2036093 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

NOVELS ROOM

第2話

第2話


 早朝のビル街。どこの世界でも、先進国なら大体見て取れる、人の群れと流れ。その中にボクは潜む。問題事に厄介にならなければ、死者であろうと、街に潜むのは簡単だ。揉め事を起こさず、記録に残らず、誰かの記憶に残らない様に、鬼籍(リビングデット)は街に潜む。
 しかし、死者は夜に動く物。基本的に昼間は暇だった。場所によっては昼でも働く時は働くが、ここは大都会。下手に動けば表ざたになりかねない危険も多い。市民の隣に死者が居るなどという事は、絶対秘密が掟…しかし、深く考える事は無い。比較的見た目が怪しくないなら、ファーストフード店は、お金を払えば誰にでも食べ物を売るし、店のオープンテラスは、よほど奇抜な使い方をしない限り注目される事もない。
 店に入らなかったのは、単なる気まぐれだ。詳しく調べていない建物に入るのは気分的に落ち着けないし、結局落ち着けないなら、表で食べた方がいい。本能的な習性のようなものだが、しかしその習性は、間違っても居ないと今日は思えた。
 丁度、頼んだ物を半分とちょっと食べ終えたところで、テラスの反対側に人が座ってきた。断りも無く失礼だなと顔を上げると、一気に体中の体温が下る。目に見えない位置から、首元に刃物が突き立てられているのを感覚的に察知した。

「………」

 白昼堂々と、しかも、こんな人通りの多いところで、しかし、誰かがこの様子に気付いた様子は無い。正面の男が実に見事に気配を消しているかが分かる。茂みの中で、蝶が蜘蛛の巣に引っかかった所で、足を止める者は居ない。

「よう…久しぶりだな?」

 正面の男は、何気ない様子で、テーブルの上に置いた珈琲を片手で飲む。もう一方の手で、ナイフを突きつける動作のまま、何気ない日常会話。

「そうだな…ルゴフィック・ヴィキ…」

 一般の人間なら、ここまで気配を消されては、気付かぬ間に殺されていただろう。しかし、警戒を解いていないボクは、首にナイフを突きつけられる瞬間に、相手の首元にナイフを突きつける動作を忘れていない。両者動けない状態である。

「いい店だな、朝食を頼むと、モーニング珈琲は無料の上、お替りが自由なんだと、明日も来ようか迷うじゃねぇか、なぁ?」

 妙な事に同意を求める奴だ。ちなみに、この状態に気付かずに、店員がテーブルにホットケーキを置いていった。

「悪いが、ボクは紅茶派だ。同意しかねる」

 相手、ルゴフィックは、肩をすくませる様な、愛嬌ある態度を取って、言葉を繋げる。

「なら仕方ない、本題に入るとしよう。昨日はよくもウチの研究所をやってくれたな」

 ルゴフィックも、ボク達と同じ鬼籍(リビングデット)であり、ボクの所属する組織とは対立している。その所為で何度か殺り合い、その所為で覚えたくも無いが、顔見知りになった。今のこの状況が訴えるとおり、顔を知られてもいい事なんて何にも無い。

「仕事だからな。ボク等は仕事内容を選べるほど、職場環境に優れていない」

 軽い返答を返す。状況は五部か、ちょっと不利か…このまま大人しくやられはしないだろうが、どうするか…

「じゃ殺しあうか? こんな所で俺たちが戦ったら、被害が何処までも大きくなるぜ?」

 ルゴフィックの目に怪しい洸が灯る。ルゴフィックは天性の殺し屋…いや、暴れ屋で、裏社会でもブラックリスト入りの狂悪人だ。最も、同じくブラックリスト入りにボクが言うべきでは無いだろうが…その極悪人に向かって、それ以上に悪どい顔を作って、返答する。

「ボクがそんな脅しで、手を緩めるとでも思ったか? 死は恐れるものじゃ無い」

 表の社会で、被害を出す事は、ご法度になっている。しかし、だからと言って、この身を犠牲に市民を守るとか言うマゾ体質でも無い。例え何人死のうが、関係ない人物である限り、効果であり、演出にしか過ぎない。そういった考えも、ルゴフィックは読み取ったのだろうか、店員。客。通行人。全ての人の視線が外れた一瞬に、ボクとルゴフィックは机から消え去った。後には、二人分のレシートと、二人分の朝食のお会計が残されただけ…

