。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |