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身内に認知症の人が二人いて、てんやわんやしたり、とほほだったりの日々です。 本人にも周りにも実に残酷な病気(老い方)だと思います よく、認知症にならないためには、 「趣味や生きがいを持つ」 「こまめに身体を動かす」と書いてありますが、 これはまあ、心がけ次第でなんとかなりそうです。 でも一番の予防は「なるべくたくさんの人と会話する」だそうで、 そうできる人はとっくにしているよなぁぁ・・・ というより、認知症にならないために、ではなく、 たくさんの人と交流することは、楽しいし、それ自体が生まれてきた目的のような気がします。 私はますます世界が狭くなってきて、家族以外誰ともしゃべれない日さえあり、 自分も認知症への坂道をころがりつつあるのか・・・と思いつつも、 「認知症にならないために〇〇する」というのも、なんだかいじましいような気がするこの頃です
「獅子頭(シーズーツォー)」楊逸著 という小説を読みました。 二順(アーシュン)という貧しい村出身の青年の半生です。 ねたばれ あります 前半は、料理の描写も鮮やかで、わくわくどきどきして楽しく読めました。 二順は、運の良さと努力で、雑技団に入って成功しかけるのですが怪我をしてしまい、思い切って方向転換して、獅子頭という肉料理を作る料理人として腕を上げ、熱愛する女性と家庭を築いて子どもも生まれ幸せの絶頂でした。 ところが後半、料理の腕を見こまれ無理に来日させられた途端、タコ部屋のような寮に入れられ、ウエイトレスをしていた幸子という日本女性に、無理やり関係を迫られて妊娠の揚句、結婚させられて人生まるまる搾取され、地獄のどん底にたたき落とされるのです。 無理やり離婚させられる中国人妻は美しく清楚で頭がよく、対する幸子は強欲でふしだらなモンスターのように描かれ、まるきり善対悪のようで、読み進むうちに「そりゃないぜ!」と、獅子頭ならぬ重い石でものみこんだような気持になりました。 日本人の謙虚さ、奥ゆかしさや繊細さなどはかけらも描かれておらず、「こんなんじゃない!!」と、歯がゆく思いました。 私は少しだけ、外国人に日本語を教える日本語学級のボランティアをしていましたが、みんないささかの私心もなく、少しでも異国で困っている人の役に立ちたい一心で集っている人たちばかりでした。 あとがきで、この小説が朝日新聞に連載されていたと知って、びっくりしました。 古いですが「国辱」という言葉もちらちらします。 これを読んだ中国の人は、日本を地獄のように、日本人女性をモンスターのように、誤解してしまうのではと心配になりました。 異国で新聞小説を連載する著者の語学力には感服しましたが、なぜ天下の大新聞社がこの小説を連載したのだろうか・・・・と割り切れない思いでした。
使っていたホーローのやかんがさびたので、実家で余っていた笛吹きケトルをもらってきました。 私は、あのけたたましい音といい、注ぎにくさといい、ふたの固さといい、笛吹きケトルは大の苦手で、 注ぎ口の笛部分を開ける時も熱くてやけどしそうなので、開けたまま沸かしていました。 ところが子どもたちは、お湯が沸いたかどうかがわかりやすいと言って、常にふたを閉めて活用しています。 最初はそんな子どもたちに「そんなことも音に頼らないとわからないなんて嘆かわしい いつの間にか自分も、本当にお湯が沸いているのか不安になって、リスクを顧みずに?ふたを閉めて沸かす時も多くなってきました。 野性の勘?はかくも失われやすいのか、嗚呼
「戦火の馬」という映画を観ました。 戦争に送られた一頭の駿馬の運命を通して、戦争の残酷さがリアルに描かれていました。 ねたばれ あります 後半、主役の馬が敵軍につかまり「1~2ヶ月は持つだろう」と言われて、重い重い大砲を引かせられるのですが、 あたり一面、弱りきって毛もぼろぼろになり、かろうじて立っているだけの馬たちや、 横倒しになった馬の死体が散乱していて、 銃弾に当たって死ぬよりも、1~2ヶ月の間酷使されてどんなに苦しかっただろうかと思って身の毛がよだちました。 馬だけではなく、兵士もこんな風に使い捨てられていたのだろうか。 第一次世界大戦で、刀なども多用されていて、おそらく多くの兵士が即死ではなかっただろうと思うと、やりきれない気持ちになりましたが、 きれいな田舎の風景とせめてものハッピーエンドで救われました。 馬や牛、家畜は、何のために生まれてくるんだろう・・・ 鞭打たれて重いくびきにつけられたり、 卵や乳を搾られ続けたり、 人間に徹底的に利用されるためだけに生まれてくるのか。。 今まで戦死した方のことは、どんなに怖かっただろうかとよく考えていましたが、戦地に送られた馬の気持ちまでは思い至りませんでした。
「「婚活」がなくなる日」苫米地英人著 という本を読みました。 著者は婚活を、今の仕事や人間関係から逃げたいだけ、 婚活している人は洗脳されている、と全否定し、 「女性は婚活しなくていいように、やりたい仕事、好きな仕事をすればいい」 「どんな仕事も10年やれば上達して食べていけるようになる」 「女性は大学を出て最低3年間専門的なキャリアを積んで手に職をつけよ」などと書かれていて、 「著者が中学時代に付き合っていた女性が、クラブ苫米地に来ていて、 彼女はキャリアがあって求職中だったため、 早速著者が運営する会社の一つに経理担当で採用した、 このように、女性もキャリアがあればいつでも仕事がある」という例が挙げられていましたが、 そこまで極端な例を出されてもなぁぁ、 後の祭りの人はどうすればいいのか、 女性を2次元でとらえていると言うか、 私たちは、人生ゲームのピンが刺さったコマではなく、さまざまな葛藤にまみれた3次元を生きているのになぁ マリーアントワネット(実際は言っていないそうですが)の有名な言葉、 「パンがなければお菓子を食べたらいい」を連想する本でした。 映画やドラマではよくいる、お見合いを世話してくれる口うるさくも親切なおばさまたちも激減しつつあり、 何でも自分でしなくてはいけない世の中になって来ているのでしょう。 就活ならぬ、終活までも・・・ いっときはやった、自らを「負け犬」などと揶揄しつつも、キャリアのある女性たちは、それなりの人脈や出会いにも恵まれているのでしょうが、そうでない人たちが婚活に夢をつなぐことを、高みから否定するのはどうか、と思います。 とにかく、主な読者対象を、婚活している人というよりも、10代の中高生に広げるべき本なのでしょう。
「あなたは常識に洗脳されている」苫米地英人著 という本を読みました。 「家にある位牌を割れ」 「先祖を敬うなら、アメーバも敬わないといけない」 などと書いてあって、 そんなことができる人がいるのか!!とびっくりしました。 なんだか「踏み絵」のようで、 そんな破天荒なことまでしなければ、人類は深い深い洗脳から目が覚めないというのか・・ それにしても、2010年刊で「(電磁波に比べて)何重にもシールドしてある原発は安全だ」などと書いてあり、 何事も断言はできないものだなぁ、と感じました
「サラの鍵」という映画を観ました。 ユダヤ人の少女サラは、ナチス占領下のフランスで、一家が警察に強制連行される際、納戸に幼い弟を隠して、すぐに戻るつもりで鍵をかけるのです。 現代の女性ジャーナリストが、サラと弟の足跡を求めて当時の関係者を探し出し、話を聞いて回ります。 当時のフランス警察が、ナチスに協力して多くのユダヤ人を逮捕して収容所送りの片棒を担いでいたとは全く知らずに驚きました。 数千人の乳幼児を含むユダヤ人たちが何日間か一時的に収容された大きな円形競輪場には、トイレも水もなく、夏の暑さもあり、心身の弱い人からバタバタと倒れていきます。彼らは順にそこから強制収容所に送られたのです。 近隣住民は悪臭のため窓をあけられなくなります。 そのシーンを垣間見ただけで、身の毛がよだちました。 ねたばれ あります 老齢でひん死の床についていたサラの夫が、病床から立ちあがって思い出の品を取り出して熱弁をふるうなど、 何十年も経って途切れていると思われたサラの足跡が「きっちりつながりすぎている」感じが多少ありましたが、 重いテーマで、全編見ごたえがありました。 今、戦争のテーマを扱った映画が多い気がしますが、関係者の生の体験が聞けるタイムリミットが近づいているからでしょうか。 映画にはならないけど、日本でも、世界中でも、戦争のせいで無数の「サラや弟」たちが、残酷な死を遂げ、かろうじて生き延びた人たちもまた、時効の無い地獄を背負わされたのかもしれません。
「悪人」という映画を観ました。 中盤で、柄本明が、殺された自分の娘の幽霊に遭うのですが、 今までは根性が悪くわがままなイメージで描かれていたのに、幽霊になったらものすごく清らかできれいでした。 「やっぱり霊になったら、どんな魂も浄化されるのだねぇ」と夫に言うと、 「あれは、父親の目線だからだ、 父親からすると、どんな娘でも清らかで美しいものだ」という返事で、 なるほど~、と思いました。 世に、「悪人」というものは存在しなくて、 「悪い縁」「悪いタイミング」というのがあるだけなのかもなぁ。。
遅ればせながら「借りぐらしのアリエッティ」と言う映画を観ました。 人間は、他の種族にどのように接したらいいのか・・・ 「関わらない」のは冷たいイメージなので、 「環境を整えて、干渉せずに見守る」というスタンスがいいのか。。 それにしても、生存のすべてを人間に左右されるペットと言うものを改良していくなんて、人間はすごく罪なことをしている気がします。 大災害に備えて、野生でも生きていける訓練などはないのかなぁぁ・・ それこそご都合主義の考え方か・・・ 今朝、家の裏を、ぽぽ(うちの犬)サイズのイタチが悠々と歩いているのを見ましたが、彼らはいつ災害が起こっても生き延びられそうだな。。 そして人間こそが滅びゆく種だとしたら、 それを見守ってくれる「大いなる存在」というのはあるのだろうか。。
母から30年くらい前に貰ったデラックスな頬紅(チーク)を、やっっっと使い終わりました。 新しく小さめのものを買ったら、注意書きに「フレッシュ期間、開封後1年」と書いてあります。 使いきれるのかなぁぁ 口紅もたくさんもらってポーチの中でごろごろしているけど、これはもう使いきれないだろうなぁぁ。 (デヴィ夫人みたいに派手な色もあるし・・) さて、これからは、アイメイクにも挑戦してみよう 目じからって言うしなぁ 火災保険、割引率に惹かれて35年一括払いのに入ったけど、もし35年後生きていたとして、覚えていられるかなぁ │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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