 地面を軽く蹴り、人ごみの中を跳躍する。市民は俯いて歩くので、自分たちの頭上など気にはしない。顔の横を弾丸が横切る。無論信号機を蹴って回避する。

「ハァッ、無様に避けるだけ関係ない人に当たるぜ?」

 ボクは冷静に、手にナイフを仕込む。特別製のナイフは、指の先から爪のように伸び、両手に十本の、鋼鉄を切り裂く特殊合金の爪。ルゴフィックも騒ぎを大きくする気は無いだろう。ならば銃で狙うゼロ距離射撃。確実に仕留めてこようと接近戦を挑んでくるだろう。だが、接近戦を得意とするボクに近づくのは、正しい判断だとは言えないな。

 ィギッィ…

 一瞬の交差を経て、二人は早朝の人気の無い公園に降り立った。ボクの手には、ベルトに吊るされた黒い塊。

「…他にも物騒な持ち物があるなら、次の接近で腕ごと持っていくよ?」

 速度、反応、跳躍距離、ついでにセンス。あらゆる点で、ボクの敵じゃ無い。ルゴフィックは両手を挙げ、降参のポーズで足を踏み出す。

「おーう…参った! さすがに早いねぇ。降参だぜぇ、武器を取られちゃ話にならねぇ」

 さらに一歩と距離を詰めてきて、妙な気配を感知して、ボクは真横に大きく跳躍した。刹那。地面に無数の弾痕がつけられる。

「なんてな!」

 ルゴフィックの手から、寄生虫か、寄生植物でも生まれるように銃が生えてきた。

「今時銃はホルスターなんてダサぇっての! イマ流行りの隠し場所は体の中よ!!」

 手から生えた銃を、ボクに向ける。

「化け物め!」

 跳躍して回避すると、ルゴフィックはもう片方の手からも、銃を生やす。

「俺の組織自慢の中和剤。有機物と無機物の境を無くせば、何だって隠し持てるぜ!」

 生体科学の進歩で、肉体改造はめまぐるしい進化を遂げる。弾幕はさらに広範囲に敷かれる。

「ふん…」

 そんな光景を、ボクは覚めた目で見つめ…動いた。
 弾丸の斉射は、命中性が悪い。距離をとれば、それほど怖いものではない。ボクは腰に手を回しながら、動きを止めないように、距離をとる。

「待て待てぇぇー!」

 単純なルゴフィックは、追いかけるようにこちらにやってくる。馬鹿な奴だ。
 弾幕を張るルゴフィックに、よく見えるように腰から抜いたナイフを投げつける。狙いは正確に、ルゴフィックの顔面に向かい。狙い通りルゴフィックの銃によって弾かれる。

「何処を狙ってるってんだ!」
「これを狙ってたのさ」

 ルゴフィックの正面まで接近して、答えてやる。銃で弾いた一瞬。弾幕が半分になった瞬間に、一気に弾幕を無視して走り寄ってやった。

「テメェ…何時の間に」

 銃を再び、構える暇なんて与えない。

「ボクの天に召せ…」

 猟奇的なボクの爪が、避けるルゴフィックの右手を削り取る。
 距離をとり、片手を押さえるルゴフィックにボクは余裕の笑みを浮かべる。

「お前、ボクに恐怖したな? 後もう一歩踏み込んで攻撃していたら、胴体を贄としてやったのに…」

 何を体に仕込もうが、片腕が無ければ戦闘力は半減するだろう。

「ハハハァ…アンタ最高だぁ…今日はこの辺にしとくわ」

 落とされた片手を掴み取って、ルゴフィックそのまま、街中に逃げ帰った。あいつも鬼籍(リビングデット)の端くれ、大事にも表ざたにもならないように気をつけるだろう。何より朝から戦闘は疲れる。それに弾幕を無視して突っ切った所為で、体中所々に銃弾を受けて痛い。

「とんだモーニングサービスだ…」

 ベンチに腰を下ろし、懐から、薬品をいくつか。止血剤、増血剤、傷薬、包帯、消毒薬…何せ病院なんか利用できない。偽造保険証を用意したとしても、体の中に機密事項がありすぎる。死者は怪我をしたら墓の中で休むしかない。それが出来ないなら、自分で治す。幸い、医療は個人レベルでの手術も可能になるほど進歩した。弾痕程度なら、すぐに治療できる。

