テーマ:癌(3513)
カテゴリ:癌治療情報
読売新聞「一病息災」の記事を引用し、私の意見・感想・気づきなどを述べさせていただいています。
2016年5月~6月の竹原慎二さん(取材当時44歳)の記事です。 ≪2016年6月1日の記事≫ [ボクシング元世界チャンピオン 竹原慎二さん]膀胱がん(3)相次ぐ目の病気で引退 23歳、負け知らずで世界ミドル級のチャンピオンになった。その半年後の1996年、防衛戦が予定されていた。だが、練習に集中できなくなった。 「視力はもともと良かったが、左目の視野が極端に狭くなり、左の横側がほとんど見えなくなった。右目も同じようになったらと、恐怖と不安でいっぱいでした」 防衛戦は第9ラウンドにレフェリーストップ。25戦目で初めての敗戦だった。極秘で直ちに入院した。眼球をカメラに例えると、フィルムに相当する網膜が眼球の壁側からはがれて視力や視野を失う「網膜剥離」と診断された。ボクサーに付き物の病気で、殴られた時の強い衝撃が原因となる。 失明に近い状態だった。2度の手術で網膜剥離は治ったが、視力はあまり回復せず、新たに白内障がわかり、また手術した。瞳孔のすぐ後ろにある水晶体が白く濁り、視力が低下する病気だ。老化以外にも、殴られて傷つき発症する。 視力は0・4まで戻ったが、目を悪くしたプロボクサーの復帰は難しかった。防衛戦から4か月後、再挑戦できないまま、不完全燃焼で引退を表明した。 まだ24歳。芸能界入りして仕事を待ったが、世間は甘くなかった。パチンコをして、時間をつぶした。間もなく結婚したが、元世界王者のプライドが許さず、仕事は見つからなかった。 >元世界王者のプライドが許さず、仕事は見つからなかった。 私は後腹膜軟部肉腫に罹りましたが、粒子線治療のおかげで会社復帰もできるような状況になりました。プライドが高かったら、会社復帰という道を選んでいたでしょう。しかし、私には、他にもっとやりたいことがあったので、収入は激減しますが、別の道を選びました。 それでよかったと思っています。そういう意味では「がん」に感謝しています。 もちろん、私のプライドなど、ボクシングの世界チャンピオンと比べたら屁みたいなものすが。
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最終更新日
2019/04/22 09:06:07 PM
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