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33歳 ― フルタイムリウマチ患者、天使ママ
2009年7月8日、第一子元樹が産まれました。そして9時間でお空に返りました。持病のリウマチや誕生死の悲しみと共にゆっくりしっかり生きていきます。 リウちゃんの日記 [全110件]
昨日は元樹の7回目の月命日でした。だんなと二人元樹の幸せを祈りながら静かに過ごしました。 7ヶ月経った今思うことは、あれからどんなに体が回復したか、とういうことです。元樹を帝王切開で産んで1ヶ月くらいはスーパーを一回りできないくらい体が弱ってた。9月にジムに通い始めた頃はラニングマシンで20分レベル1(一番軽いもの)でジョギングするだけで辛かったし、重りを使うような機械は一番軽いのしか使えなかった。今は40分間レベル5でジョギングできるし、ウエイトも結構重いものを使えるようになった。何週間か前に雪の中ハイキングに行ったときも、自分があまりに疲れないので驚いた。知らないうちに体力は元樹を妊娠する前よりもついているみたいです。 体重も12月に妊娠前の体重に戻り、今は自分のベスト体重にさらに戻りました(妊娠前はベスト体重よりちょっと重かったのです... 一番辛かった時、「これからどうしよう」と泣きじゃくっていた私にだんなは「先のことは考えないで、この一秒、一秒を生きていこう。今この瞬間にできる最善のことをしていこう。」と言ってくれました。苦しくて何もする気が起きなかった時、「今できる最善のことはごはんを食べることだ」と決めて食卓へ降りていったこと。悲しくてどうしても眠れなかった時に「せめて目を閉じて、目だけでも休めることが次のステップにつながること」とまぶたを閉じたこと。 あまりに小さなことばかりで、自分ではなんの変化もないように思っていたけど、7ヶ月経ってそういう小さなことの積み重ねが見えて来たように思います。小さな小さな目に見えない一歩を踏み出すのを助けてくれた周囲のみなさんに感謝感謝です! 今月から4月にかけて私とだんなの周りで出産する人が5人もいます。生まれた赤ちゃんのニュースを聞いたり、出産直前のウキウキのカップルに会ったりすると、やっぱり心がザワザワします。「私達だけなんで...」ってどうしても思ってしまいます。でも、これからも無理せず、この瞬間にできることを自分のペースでこなして行こうって思います。 ![]()
最近ずっと考えている言葉があります。9年前に妊娠36週で赤ちゃんを亡くされた、今は2児のお母さんの言葉。 元樹が亡くなってから3人の天使ママさんがそれぞれ私に会いにきてくれました。3人とも知り合いを通して紹介していただいた方で、7年から10年前にお子さんを亡くされたお母さん達。皆とても明るく、職業をもった素敵な女性で、強く、優しい人。辛い時にたくさんのアドバイスをくださる、私の道しるべのような存在です。 そのうちの一人のママさんが、前にこう言われたんです。「私の子供が亡くなったときは、なんでやっと授かった宝物をとられちゃったのって思った。でも今ではとられたのではないと思う。大切な宝物を確かにいただいて、思い描いていた形ではないけれど、今もその宝物は私が持っているのだと思う。」 それを聞いた時、私はなんだかしっくりきませんでした。わからなかったというよりは共感できなかった。元樹を不本意に奪われたという気持ちが強かった私は、「かけがえのない愛しい人をとられたという事実が変わることなんかないのに」と思ったのです。 でも最近彼女の言葉を反芻して、やっとその本当の意味がわかって来たように感じます。元樹が私のもとに来てくれたことはかけがえのない宝物。元樹が逝ってしまったあとも、元樹が残してくれたものや自分の中で日々生きている元樹の存在は大切な大切な宝物。抱っこはできないけれど、成長を見てあげることはできないけれど、私は今も毎日その宝物といっしょに生きている。それは誰にも奪ったりとったりすることのできないものなんだ、と。 元樹がいなかったら、今日の私はずいぶん違うことを考え、だいぶ違った人生を歩いてたと思います。元樹がいてくれたからこそある今日の自分。夢見ていた毎日とは違うものになってしまったけれど、やっぱり天からいただいたかけがえのない宝物は今日も私といっしょなのだ、と感じる日々です。 ![]() ハイキングの途中で撮った写真