 公園のベンチにて、一通りの処置を終え、後は休息を取りつつ、完治を待つだけ。気がつけば、いつの間にかまどろみの中。かすれ行く意識は、気持ちいい日差しの中に溶け込んで…ここ数日の暗闇を取り払う…


「………」

 再び意識を取り戻した時、太陽はいくらか下に傾いて…ボクを覗き込むナゾの影。

「………?」

 意識は戻り、目は再び光を取り戻す。ボクを覗き込む影は、同年代くらいの少女。端整な顔立ちで、雰囲気を整えれば年上に見えてしまうような。髪は薄めの色素の長髪で、肌は白い。露出の少ない私服で、学生だろうか…そんな少女が、ボクの顔をじっくりと覗き込んでいた。

「……何だ?」

 参ったな。ここまで接近されて気付かないとは致命的だ。しかし、超自然に公園に溶け込んでいたボクに気付くとは、何者だ…?

「…貴方さ…もしかして、救急車とか入る?」
「は?」

 唐突な発言に、思わず聞き返してしまう。相手の少女は真面目顔で、続ける。

「だって全身服穴だらけだし、何処と無く血の臭いがするし、眼つき悪いし…」

 銃に撃たれて服に穴が開くのは当然だ、血なまぐさいのは仕方ない、数分前まで一部流血していたからな…目つきが悪いのは放っておいて欲しい。

「救急車は勘弁して欲しい…問題ない。なりはこんなだが、歩ける」

 適当に返して、早々にこの場を去ろうと思ったのだが、少女はボクの行く手を阻む。

「本当に大丈夫? 普通の生活を送ってるって感じはしないけど?」

 まずい…怪しまれている。ボク達みたいな裏の世界の住人は、表と係わり合いになってはいけない。ましてや、こんな少女に興味をもたれるなど、以ての外。何とかごまかさなくては…

「そこを退いてくれ…ボクは…そう、仕事があるんだ…」

 言ってから、少女の目の煌きを見てしまったと思った。何故こんな好奇心を揺さぶるような事を言ってしまったんだボクは…後悔先立たず。逃げる様に去るボクの後ろを、少女は喜んで付回す。

「ねえねえ、貴方のお仕事って? 探偵? 刑事?」
「お前には関係無い!」

 後ろをぴったりと…このまま振り切っても良かったが、この少女が何処で何を言うとも限らない。ここは彼女の納得のいく説明をして解決しないといけない…しかし、何と言えばいいか…

 大通りから路地に入り、人影を少し避けるようにして、振り向く。辺りは人気も無く。何事をも処理するにはうってつけな路地裏…いやいや話し合いをするだけだけどさ。

「いいか? ここから先はキミの踏み込んでいい世界じゃ無い。悪い事は言わない、引き返せ」

 真剣な目で告げる。危うげな雰囲気を漂わせれば、自ずと自分たちの世界に帰るだろう。しかし、少女はボクの顔をまじめに睨み返し、こう答えた。

「だったら、貴方に仕事を依頼したいの…どんな報酬でも支払うから…」

 何だ…この展開は…ボクがどんな仕事を日常行っているか、知っての依頼なのか? 得体が知れなさ過ぎる…

「お前…何処まで分かって、ボクに仕事を頼んでいる?」

 事が事だ…慎重に。十分に警戒して進めなければ…失敗すれば危険だがこの場で処理を…
 彼女は、真面目な顔で尋ねる。

「え…貴方便利屋さんじゃ無いの?」
「ボクの台詞の何処でそう判断した?!」

 しまった…ここで首肯しておけば、スマートに会話は進んだというのに。裏社会のチンケなプライドが、好機を台無しにする。ボクは、こういう同世代の女とかが苦手なんだ。特に裏社会で大人と共に行動してばっかりだったから、何と言うか、女の香りとかにあまり免疫が無い…近づかれると、落ち着けない…

「ねぇねぇ…じゃあ貴方の職業ってなぁに? 教えてよ、何で仕事の依頼したら驚いたの?」

 裏路地を、しつこく付きまとう彼女。自分でもどうすればいいのやら…

「付いてくるな! ボクは…お家に帰るんだよ…」

 何故か幼児退行した。


「ティーオ・エルヴィ・イレブンス、ティオでいいですよ」

 明るく元気に、彼女は答える。そんな調子でいいのか?・・・そしてアジトへ連れていくことになった。


第3話へ続く


© Rakuten Group, Inc.