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ラブレターフロームカナダ

ラブレターフロームカナダ

幸子の日記2、1~23話

幸子の日記2、第1話、外見


「あのね、ひげを剃って髪も短くしたらもっとかっこよくなると思うよ」

マイケルの無精ひげはどうしても好きに慣れなかった。
長い髪も好きじゃなかった。

ダウンタウンを歩くときはいつも2,30センチは空けて歩いていた。
二人っきりになれば、彼のごつごつした手にとっても触れたいのに、
人目があるときはどうも彼に近寄れなかった。

「僕と一緒にいて恥ずかしい?」

よく私を伺うようにこんな質問を彼はよくした。
彼はわかっていたらしかった。

「う、ううん、、男の人と一緒に並んで歩くのに慣れてないから、、
私日本人だしね。」

彼を傷つけないようにした言い訳も、
きっと彼は見抜いていただろう。

ウサギちゃんがいなくなった私のスケジュールに
マイケルがどんどん入ってきた。

彼と週末は一緒に過ごし、
平日も時間があれば会うこともよくあったが、
私たちはキスはおろか手もつないだことがなかった。
彼は奥手だった。
いや、奥手というよりも、
私の反応を見て手が出せなかったのだろう。

私は彼が好きだった。
優しいし、思いやりがあるし、第一一緒にいて安心できた。
ただキスとなると、
ちょっと躊躇してしまっていた。
彼の顔が受け付けられなかったのだ。
遠目で見るならまだいい、
だが彼の顔と私の顔の距離が20センチ以内になれば、
少しだけ拒否反応が出ている自分に気がついていた。

「一度キスをすれば慣れるかも、
一度セックスすれば、彼を受け入れられるかも、、」

そんなことを考えていたが、
彼は一向に私に触れてこようとしなかった。
自分から勝負下着で彼に挑むことも出来ずにいた。
彼に触られるのが恐かった。

もうすぐ31歳になろうとしていたのに
私はまだ色んな事にこだわり過ぎていた。
そんな自分を馬鹿だと客観的に思えたが、
体が受け付けなかった。

第2話、プラン

マイケルが言った。

「9月は幸子の誕生日だね、二人でお祝いしよう、、、」

すごく嬉しかった。
すごく嬉しい反面、少しだけ焦っていた。
まだ肉体関係のない私の位置が不明だったからだ。

私たちはホワイトスポットにいた。
マイケルが食事に誘ってくれるなんて初めてだった。
私はあまり高くなく、それでいて少しボリュームのあるハンバーガーを
注文した。
あまり美味しくはなかった。

「next time,lets rent some movies and we can watch them together at my house..」

マイケルは次々と二人の色んなプランを立ててくれていた。
それはとても嬉しかったが、その半分がまだ実行されていないことに、
不安を感じていた。

彼は忙しいからしょうがないと分かっていても、
彼のプランを聞くたびに、期待していた。
その期待が裏切られるたびに少しだけ悲しい思いをしていた。

私はずっと待つ女だった。
自分でも待つことに慣れていると思った。
待っていれば必ず現れる相手だったら何時間でも待つ覚悟はできていた。
ただ、今までの悲しい経験が私を疲れさせていた。

待っても待っても相手が来ない日のことを思い出した。
その頃は携帯も普及していなく、
ただ待つしかなかったのだ。
後1分すれば、後5分すれば、の繰り返しだった。

「そろそろ待つのも止めたいな、、、」

そんなことを考えていた。
マイケルとの歯車が少しずつ食い違ってきているような感じだった。

「何とかしなきゃ、、、」

あまり好きではない彼の顔を見ながら考えたが、
答えは見つからなかった。

手持ち無沙汰の足をずっとぶらぶらさせていた。
落ち着かなかった。

第3話、世界旅行

マイケルが初めて家に呼んでくれた。
案内された場所は、ちょっといかがわしい路地にたったアパートだった。
道の雑草の中に注射器のかけらのようなものを
みたような気がしたが、
確かめなかった。

