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4男5女の部屋

4男5女の部屋

山岸 和彦



「亡くなった人と話をするお母さん」
私の母は怖いというよりも、不思議な力をもっています。
母に何ができるのか、本人の口から聞いたのは、つい最近のことなのですが
思えば、私が小学生のころからときどき不思議なことを見てきました。
もうずいぶん前、ユリ・ゲラーがテレビの超能力番組で、スプーン曲げを
しているのを見ていると、台所にいた母は
「スプーンくらいで、なんであんなに一生懸命やってるのかしらねえ」
といいながら、そぱにあったフライ返しを「クニュ」と曲げてしまった
のです。しかも、小指一本で。
呆気にとられている私の前で、スプーンも簡単に曲げてしまいました。
そんな母は親の代からのお花屋さんをしています。
私は、子供のころから店の手伝いをさせられていました。
といってもお店にいるわけではなく、店で生けたご葬儀の花を先方に
届けるときにいっしょについていって最後の仕上げをするのです。
そんなとき、母は時間をかけてきれいに形を整えました。
すぐ横にご遺体があるので、私はできるだけ早く帰りたいのに
母は「納得できないのよねえ」などといいながら、生け直すことも
ありました。
私の目から見ると、きちんとできあがっていると思うのに
なぜそんなに時間をかけるのか、長いあいだ謎でしたが
つい最近になってすべてがわかりました。
つい先日のことです。
ご葬儀用のお花の依頼があり、母と私は菊をメインにした花を準備して
亡くなった方の家に向かいました。
玄関を入るとすぐに、奥のほうから大声で言い争う声が聞こえてきました。
泣き声、怒鳴り声を耳にして、私たちにはすぐに交通事故の被害者だと
わかりました。
そういった光景を見るのは初めてではありません。
被害者の身内は怒鳴るばかり、加害者の身内はただ泣いて謝るばかりで
声を聞いているだけでも、胸がつまってしまう状況です。
私としては、一刻も早く帰りたかったのですが、母はいつものように
花を差し替えたり、長さを調節したりして、一向に腰を上げようと
しませんでした。
それに、ぶつぶつと独り言もいっています。
まだ時間がかかりそうでしたので、私はお線香をあげてこようと
ご遣体の安置されているところに近づきました。
遺影を見ると、私とおなじ年頃のきれいな女性でした。
「明子さんっていうのよ。菊はあまり好きじゃないんだって
だから店に戻って、ユリの花を持ってきてちょうだい」
花をいじりながら、母が私に声をかけました。
頷いて立ち上がりかけながら、私は奇妙なことに気づきました。
母はどうして、亡くなった方の名前を知っているのでしょうか?
依頼の電話は私が受けたのですが、亡くなった方の名前も花の好みも
聞いていません。
親族はたいへんな取り込み中で、用意した花について何かをいう
どころではありませんから、そんなことも聞いていません。
でも、ともかく私は一度店に戻り、いわれたとおりにユリをもって
もう一度届けました。
三十分くらい経っていたでしょうか。
私が玄関を入っていくと、さっきとは打って変わって家のなかは静まり返り
ただその場にいた全員がうなだれて泣いています。
そして、その真ん中に母がいて、何かを話しているのです。
母は私の姿を見ると、立ち上がってユリの花を受け取り
きれいに生け直しました。
すべての準備が整うと、家族や親族の方たちが母に向かってていねいに
お辞儀をするなかを私たちは外に出ました。
帰路、私が尋ねようとする前に母が口を開きました。
「あなたももう大人になったから、話してもいいかしらねえ」
母は静かに微笑みながら、話しはじめました。
母の話によると、明子さんには結婚したい人がいたのだけれど
親に反対されていたそうです。
ふたりは彼の運転する車に乗っていて事故を起こし、明子さんは
亡くなったけれど、彼は重傷を負って入院してしまいました。
その事故の原因は、結婚を反対されて悩んだあげく、明子さんが
無理心中を図って、彼の握るハンドルを思いきり切ったからだといいます。
話の内容はわかりました。
ただわからないのは、そんなことを母が誰から聞いたのかということです。
「明子さんよ。自分だけ死んでしまって、彼に罪をかぶせてごめんなさい
って何度もいってたから、それをご家族に話してあげたの」
私は言葉を失ってしまいました。
「・・・じゃあ・・・菊が嫌いで、ユリがいいっていったのも・・・?」
「明子さんよ」
母はもうずっと前から亡くなった方と話ができるのだといいます。
それで納得がいきました。
私が小さいころ、独り言のように何かをつぶやきながら花を生け直して
いたのは、死んだ方の気持ちを聞いていたからだと。
「あなたは怖がりやさんだったから黙っていたけど、おばあちゃんに
ついて小さいころからご葬儀の場所に行っているうちに、いつの間にか
お話できるようになってたの」
ただ、話せる人と話せない人がいるそうです。
悔いなく亡くなった方とは話せないといっていました。
きっと話す必要がないのでしょう。
私は花屋を継いでいないし、母のような能力はありません。
でも、怖がりやの私にはそのほうがよかったと思います。


こんなすごい能力を持つ方がいるんですね・・・テレビに出ないだけで・・


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