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2005年04月20日
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テーマ:沖縄民謡(152)
カテゴリ:沖縄関係
「十九の春」の原曲「与論ラッパ節」考

「与論ラッパ節」は、日露戦争の頃、日本全国で流行ったヴァイオリン演歌「ラッパ節」(反戦歌)が原曲。

「ラッパ節」(添田唖蝉坊)

名誉々々と おだて上げ
だいじな倅を むざむざと
砲(つつ)の餌食に 誰がした
元の倅に して返せ

大臣大将の 胸先に
ピカピカ光るは 何ですえ
金鵄(きんし)勲章か 違います
可愛い兵士の しゃれこうべ

倒れし戦友 抱き起こし
胸に手を当て 名を呼べば
にっこり笑って 目に涙
バンザイ唱うも 胸の内

明治32年与論島の移住者は、九州の炭坑で明治の末流行していた「ラッパ節」と劇的な出会いをすることになります。
与論の人たちは「ラッパ節」を三線にのせ、やがてこの歌は「与論ラッパ節」となり、のちに「与論小唄」へと発展します。

「与論ラッパ節」 (作詞者及び作曲者不詳)
(十九の春のフレーズで歌ってみてください)

歌の美らさや ラッパ節  
一つ歌いましょう ねえ あなた
さては世界の果てまでも  
ラッパラッパで歌いましょう

月はまんまるさゆれども  
あなたのこころは其のやみ
せめて今宵のおとずれを  
たより聞かせよほととぎす

貴方貴方と焦がれても  
あなたにゃ立派な方がある
なんば私が焦がれても  
磯の浜辺の片思い

私が貴方を思うのは  
山の木の数 星の数
三千世界の人の数  
千豊浜辺の砂の数

思うがままになるなれば  
金の実る木を庭に植え
好きなあなたのひざもとで  
千年 万年も暮したい

親が許さぬ恋じゃとて  
諦められりょかねえあなた
いっそ二人は知らぬ国  
難れ小島で暮そうよ

一銭五厘の葉書さえ  
千里万里を便りする
同じ与論に住みながら  
会えぬ心のせつなさよ

手枕出したが返事ない  
生きているやら死んだやら
郵便ポストが倒れたか  
港々がこわれたか

泣いて暮すも五十年  
笑うて暮すも五十年
泣いて暮すも笑うのも  
心一つのおきどころ

しかしその「ラッパ節」も「抜刀隊の唄」が原曲になっています。
「抜刀隊の唄」は、明治政府がフランスからよんだシャルル・ルルーが作曲したもの。
ルルーは、当事ヨーロッパで上演されていたオペラ「カルメン」のなかの「騎兵隊の唄」のメロディーを真似て作曲している事になります。
つまり「十九の春」の遠い祖先はオペラ「カルメン」だったことになります。
「十九の春」再ヒットの原因となった映画「ナビーの恋」でもカルメンの一節が歌われていましたね。

「与論小唄」 (作詞者及び作曲者不詳)
(十九の春のフレーズで歌ってみてください)

木の葉みたいな 我が与論  
何の楽しみない所
好きなお方がおればこそ  
嫌な与論も好きとなる

私があなたに来た時は  
ちょうど十九の春でした
今さら離縁というなれば  
もとの十九にしておくれ

十九にするのは やすけれど  
庭の枯木を見てごらん
枯木に花が咲くならば  
十九にするのは やすけれど

奥山住まいの うぐいすが  
梅の小枝で昼寝して
花の散るような夢をみて  
ホーケキョ ホケキョと鳴いている

咲いた桜に 惣れるなよ  
花はきれいが 散り易い
恋をするならあの松よ  
枯れて落ちるも二人づれ

花を咲かすも 雨と風  
花を散らすも 雨と風
雨と風とが ないなれば  
花も咲かねば 散りもせぬ

離れ小島に 住めばとて  
波の音 聞きゃ淋しいよ
沖のかもめよ ふるさとの  
うわさぐらいは知らせてね

わたしばかりに 思わせて  
あなたは 柳に春の風
どこへ行くやら 知らねども  
捨てらりゃ せぬかと気にかかる


沖縄の本土復帰後さらに脚色され、「十九の春」となります。
 
「もう一つの十九の春」ここをクリックしてください





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最終更新日  2005年04月20日 08時08分56秒
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