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今年もまた乳がん撲滅をうたってイタリア四都市で行われる ミニマラソンRACE FOR THE CUREに参加してきました。 去年の日記はこちらをご覧下さい。 今年も5kmウォーキングの部に参加しました。 Kuriemonちゃんは万歩計を常備している、ウォーキングの師です。 フォーリ・インペリアーリ通りでは コロッセオの坂道を上るともうゴールはすぐです。 5km走ったイローナは15分くらい前に着いていたそうです。 スポーツの後はすがすがしい気分。ってたったの5kmだけど、
別府俊紘氏のガーゼ服の展覧会に行ってきました。 氏は医療用ガーゼとエコ染料で服を作っていて、 その展示会とファッションショーがローマで行われたのです。 ![]() ガーゼ服は夏は涼しく冬は暖かいのだそうです。 とてもお洒落でイタリア人のセンスに合っているような気がしました。 ヒッピーみたいにダラッと着るのもあれば、 ドレスのようにふわっと着られるのもあるし、 カチッとジャケットに合わせられそうなのもあります。 多様性が意外です。 イタリア人の女の子たちのファッションショーはとても良かったです。 同時に行われた、歌とピアノとバイオリンのコンサートも素敵でした。 それから、展覧会場となったアトリエがすごい建物でして、 ところで、別府氏の略歴を拝見していて、 展覧会の写真はこちらも是非ご覧下さい。
愛着のあったBARヴェネリーナが閉まってから わたしが毎朝イタリア式の朝食をどこで取っているのかと言うと、 今のところ2軒、半々の割合で通っています。 1軒は何年か前にできたばかりのSORPASSOという店で、 もう1軒は老舗のOTTAVIANI。 いずれのBARにしても、もう何も言わずとも、 後者、老舗の店の方で、 ドルチェ・ヴィータというのは、
そしてその著名人たちのゴシップを バシバシ写真に撮ったのがパパラッチですが、 イタリア語で正しくはパパラッツォ(複数形はパパラッツィ)。 『甘い生活』に出てくる主人公の友人であるゴシップ写真家の名前が パパラッツォくんだったことからこの言葉が生まれました。 わたしに「中国人?」と聞いてきたこのジイさんは 有名なパパラッツォだったのです。 一旦外に出て、戻ってきたおじいさんは、本と新聞紙を持ってきました。 ローマに来たばかりの頃、
神奈川の常連のお客様で、 お医者さんと看護婦さんというコンビがいらっしゃるのですが、 そのお2人がホテルにご到着! 翌日、お疲れのところでしたが、 ローマ近郊日帰りの旅を一緒にしてきました。 お隣ウンブリア州のオルヴィエートと、 その近郊チヴィタ・ディ・バーニョレージョに行ってみようと思ったのです。 オルヴィエートまではフィレンツェまでの鈍行列車で約1時間半。 フィレンツェまでは超特急列車だと2時間半で着きますが、 オルヴィエート駅を降りるとすぐ目の前に ケーブルカーを降りると、更にバスに乗ります。 まず、わたしおススメ、地下洞窟のガイドツアーに参加してきました。 大聖堂を眺めて、目抜き通りを歩いて、 近郊の村に行く中距離バスが出る広場に行きます。 それで案内のお姉さんに言われたとおり、 チヴィタ・ディ・バーニョレージョは、
どうしてこのようになったかと言うと、 雨や風によって浸食されていったからだそうで、 将来的には無くなってしまうかもしれないのだそうです。 PRドコロが「死にゆく街」という何ともさみしい村なのですけれど、 この日はめちゃめちゃ観光客が多くて、 「全然死にそうじゃないよねー」とみんなで言っていました。 広場は人でいっぱいだし、BARも混んでいるし、 めちゃめちゃ活気溢れてます。 この日だけだったのかなー。 綾瀬はるかちゃんの映画『ホタルノヒカリ』で ロケ地の一部になったそうです。 街の中はよくあるイタリアの観光地という感じで、教会が真ん中にあり、 ちょうどゆっくり回って1時間半くらいです。 お医者さんEさんと看護婦さんKさんのローマ旅行初日、
AKB5とはわたしのことよ! フリーマーケットで空き箱(AKB5)をはじめとする日本の物を売っています。 誰に頼まれたわけでもないですが初めてのコスプレをしました~。 わたしの商品はあまり売れないですけれど、 今回はメンバーのどなたかの誕生日があり、みんなで祝いました。 次回は5月27日、5周年記念フリマです。
