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私は、元々は経理関係の仕事をしていて、税理士を目指していた。
だから、税務申告までは理解していたし、ソロバンを弾いて 帳簿付けや仕訳を会社で行っていたのである。 それが、会社が地方に38店舗を展開していたので、 コンピューター化に踏み切った時に、 私が責任者にされたのである。 それが私のコンピューターとの出会いであった。 元々は政経学部なので、技術関係には疎いのであるが 責任者にされた時に、もうソロバン等を弾いて 計算する時代では無いと確信して、税理士も諦め コンピューターに没頭して行ったのである。 機械系の知識が無い私は、人の3倍以上の努力をしたと 自負しているが、本当に寝る間を惜しんで学んだ。 元は経理や総務関係は仕事をしていたので問題は無いが プログラム関係は知識が無かったので、一から遣る事になり アッセンブラー言語を一から学び、既にあるプログラムリストで 言語を習得して、メーカーが行う研修に1か月行き プログラム作成出来るようになった。 それに4か月かかり、後は幾度となくプログラム修正を行い 効率性を高めて行ったのである。 私は10進数しか知らない人間であり、2進数や16進数等は 始めて見るので、戸惑いがあったが、それも慣れであり 自然にマシンランゲージを覚えて行った。 2進数に関しては0か1なので、単純にON・OFFの考え方で 問題は無いが、16進数に慣れるのは大変であった。 その頃のコンピューターは、メモリーにプログラムだけ 読み込んで、データ領域は少ないので、ソート等は 数回に分けて行っていた。 プリンターもIBMボールが使われており、音がうるさく また、ラインプリンターもあったがドラム式であった。 データやプログラムはパンチ機械で作成していたのである。 データは紙テープで8個の穴が空いていて、打ち間違い等を 修正出来たのである。 紙テープの下4個が数字や文字を表し、上4個が数字か 文字かの判断する記号であった。 数字は下から1・2・4・8であり、 それで10進数を表現していた。 そんな状況で、私はプログラム開発を行い思考錯誤しながら 如何に効率よく、業務を推進したプログラムを作るか 考えていたのである。 プログラムが良くても、データが間違っていると 結果は悲惨な事を幾度も味わったのを思い出す。 幾ら優秀なプログラムでも、データ次第である。 それによって業務の善し悪しが決まるのが コンピューターの世界であろう。 続く お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016.02.02 07:53:42
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