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33歳 ― フルタイムリウマチ患者、天使ママ
2009年7月8日、第一子元樹が産まれました。そして9時間でお空に返りました。持病のリウマチや誕生死の悲しみと共にゆっくりしっかり生きていきます。 リウちゃんの日記 [全112件]
明日は元樹の9回目の月命日です。その月命日に、実家に帰ることになりました。両親が航空券をプレゼントしてくれたので、2人の好意に甘えて、だんなといっしょに1ヶ月ほど日本でゆっくりします。 その間に元樹のお骨の一部を私の家族のお墓に入れて来る予定です。今日元樹の骨壺をだんなと二人で開けて、小さな入れ物に入れ替えた時はやっぱりたくさん涙が出ました。元樹のお骨は抜け殻で、彼はもうここにはいない。それはわかっているんだけど、改めて小さなお骨のかけらを見て、やっぱり悲しかった。 去年の今頃は、「元樹が生まれたら、来年は元樹を連れて桜を見に実家に帰ろうねー!」とだんなと二人ウキウキしながら話したのを思い出します。形は違うけれど、元樹を連れて桜の時期に帰る、というのは実現できたのかな。きっと桜の花にも、花に降り注ぐ日差しにも、花びらをとばす風にも、元樹はいるのだと思います。 週末に友達とランチをした時に、彼女がこう言ってくれました。「美しいものが、全て楽しいものだとは限らない。もとちゃんのことは悲しいけれど、同時にとてもとても美しい想い出だよね」。子供がいなくてわからないことも多いだろうに、いつも私の気持ちをくんでくれる彼女の言葉はとっても暖かかったです。 今年の桜は、元樹のおかげでいつもよりもっと美しく見えそうです。
昨日は元樹の8回目の月命日でした。もう8ヶ月なんだなあ...。 この一ヶ月はだんなも私もどうも元気が出ず、停滞気味の月でした。どうしても追いやれない空虚な感じがいつもあって、悲しみが新たに押し寄せて来た感じです。当たり前なのだけど、何ヶ月経ったからといって悲しみが急になくなることはない。人に「Xヶ月が元気の出るめやす」と言われた時は、子供を亡くした辛さはそんな賞味期限のように無くならないよ...と思ったのに、自分でも半年を過ぎたら仕事をを始めなきゃとか自分に期限をつけてプレッシャーをかけたりしていていたみたい。進んだり後退したりしながら、前進していくのだなあと改めて実感しています。 見つけなきゃと思っている仕事もなかなか見つからず、情けない日々でもありました。カナダでは結婚しても共働きが当たり前で、子供が生まれるまでは(人によってはもちろん生まれた後も)二人でいっしょに稼いで、旅行にたくさん行ったり、なにか大きな買い物をしたり、ちょっと贅沢して暮らしている人が多いです。でもリウマチになってからずっと働くといってもパートで、学校に行かせてもらっていた私。だんなの周りの同じ給料で同じ職業の友達と比べるとうちは私が働いていない分節約しなくてはいけなくて、他の人みたいに贅沢できなくて悪いなあっていつも感じています。 元樹がいたら出ているはずの私の育休のお金も止まった今、仕事に出なくては!という焦りが大きいです。でもそんな私にだんなは「リウマチやもとちゃんのこと、僕にはいくら助けてあげたくてもどうにもできないことばかりだ。でもお金だけは唯一僕が何とかしてあげられることなんだから、僕に助けさせてほしい。」と言ってくれた。私が仕事に出て少し贅沢ができるよりも、私がやりたいことをして笑顔である方が自分もよっぽど幸せだ、とも。 そんな彼に甘えて、先月から自分が将来働けたらいいなと思うアートギャラリーと図書館でボランティアを始めました。仕事と違って時間数も自分で調節ができるし、気軽な気持ちでできるので、社会復帰のリハビリになっています。それ以外の時間はウェブデザインを少ししたり、書き物をしたりと、お小遣い稼ぎにもならない程度の自営業(というより趣味)をしてます。 辛い日も毎日仕事にでているだんなのおかげで私は自分のペースでゆっくり社会復帰できること、とてもありがたいと思います。いつもいつもありがとう、だんなさん。いつも優しいあなたといっしょにいられて、いろいろ辛いことがあってもやっぱり幸せだよ。もとちゃん、優しいお父さんと弱いお母さんを見守ってくれてありがとうね。いつも想っているよ!
