
神宮外苑の絵画館前から、赤坂御用地の新緑を左に見ながら南へ。右手に都営青山アパートの整然とした姿を見ながら、青山中学のところに差し掛かると、剣道の稽古衣袴を着た人たちが立っている。声をかけると、練習試合の案内に立っているとの事だった。青山一丁目の本田技研ビルを過ぎて、青山墓地に出る。ここは、尾崎紅葉や志賀直哉、吉田茂などの多くの有名人のお墓があります。忠犬ハチ公の墓まであるそうです。青山墓地と言えば、4月は桜が素晴らしくて、大学の同期は毎年花見をしているようです。私は残念ながら参加する機会が合いませんでした。
青山斎場を越えると日本学術会議ビル。「学」の総本山みたいな印象が私にはあるのです。建物自体は築後30年以上になるのだろうか?結構、劣化が目立っていた。多分1970年代の建築であろう。あんなに眩しくて輝かしかった時代が今や古くなってきたのかなー。
その印象が、建設中の国立新美術館の姿で吹っ飛ばされた。うねうねとした斬新なガラス曲面の顔を持つ美術館が黒川記章の設計で本年2006年オープンでほぼ完成間際まで進んでいた。国立新美術館は「国内最大級の展示面積(14,000平方m)を持ち、今日の美術動向を紹介する企画展の開催や美術団体による全国的な公募展への施設提供、国内外の展覧会情報のセンター的機能など、新しいタイプの美術館」なんだそうです。ちなみに黒川記章さんの27館目の美術館です。
六本木通りから外苑東通りに入る。六本木交差点は、その昔、アマンドという喫茶店があって、私のようなおじさんは、六本木と言えばアマンドの名前が頭に浮かんだもんです。今回歩いた時には、まだ存在していたのだろうが、朝方と言うことであまり存在感は感じませんでした。時代は移ったと言うべきでしょうか・・・。
このあたりまで来ると、足は元気で、頭はメロメロです。気持ちはいいのですが、周りの景色はあまり見えていないようです。このとき、下り坂であったので足はどんどん前に進んでいくのですが、どんなものがあったのか覚えていません。ただ外務省の飯倉公館とロシア大使館は圧巻でした。日本のこれからの方向を決めていく施設がこれかーと思って通り過ぎました。
いよいよ東京タワーです。東京タワーはなんとも言えないパワーがあります。これは実物に触れてみて間違いない。先日の映画「三丁目の夕日」で昭和33年当時の東京下町の生き生きとした姿が描かれましたが、その際の、シンボル的に描かれたのが「東京タワー」です。今の日本の活力の原点は、東京オリンピックであり、その下地として日本の発展をみんなの心に植えつけたのは「東京タワー」だったと疑いなく思うのです。写真は東京タワーの根元から頂上を見上げたアングルです。