彼の部屋はベッドルームが一つ、リビングルームに、小さいキッチンが付いていた。
部屋には3匹の猫が気持ちよさそうに寝ていた。

部屋は暗かった。
隣のアパートが窓の光をふさいでいた。

部屋の中はお香の匂いと、彼の匂い、猫の匂いが入り混じった匂いがした。
好きではなかった。

彼は3日前に空けたというワインをグラスに注いだ。

ここに自分が住むことが想像できなかった。

彼は、あまり聞いたことが無かった彼の夢を少しずつ語りだした。
大学で単位をもう一度取り直して、ESLの先生になるのが彼の予定だった。
その後は、英語を教えながら世界を回りたいと
酸味のきついワインを美味しそうに飲みながら言っていた。

その夢に自分を載せて見た。
彼と楽しそうに世界をまわる自分の姿がそのときは見えていた。

「晩御飯つくるね、」
持ってきていた材料を持って台所に立った。
シンクがかなり汚れていた。

「今度来るときはSOSの束子を持ってこないとね」

これからも私は彼の部屋に来るんだろうと疑わなかった。
つつましいながらも彼との生活を考えたりしていた。
彼に引っ越してもらおうかとも、その短時間で考えていた。

キッチンのライトをつけたが、
まだ暗かった。
その暗さとお香の匂いが私の気持ちを沈ませたが、
まだ私は彼と世界を周っていた。

第4話、人形

「This is delicious!」

醤油とにんにくで簡単に味付けした鶏のから揚げを
口いっぱいほうばっていた。
彼の顔は少し嬉しそうで照れたようで
子供みたいだった。

「これも食べてよね」

私はお寿司ののったお皿を彼のほうに向けた。
相変わらずワインは不味かったが、
頑張って飲んでいた。
その日は酔いたい気分だった。

初めての彼の部屋での夕食に
かなり緊張していた。
心臓がどくどくして息も荒かった。
お箸を握る手も小刻みに震えていた。
なぜだかわかんなかった。
何故あんなに緊張していたのか。

全てを平らげた彼は
私の肩に手を置いて言った。

「有難う」

彼の手は暖かかった。
私はその温かみを体全体で受け止めていた。

テーブルの上を片付けた後、
私たちは映画を見始めた。
彼はベッドルームから薄いブランケットをもってきて、
私の膝にかけた。
彼はそのまま私の横に座り、私の肩に手を置いてきた。

彼の胸が数センチ先にあった。
映画など一向に私の頭にはいってこなかった。
ただ頭の中にあったのは、数センチ先にある彼の胸だった。
そこに自分の頭をもたげようかどうしようか悩んでいた。

もしそこへ頭をおいてしまえば、
きっと今晩何か起こると想像していた。
その想像は、起こって欲しいことなのに、なんだか恐かった。

映画が終った後も私の不自然なポーズは続いていた。
彼も私の肩から手を離さず、ブランケットの下は
体が密着していた。

ただ、首だけがどうしても動かなかった。

彼が何かを話しかけてきたが、
何を言っているのか分からなかった。
20度だけ顔を彼のほうに向ければ、
きっと彼は口付けをしてくるだろう。
あの唇に触れたいと思っていたのに
ただ首だけが固定されたように動かなかった。

ただ自分でも分からなかった。

真っ暗な窓の自分の姿が映っていた。
つぶれた人形のように、
首だけが違う方向を向いていた。

みたくなかった自分の姿だった。

第5話、シャワー

「もう2時だね、、、」

彼が言い出した。

「泊まって行きなよ、、」

その言葉は、両方の意味にとれた。
私はそれがどっちか分からなかった。
ただの素泊まりか、それとも、、、。

今日一日ずっと緊張していた。
彼と夕飯を食べているときもずっと手が震えていた。
その震えの意味が彼の言葉によって分かりかけてきた。
これから起こるかもしれないことを、
自分の意識下の心の片隅でずっと感じていたんだ。