昨日は元樹の7回目の月命日でした。だんなと二人元樹の幸せを祈りながら静かに過ごしました。 7ヶ月経った今思うことは、あれからどんなに体が回復したか、とういうことです。元樹を帝王切開で産んで1ヶ月くらいはスーパーを一回りできないくらい体が弱ってた。9月にジムに通い始めた頃はラニングマシンで20分レベル1(一番軽いもの)でジョギングするだけで辛かったし、重りを使うような機械は一番軽いのしか使えなかった。今は40分間レベル5でジョギングできるし、ウエイトも結構重いものを使えるようになった。何週間か前に雪の中ハイキングに行ったときも、自分があまりに疲れないので驚いた。知らないうちに体力は元樹を妊娠する前よりもついているみたいです。 体重も12月に妊娠前の体重に戻り、今は自分のベスト体重にさらに戻りました(妊娠前はベスト体重よりちょっと重かったのです... 一番辛かった時、「これからどうしよう」と泣きじゃくっていた私にだんなは「先のことは考えないで、この一秒、一秒を生きていこう。今この瞬間にできる最善のことをしていこう。」と言ってくれました。苦しくて何もする気が起きなかった時、「今できる最善のことはごはんを食べることだ」と決めて食卓へ降りていったこと。悲しくてどうしても眠れなかった時に「せめて目を閉じて、目だけでも休めることが次のステップにつながること」とまぶたを閉じたこと。 あまりに小さなことばかりで、自分ではなんの変化もないように思っていたけど、7ヶ月経ってそういう小さなことの積み重ねが見えて来たように思います。小さな小さな目に見えない一歩を踏み出すのを助けてくれた周囲のみなさんに感謝感謝です! 今月から4月にかけて私とだんなの周りで出産する人が5人もいます。生まれた赤ちゃんのニュースを聞いたり、出産直前のウキウキのカップルに会ったりすると、やっぱり心がザワザワします。「私達だけなんで...」ってどうしても思ってしまいます。でも、これからも無理せず、この瞬間にできることを自分のペースでこなして行こうって思います。 ![]()
最近ずっと考えている言葉があります。9年前に妊娠36週で赤ちゃんを亡くされた、今は2児のお母さんの言葉。 元樹が亡くなってから3人の天使ママさんがそれぞれ私に会いにきてくれました。3人とも知り合いを通して紹介していただいた方で、7年から10年前にお子さんを亡くされたお母さん達。皆とても明るく、職業をもった素敵な女性で、強く、優しい人。辛い時にたくさんのアドバイスをくださる、私の道しるべのような存在です。 そのうちの一人のママさんが、前にこう言われたんです。「私の子供が亡くなったときは、なんでやっと授かった宝物をとられちゃったのって思った。でも今ではとられたのではないと思う。大切な宝物を確かにいただいて、思い描いていた形ではないけれど、今もその宝物は私が持っているのだと思う。」 それを聞いた時、私はなんだかしっくりきませんでした。わからなかったというよりは共感できなかった。元樹を不本意に奪われたという気持ちが強かった私は、「かけがえのない愛しい人をとられたという事実が変わることなんかないのに」と思ったのです。 でも最近彼女の言葉を反芻して、やっとその本当の意味がわかって来たように感じます。元樹が私のもとに来てくれたことはかけがえのない宝物。元樹が逝ってしまったあとも、元樹が残してくれたものや自分の中で日々生きている元樹の存在は大切な大切な宝物。抱っこはできないけれど、成長を見てあげることはできないけれど、私は今も毎日その宝物といっしょに生きている。それは誰にも奪ったりとったりすることのできないものなんだ、と。 元樹がいなかったら、今日の私はずいぶん違うことを考え、だいぶ違った人生を歩いてたと思います。元樹がいてくれたからこそある今日の自分。夢見ていた毎日とは違うものになってしまったけれど、やっぱり天からいただいたかけがえのない宝物は今日も私といっしょなのだ、と感じる日々です。 ![]() ハイキングの途中で撮った写真