いよいよ新年ですね。今日は元樹の6回目の月命日です。もう半年が経ったのかあ...。 はじめの頃は一時間が一年のように感じた毎日。一分を過ごすのも苦しくて、いったいどうやってこの先の長い時間を過ごしていけるのだろうって思ってた。それがあっという間にもう半年になって、なんだか実感が湧かない。元樹を産んで、お空に返したあの日はまだほんの少し前のことのように感じるのに...。 振り返ると、この半年は私が一番強く生きた時間だったように思います。元樹が亡くなるまで、私にとって強さとはスポーツで優勝することとか、辺境を一人旅すること、異国で自立して生きること、職場で頑張って認められること、リウマチを持ちながら学校に通うこと...とか何か目標があって、それに向かって突っ走って結果を出すようなことだったように思う。この半年の私は傷ついた動物みたいにただじいっとうずくまって、その日その日を生きて来たと思う。泣いてばっかりの日、外に出られなかった日、人に頼ってばっかりだった日、グチャグチャな気持ちに振り回された日。誇れることばかりではないけれど、そういう日々に一分一分呼吸をして生きてこられたこと、それは言葉のわからない異国で一人重いバックパックを背負って歩くことよりもずっとずっと見えない強さを要求されたものでした。そういう静かな強さもあるんだな、と実感しました。 家族や友達の大切さ、命の尊さ、親子の絆の深さ...「本当に大事なものは目に見えない」ー この半年元樹のおかげで、本当に大事なものが見えてきたように思います。だんなとの絆も今までよりさらに強まって、だんなという人を改めて尊敬した半年でした。ありがとうね、もとちゃん。もとちゃんたくさんの大事なこと教えてくれたね。 さて、キューバ旅行ですが、すごく良かったです。-17度の自宅を出てキューバに着いたら25度、なんと温度差40度!この機会を逃すまいと、毎日たくさん海で泳いできました。夕暮れには毎日だんなといっしょに砂浜に元樹の名前を書いて、それが波に洗われるのを静かに、涙ながらに見守りました。何度書いても静かに消え行く元樹の名前に、命のはかなさと大自然の大きさ、行ってしまうものを静かに見守って受け入れることの悲しさ、大切さ、難しさを感じたキューバの夕暮れでした。 ![]() ![]() キューバから帰って来て日常に戻り、新しい一年の始まりに元樹がいないことを改めて実感した今週はだんなも私もちょっと元気がなかったかな。でも一番つらい半年を越えられたんだもの、この先の半年だって大丈夫。今年も自分のペースで歩いていこうと思います。 この一年、みなさんにたくさんの笑顔と幸せが訪れますように! ![]()
もうすぐクリスマスですね! カナダではクリスマスは家族が集まって過ごす祝日なので、元樹といっしょに過ごせないことはとてもさみしく感じます。12月になってから元樹のコーナーにくつ下を飾って、「元樹がいたらなあ」と思う時気持ちを書いて入れるようにしています。家族や親しい友達にも今年は私達はクリスマスカードやプレゼントは遠慮したいけど、もしよければ元樹のコーナーにキャンドルを灯してあげてほしいこと、くつ下に手紙を入れてほしいことを伝えました。たくさんの家族や友達が心のこもった手紙を書いてくれたり、元樹のお供え用に本やおもちゃ、折り鶴などを持って来てくれたりしました。とてもうれしかったです。こんなこと頼んで迷惑かなあ、変かなあ、とすごく迷いましたが、思い切ってお願いしてみてよかったなあと思っています。みんなの思いに包まれて、元樹きっとうれしいと思います。 ![]() ![]() ところで、明日から8日間キューバにだんなと2人旅行に行ってきます。ギリギリに決めたのですが、やっぱりだんなの実家に帰るのは辛いし、ここにいるのもさみしいのでいっそのことどっか行っちゃおうと決めました。寒さから解放されるのもうれしいです。 思えば元樹がお空に返ってから、今年がもう少しで終わる今日までなんだかあっと言う間でした。今年は私とだんなにとって人生の中で一番うれしい年でもあり、一番悲しい年でもありました。元樹がお腹にいる時は本当に毎日が幸せで幸せでしょうがなかった。もうこれ以上何もいらないなって毎日思ってたなあ。それから生まれてきた元樹にやっと会えて抱っこできたことは、やっぱり私の人生で一番うれしい出来事でもありました。元樹、本当にかわいかった! 元樹が亡くなってからは正直地獄のような毎日でした。息をするだけでも苦しくて苦しくて、潰れてしまいそうだった。そんな中たくさんの人に支えてもらいました。はじめの一ヶ月は父と母にごはんから洗濯、掃除まですべて面倒を見てもらい、おかげで毎食ちゃんと食べて、精神的にもたくさん支えてもらいました。自分達も辛かったのに、私達のためにひどい無理をしてくれたのであろう両親に感謝の気持ちでいっぱいです。その後はだんなの家族が交代で3日ずつくらい来てくれて、友達にもごはんを作ってもらったり、話を聞きにきてもらったり、大変お世話になりました。遠くの友達にもメールや電話で励ましてもらったなあ...。 元樹が亡くなってすぐのボロボロの時から、天使ママさん達のブログを見て「私だけじゃないんだ」とはじめて勇気をもらいました。コメントをしたり、していただいたりするようになってからはもっと直接的にたくさんの元気をもらいました。昔からのブログ友達にも暖かいコメントで力強く励ましてもらいました。実際お会いした天使ママさんにもすばらしいアドバイスをもらいました。 自分がみんなに支えられて生かされている、とこんなに強く感じたことはありません。そばでいつも支えてくれただんなを始め、みなさんに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にどうもありがとうございました!それからいつも心の中で励ましてくれる元樹、どうもありがとうね、大好きだよ。長い長い道のり、これからもだんなと支え合い、心の中の元樹と共に歩いていきたいと思います。 それでは、みなさんが良いクリスマスと新年を迎えられますように!来年もどうぞよろしくお願いします。
今日で学校が修了しました! 早く終われ、早く終われと思いながら(笑)、なんだかあっという間だったなあ...。行きの車やバスの中で泣きながら通ったことも1回や2回ではなかったし、集中できなくて困った時もあった。クラスメートに一度だけ休み時間の間に大声で「赤ちゃんどうしてる?この前会った時はお腹こーんなに大きかったもんねー。」と言われて廊下に連れ出してなんとか元樹が亡くなったことを伝えたことも...。零下28度の中 いろいろあったけれど、最後まで続けられたのは、やはり元樹が見守ってくれたからだと思います。元樹がお腹にいた時いっしょに通った楽しかった日々を思い出して、なんとかがんばることができました。 もとちゃん、いつもいつもありがとうね。 学校から帰って来た後、ひどくむなしく感じることが何度もありました。私にとっては元樹が亡くなって世界が壊れてしまったような気がしているのに、何も変わっていない学校。なんだか一人だけひどく取り残された感じがして...。そんな時家に帰って来て天使ママの皆さんのブログを見たり、お話したりして、悲しくてもいいんだな、一人じゃないんだな、みんながんばってるんだな、と思い、元気をもらいました。ここでもたくさん励ましの言葉をもらってうれしかったです。どうもありがとうございました。 写真は子供病院のクリスマスツリーです。子供病院で亡くなった子供達への飾りだけでデコレーションされたクリスマスツリーがあるので、そこにサポートグループで出会った天使ママパパとだんなと4人で飾りをつけに行きました。2メートルくらいの大きな木がたくさんの赤ちゃんや小さなお子さんの飾りでいっぱい。こんなにもたくさんの小さな子供達が亡くなってしまったのか...そう思うと苦しくて、悲しくて...。いっしょに行った天使ママの「こんなにたくさんの天使ちゃんといっしょだから、もとちゃんもうちの子もさみしくないね。」という涙ながらの言葉に少しだけ気持ちを楽にしてもらいました。お母さんやお父さんの子供達へのせつない想いがたくさんこもった大切なクリスマスツリーです。 ![]() ![]() ![]()
今日は元樹の5回目の月命日。月命日にはいつも元樹がいっそう恋しくなって涙がでてしまいます。 「元樹」という名前は「もとめ」という名のうちの祖母から2文字もらい、元気な木のようにたくましく自然体な子に育ってほしいという願いを込めて命名しました。 私の祖母はお世辞にも美人とは言えないし(笑)、特別何かこれをしたという偉業があるわけではないけれど、私が一番尊敬してきた人です。貧しい田舎から10代の頃一人で東京に出稼ぎに来て、戦時中もいろいろ苦労をした祖母。ほんわかした優しさの中に強さを持った、正直で素朴な祖母。何か私がプレゼントをあげると、どんな小さな物でも「おばあちゃんこんなに良くしてもらったら罰が当るねえ。」と喜んでくれたのを思い出します。欲がなく、うそみたいに心がきれいで、子供や孫、友達やご近所さん皆に愛された人です。 元樹をなくしてから、そんな祖母の優しさと強さは大切な人を失った事があるからではないかと思うようになりました。祖母がまだ小さい頃に産まれたばかりで亡くなった妹。冷たくなった妹を抱っこしてみんなに止められてもずっと「いやだ、いやだ」と言って離さなかったのだ、と昔話してくれた事を思い出します。成人してからは戦争で大好きだった弟を亡くし、「いい子だったのにかわいそうに」と思い出す度言っていました。36年前には4人目の孫を誕生の際に亡くしてとても辛い思いをしたようです。叔母が最近当時のことを思い出して「義母さんにたくさん励ましてもらった」と言っていました。大切な人を何人も亡くしたからこそ、本当に大事なものがはっきり見えていたのかもしれません。 そんな祖母が7年ほど前から認知症をわずらっています。今はもう私の事もわからないし、電話でも混乱してしまうので話す事ができません。