スキピオ家代々の墓地のガイドツアーに行ってきました。 スキピオと言えば、ポエニ戦争! 恥ずかしながらわたくし、 塩野七生の『ローマ人の物語』、一冊も読んだことがありません…。
くすん。 知識まったくナシ。 だから、これほど読んでおけばよかったと悔やんだことはありません。 旅ボンで作者が、Dr. コトー診療所を見ずに 与那国島に行ってしまったのと同じくらいの後悔です。
紀元前3世紀にローマと北アフリカのカルタゴが
それはさておきスキピオ家。 サン・セバスティアーノ門からすぐ、アッピア旧街道手前の 今年に入ってから、20年ぶりに一般公開されるというので 外観はこう。壁のフレスコ画もきれい。 彼が執政官になったのは紀元前298年で、 スキピオ家で最後に活躍した人はカエサルの時代を生きており、 中世には大理石やトラバーチン(石灰岩)の スキピオ家とは関係ありませんが、敷地内には コロンバイオは遺灰を壺に入れて、 カタコンベはキリスト教が迫害されていた時代に ところでイタリア語でスキピオはSCIPIONEです。
いよいよ大会最終日。 アクロバット部門を観戦します。 個人戦、団体戦と分かれていて、 日本からも参加者がいるのです(わたしたちのグループとは別ね)。 団体部門のヒッコリーチームはなんと第3位に入りました! ![]() すごい! 1位が異議アリ1位(やっぱりイタリア…)だったので、 実質2位だろうと思います。 しっかりした綺麗な演技でした。 2位だったのはシチリアから来たこちらのチーム。 迫力ありました。実質1位でしょう。 観客席で見ていると、一人でいたオバちゃんが話しかけてきたので かつてこの町では毎年MISS ITALIAが開催され、 ピザを食べながら閉会式および表彰式です。 日本の平安を祈る千羽鶴も メンバーの皆様、親切にして頂きどうもありがとうございました。 来年もピザ世界選手権はサルソマッジョーレ・テルメにて
わたしたちのグループは個人戦参加者5名、 うち2名が定番ピザ部門に加えて ナポリ(マルゲリータ)ピザ部門の2種目出場です。 それに加えてわたしのような応援人員がいて、総勢13人の大所帯です。 様子を見つつ、出場の手続きをしました。 みんなのピザ作りに賭ける情熱がよく伝わってきました。 札幌のYちゃんは2種目出場。 マルゲリータに秘密を加えた、既に日本の某所で人気のピザ。 今年も世界中のピザ職人たちとお話しました。 わたしは幸い、(頼りなさすぎる)通訳として選手たちのそばにいたので、
ピザ世界選手権@サルソマッジョーレ・テルメです。 会期は月曜日から3日間。 月曜日は会場の下見と、翌日の本番に向けての買い物、 そして下ごしらえをすることにしました。 会場はこんな感じです。 ![]() きっと町で一番大きな体育館…。 競技はもうはじまっていますけれど、 お昼は去年も来ました、こちらBel Sit。 そして食後は薔薇の形を作ってくれるジェラート屋さんへ。 それから翌日の準備をしました。 シェフと助手のエトラちゃんの勧めもあり、 おなじみSASA姐さんのブログと、
冬休みを取らず、日本に行けなくて悲しかったわたしが 待ちに待っていた旅行です! エミリア・ロマーニャ州、サルソマッジョーレ・テルメで行われる ピザ世界選手権の 日本人参加者の応援に行ってきます。 去年電車に乗り遅れた辛い思い出がありますので、 ずっと読みたかった宮尾登美子の『きのね』を
6席のコンパートメントのうち3席を占めていた 女の子2人男の子1人ナポリ人グループ、「何?何?」と興味津々。 1人で乗っていた別のナポリ人の女の子も加わって、 まみんこプレゼンツ、日本語のレクチャーが始まりました。 しかし…。この19歳3人組の彼ら同士の会話は1%しか分かりません。 どこか他の国で聞いたら、 イタリア語だってことも気付かないかもしれません。 ナポリ弁ってすごいです。 ローマ弁はアクセントの特徴が主なので、慣れれば分かりますが、 ナポリ弁は他言語みたいに聞こえます…。 ボローニャで、やはりナポリから乗ってきていたおばさんが降りて、 それにしても電車内が必ずこういうコミニュケーションの場になるのが、 フィデンツァでローカル線に乗り換えて、 泊まる所は去年もお世話になったグラン・ホテル・レジーナ。 建物は貴族の邸宅を改装していて、内装がとても素敵です。 お腹が空いたのでホテル内のレストランに行きます。 何も言わずとも出てくる SASA姐さんから、ミラノのリナーテ空港を │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |