カテゴリ:安土桃山時代
北条氏を降伏させた豊臣秀吉はついに天下を統一します。
さて、秀吉の次の狙いは朝鮮半島に向けられます。 秀吉が朝鮮に出兵した理由は様々な説がありますが、正確なことはわかっていません。 しかし、この出来事が後に豊臣氏滅亡へとつながっていくことになります。 秀吉は肥前に名護屋城という大規模な城を造り、そこを拠点に朝鮮に向けた出兵を開始します。 この出兵は2回にわたって行われ、文禄の役、慶長の役と呼ばれますが、この出兵により秀吉家臣団の間では石田三成を中心とする文治派と、加藤清正や福島正則を中心とする武断派に分かれ対立することになり、後の関ヶ原の合戦での戦勝に大きな影響を与えました。 また、出兵しなかった徳川家康の力がその間に強まり、秀吉死後の天下の情勢に大きな影響を及ぼすことになりました。 秀吉の目的はなんだったんでしょうね? やっと日本国内を統一したのに、またすぐに今度は海外も支配しようとしたとはちょっと私には考えられません。 しかし、この出来事がまさか自分の死後に豊臣家への災いの元になるとは思ってもみなかったでしょうね コマンドマガジン69号付録『真本信長公記』『文禄の役』 ブログランキングに参加しております。よろしければクリックお願いいたしますm(_ _)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.10.12 22:54:04
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