私は13年間ずっと海外に住んでいるので、なかなか会う事もできない...。それでも、自分の中で祖母の影響は大きく生きているんだなと日々感じます。何かあるたびに「おばあだったらどうするかな」とふと考えている自分。おばあに喜んでもらえるようなことをしたいと思っている自分。そういう意味ではそばに住んでいる誰よりも祖母は私の近くにいるのだと感じます。 そして元樹も祖母のように私の中でこれからずっと強く生きていくのだと思います。辛い時には励ましてくれる元樹の笑顔、何をするにも「元樹の母としてこうしたい」と思っている自分がいます。 亡くなった後も魂は存在するのか、本当のところ私にはわかりません...。私にとって元樹は天国にいる天使ちゃんというはっきりとした存在ではなくて、もっと抽象的な生命体のような存在なんです。「千の風」の詩のように、大自然に返って、夜は星に、昼は太陽に、冬は雪の結晶の中に存在して、私達を見守ってくれているような気がしています。亡くなった後魂はどうなるのか、それは私が向こう側に行く日まではわからないことなのだと思っています。でもはっきりわかっていることは、元樹がこれからもずっと私の中でたくましい根を張って、大きな樹になって生き続けること。今はまだ5ヶ月のかわいい木がこれからどんどん私の中で成長し続けていくのだと思います。 月命日にはそれを思い出して感謝したい、とこの5回目の月命日に思っています。
3週間前のこと。 義妹が8月に妊娠した、と義母に知らされました。義妹は結婚していないし、1年以下と付き合いの浅い彼氏がいるだけなので驚き。その彼氏は3人の子供がいる元の奥さんと別居中でまだ離婚が成立してない状態。全然心の準備ができていなかったのでとてもショックでした。うちのだんなは長男で、義妹も義弟も結婚していないので、元樹の妹か弟が次の赤ちゃんになると思って疑わなかった自分がいて...。それから3日くらいは気持ちがグチャグチャで泣いてばかりで何もできませんでした。やっと抜け出したと思った谷底にまたストーンと落ちてしまった感じ...。 義妹には元樹が亡くなってからたくさん支えてもらいました。仲もいいし、とてもいい子。だから誰よりも義妹の妊娠を喜んであげたいのに、涙ばかりあふれて、どうしても素直に喜べない自分がいる...。2ヶ月前に友達の妊娠がわかった時はおめでとうって言えたのになあ...。 どうして家族の妊娠がこんなに辛いんだろう、といろいろ考えました。たぶん元樹のおじいちゃんやおばあちゃん、おじちゃん、おばちゃんが義妹の子におもちゃを買ってあげたり、抱っこして微笑んでる様子を思い浮かべると、「ああこれは本当は元樹がしてもらえることだったのに...。」と思ってしまうからではないかなあ...。妊娠がわかってからみんなでおめでとうのディナーをしたとか、義母があかちゃんのためにいろいろ家を改装している、なんて聞いただけでも涙が出てしまう私。 義妹の赤ちゃんも元樹がしてもらえたように、みんなに喜んで祝福されて迎えてもらえるのが当たり前だと思います。そして私もおばちゃんとしてそうしてあげたい。でもどうしてもできない自分が本当に情けない。車で8時間くらいの所に住んでいるだんなの家族。クリスマスは毎年帰るのだけど、今年は遠慮させてもらおうと思ってます。親戚達に囲まれて、お腹の大きい義妹が赤ちゃんの話を聞かれてるパーティーに涙なしにいられる自信がどうしてもなくて...。 一番気持ちがグチャグチャだった時に、何人かの天使ママさんに話を聞いていただきました。みなさんご自分の体験を話してくれ、それぞれの言葉でたくさん励ましてくれました。そのうち印象的だったのが、カルガリーに住んでいる天使ママさんが言ってくれた言葉: 「これからおばさんとしてその赤ちゃんとは何十年もつきあっていくんだから、これからいくらだって祝福してあげる機会あるよ。それが何ヶ月後でも何年後でも、心から喜べる日が絶対来る。その時がきたら今の分もかわいがってあげたらいいよ。今は無理して急ぐ事ないじゃない。」、と。 みなさんのメッセージを反芻して、こういう風に思ってしまうのはしょうがないんだな、今は無理しなくていいんだな、自分ができる時に何倍にも返して祝福してあげればいいなと思えるようになりました。まだまだ谷底から這い上がって来ている途中でなかなか元気は出ませんが、学校やジムに行ったり、家事をしたり、一日一日を過ごしてます。 この事を通して、天使ママさんの存在に自分がどんなに助けてもらっているか改めて実感しました。こちらで実際に会ってお話することができるママさん。ブログを通して励ましてもらっているママさん。みなさん私にとって本当にかけがえのない存在です。いつも支えてくれてどうもありがとうございます!元樹のおかげでできたご縁、これからも大切にしていきたいです。 |一覧| |