大分 臼杵城・フンドーキン・石仏
大分県臼杵市に行ってきました。市街地の案内地図は市内各所で配布されています。大変便利はじめに臼杵市歴史資料館でお勉強大友宗麟(1530年~1587年)大友家21代当主で府内(大分)から臼杵に拠点を移し足利幕府より九州6か国の守護に任命され九州最大の大名となった。山口で布教していたフランシスコ・ザビエルを府内に呼び歴史的な会見で領内での布教を許可1578年宗麟自身も洗礼を受けキリスト教徒になる豊臣秀吉による伴天連追放令の少し前に亡くなる。臼杵で発見された「INRI」が刻まれた石碑INRIとはキリストがユダヤ人の王を名乗った罪を示すもの。臼杵にある「コープうすき」さんお店手作りのオカラマメシ魚のすり身も加えた地元の郷土料理ふか(サメ)湯引き(郷土料理?)地元フンドーキンの調味料九州南部では鶏のタタキや刺身は一般的な食べ物大分名物とり天名産のカボスも使用とり飯むすび良い出汁が効いています鶏めしべんとうメインの鶏めしがシールで隠れている残念城下町臼杵のシンボル「臼杵城」市街地の中心に切り立つ丘、かつては「丹生嶋」と呼ばれた島九州6か国を治めた大友宗麟が臼杵城を築いたのは1556年でした。大友宗麟首にはクルス(十字架)もかかっています洗礼名フランシスコといいザビエルの名にちなんで自分で選んだといわれる。ポルトガルから多くの宣教師が領内で活動する、その一方でポルトガルとの南蛮貿易が本格的に行われました。天守閣跡あたりは広く現在は公園になっており野球などができるスペースや散歩コースがありました。フンドーキン醤油株式会社1861年創業醤油・みそ・ドレッシングなど製造元々はお酒を造っていた小手川酒造から味噌・醤油など商品を広げていった。経営者は今も小手川さんで同族経営の会社日本は世界で一番長寿の会社が多い国他国では親から子供に代々継いでいく会社は少ない。全国で販売されているお味噌フンドーキンのロゴマーク由来街中にある「小手川酒造」見学も可能小手川酒造の前にあるフンドーキン系列の食堂地元の郷土料理が食べれるお店黄色いご飯は他所では食べれない和1200円かやく魚のすり身と野菜を使用したけんちん汁風くちなしで着色した黄色ご飯味は普通のご飯この辺り武家屋敷ではくちなしが植えられていた。南蛮貿易でパエリアが伝わって真似たのだという説もある。味噌はもちろんフンドーキンさんごちそうさまでした。臼杵の市内から少し離れた所にある 国宝臼杵石仏凝灰岩の岩壁に刻まれた磨崖仏群、平安時代から鎌倉時代にかけて彫られたといわれていますが誰がどのような目的なのかは今だに不明らしい。このような石仏群が4か所に分かれて彫られています各所にはQRコードによる説明があるので便利です次は宮崎市に向かいます。