いよいよ新年ですね。今日は元樹の6回目の月命日です。もう半年が経ったのかあ...。 はじめの頃は一時間が一年のように感じた毎日。一分を過ごすのも苦しくて、いったいどうやってこの先の長い時間を過ごしていけるのだろうって思ってた。それがあっという間にもう半年になって、なんだか実感が湧かない。元樹を産んで、お空に返したあの日はまだほんの少し前のことのように感じるのに...。 振り返ると、この半年は私が一番強く生きた時間だったように思います。元樹が亡くなるまで、私にとって強さとはスポーツで優勝することとか、辺境を一人旅すること、異国で自立して生きること、職場で頑張って認められること、リウマチを持ちながら学校に通うこと...とか何か目標があって、それに向かって突っ走って結果を出すようなことだったように思う。この半年の私は傷ついた動物みたいにただじいっとうずくまって、その日その日を生きて来たと思う。泣いてばっかりの日、外に出られなかった日、人に頼ってばっかりだった日、グチャグチャな気持ちに振り回された日。誇れることばかりではないけれど、そういう日々に一分一分呼吸をして生きてこられたこと、それは言葉のわからない異国で一人重いバックパックを背負って歩くことよりもずっとずっと見えない強さを要求されたものでした。そういう静かな強さもあるんだな、と実感しました。 家族や友達の大切さ、命の尊さ、親子の絆の深さ...「本当に大事なものは目に見えない」ー この半年元樹のおかげで、本当に大事なものが見えてきたように思います。だんなとの絆も今までよりさらに強まって、だんなという人を改めて尊敬した半年でした。ありがとうね、もとちゃん。もとちゃんたくさんの大事なこと教えてくれたね。 さて、キューバ旅行ですが、すごく良かったです。-17度の自宅を出てキューバに着いたら25度、なんと温度差40度!この機会を逃すまいと、毎日たくさん海で泳いできました。夕暮れには毎日だんなといっしょに砂浜に元樹の名前を書いて、それが波に洗われるのを静かに、涙ながらに見守りました。何度書いても静かに消え行く元樹の名前に、命のはかなさと大自然の大きさ、行ってしまうものを静かに見守って受け入れることの悲しさ、大切さ、難しさを感じたキューバの夕暮れでした。 ![]() ![]() キューバから帰って来て日常に戻り、新しい一年の始まりに元樹がいないことを改めて実感した今週はだんなも私もちょっと元気がなかったかな。でも一番つらい半年を越えられたんだもの、この先の半年だって大丈夫。今年も自分のペースで歩いていこうと思います。 この一年、みなさんにたくさんの笑顔と幸せが訪れますように! ![]()
もうすぐクリスマスですね! カナダではクリスマスは家族が集まって過ごす祝日なので、元樹といっしょに過ごせないことはとてもさみしく感じます。12月になってから元樹のコーナーにくつ下を飾って、「元樹がいたらなあ」と思う時気持ちを書いて入れるようにしています。家族や親しい友達にも今年は私達はクリスマスカードやプレゼントは遠慮したいけど、もしよければ元樹のコーナーにキャンドルを灯してあげてほしいこと、くつ下に手紙を入れてほしいことを伝えました。たくさんの家族や友達が心のこもった手紙を書いてくれたり、元樹のお供え用に本やおもちゃ、折り鶴などを持って来てくれたりしました。とてもうれしかったです。こんなこと頼んで迷惑かなあ、変かなあ、とすごく迷いましたが、思い切ってお願いしてみてよかったなあと思っています。みんなの思いに包まれて、元樹きっとうれしいと思います。 ![]() ![]() ところで、明日から8日間キューバにだんなと2人旅行に行ってきます。ギリギリに決めたのですが、やっぱりだんなの実家に帰るのは辛いし、ここにいるのもさみしいのでいっそのことどっか行っちゃおうと決めました。寒さから解放されるのもうれしいです。 思えば元樹がお空に返ってから、今年がもう少しで終わる今日までなんだかあっと言う間でした。今年は私とだんなにとって人生の中で一番うれしい年でもあり、一番悲しい年でもありました。元樹がお腹にいる時は本当に毎日が幸せで幸せでしょうがなかった。もうこれ以上何もいらないなって毎日思ってたなあ。それから生まれてきた元樹にやっと会えて抱っこできたことは、やっぱり私の人生で一番うれしい出来事でもありました。元樹、本当にかわいかった! 元樹が亡くなってからは正直地獄のような毎日でした。息をするだけでも苦しくて苦しくて、潰れてしまいそうだった。そんな中たくさんの人に支えてもらいました。はじめの一ヶ月は父と母にごはんから洗濯、掃除まですべて面倒を見てもらい、おかげで毎食ちゃんと食べて、精神的にもたくさん支えてもらいました。自分達も辛かったのに、私達のためにひどい無理をしてくれたのであろう両親に感謝の気持ちでいっぱいです。その後はだんなの家族が交代で3日ずつくらい来てくれて、友達にもごはんを作ってもらったり、話を聞きにきてもらったり、大変お世話になりました。遠くの友達にもメールや電話で励ましてもらったなあ...。 元樹が亡くなってすぐのボロボロの時から、天使ママさん達のブログを見て「私だけじゃないんだ」とはじめて勇気をもらいました。コメントをしたり、していただいたりするようになってからはもっと直接的にたくさんの元気をもらいました。昔からのブログ友達にも暖かいコメントで力強く励ましてもらいました。実際お会いした天使ママさんにもすばらしいアドバイスをもらいました。 自分がみんなに支えられて生かされている、とこんなに強く感じたことはありません。そばでいつも支えてくれただんなを始め、みなさんに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にどうもありがとうございました!それからいつも心の中で励ましてくれる元樹、どうもありがとうね、大好きだよ。長い長い道のり、これからもだんなと支え合い、心の中の元樹と共に歩いていきたいと思います。 それでは、みなさんが良いクリスマスと新年を迎えられますように!来年もどうぞよろしくお願いします。
今日で学校が修了しました! 早く終われ、早く終われと思いながら(笑)、なんだかあっという間だったなあ...。行きの車やバスの中で泣きながら通ったことも1回や2回ではなかったし、集中できなくて困った時もあった。クラスメートに一度だけ休み時間の間に大声で「赤ちゃんどうしてる?この前会った時はお腹こーんなに大きかったもんねー。」と言われて廊下に連れ出してなんとか元樹が亡くなったことを伝えたことも...。零下28度の中 いろいろあったけれど、最後まで続けられたのは、やはり元樹が見守ってくれたからだと思います。元樹がお腹にいた時いっしょに通った楽しかった日々を思い出して、なんとかがんばることができました。 もとちゃん、いつもいつもありがとうね。 学校から帰って来た後、ひどくむなしく感じることが何度もありました。私にとっては元樹が亡くなって世界が壊れてしまったような気がしているのに、何も変わっていない学校。なんだか一人だけひどく取り残された感じがして...。そんな時家に帰って来て天使ママの皆さんのブログを見たり、お話したりして、悲しくてもいいんだな、一人じゃないんだな、みんながんばってるんだな、と思い、元気をもらいました。ここでもたくさん励ましの言葉をもらってうれしかったです。どうもありがとうございました。 写真は子供病院のクリスマスツリーです。子供病院で亡くなった子供達への飾りだけでデコレーションされたクリスマスツリーがあるので、そこにサポートグループで出会った天使ママパパとだんなと4人で飾りをつけに行きました。2メートルくらいの大きな木がたくさんの赤ちゃんや小さなお子さんの飾りでいっぱい。こんなにもたくさんの小さな子供達が亡くなってしまったのか...そう思うと苦しくて、悲しくて...。いっしょに行った天使ママの「こんなにたくさんの天使ちゃんといっしょだから、もとちゃんもうちの子もさみしくないね。」という涙ながらの言葉に少しだけ気持ちを楽にしてもらいました。お母さんやお父さんの子供達へのせつない想いがたくさんこもった大切なクリスマスツリーです。 ![]() ![]() ![]() |一覧| |