イエスかノーか、返事しなければならなかった。

「うん、遅いから泊まっていこうかな、、」


彼の目を見ずに答えた。
心は決まっていた。
今夜彼の胸にこの動かなかった頭をもう一度傾けてみよう。
私は少し焦っていたかもしれない、
彼と早く友達以上の関係になりたかった。

「え~っと、シャワー浴びていい?」

体を綺麗にしたかった。
一瞬、彼の顔が曇ったが、そのままバスルームに案内してくれた。

どきどきしていた。
震える手で体を綺麗に洗った。

シャワーを浴び、リビングに出た。
洋服は着ずにバスタオルだけを巻いて外にでた。
こいうい夜はそれが普通だろうと、
昔見た映画を思い出していたからだ。

部屋が暗かった。
窓から少しだけ照らされている月明かりで部屋の形だけ見えた。

カウチの上には枕とブランケットが綺麗にたたまれて置いてあった。
彼のベッドルームも真っ暗でドアは開いたままだった。
彼はベッドに入っているみたいだった。
少し除いてみたが何も見えなかった。

この意味がしばらく分からなかった。
どうすることが二人にとって一番いいことなのか
自分で判断できなかった。

ただ、自分がすごく滑稽に思えた。
真夜中に男の部屋でバスタオル一枚で立っている自分の姿。
月の明かりが少しだけ私の体を照らしていた。

しばらくの間たたずんでいた。
どっちへ行けばいいか決められなかったからだ。

「馬鹿だな、なんで一日中どきどきしてたんだろう、、」

私はそのままカウチに滑り込むように入っていった。
自然と手の震えは無くなっていた。

第6話、プライド

眠れずにいた。
何度も寝ようと試みたが、
頭に浮かぶのは自分が下した昨夜の決断のことだけだった。

朝6時ごろ、トイレに行った。
案の定30過ぎた寝不足の女の顔は最悪だった。
自分でも見るのが嫌なくらい醜い女が鏡にいた。
それに化粧道具も持ってきていなかった。
こんな顔で一緒に朝ごはんなんて食べたくなかった。

私は置手紙を残して彼の部屋を出た。

朝の冷たい風はすがすがしい気分にさせてくれが、
何かがこころに引っかかっていた、その何かは
少しだけ私の心を暗くさせた。

バスに乗って自分の家に帰った。
部屋に戻るとすぐにシャワーを浴び、
着慣れたパジャマに着替えた。

自分のベッドに入ったとき、安堵を覚えた。

「やっぱり私は一人が好きかも、、、」

そんなことを考えさせるぐらい自分のベッドは気持ちよかった。
深い深い眠りについた。
とても気持ちのよい眠りだった。

次の朝まで眠った。
全てが夢の中での出来事のようだった。

すぐにマイケルから電話が入ると思っていた。
私からもすぐにかければよかったのだが、
かけれなかった。

これから、彼の電話を10日以上
待ち続けなければならないことになるなんて
そのときの私には分かるはずもなかった。

ただ変なプライドが邪魔をして、
私に電話をかけさせず、
変なプライドがまた私の恋愛の邪魔になっていた。

第7話、花火


8月の中頃に差しかかっていた。

マイケルの家に行ってから10日が過ぎていたが、
マイケルから電話はなかった。

痺れを切らしてこちらから電話もしてみたが
いつも留守電が応答するだけだった。
メッセージは最初の一回だけ入れた。

待つことに疲れていた時、電話がなった。

プルルルルル~~~

心が少し躍った。

「あ、幸子?久しぶり~」

真由美の明るい声だった。

「そう、そうなのよ、もうすぐ帰るからね、今週の土曜日に
残ってるみんなでお別れ会して欲しいなあ~~ってね、、、」

真由美の送別会の出欠の電話だった。
電話を切ってから真由美の彼氏のことを考えていた。
順調にいっている彼らは同棲していた。

「どうするんだろう、別れるのかな、、」

そんなことを考えながら時計をみた。
時間の感覚がなくなっていた。
時計は9時16分をさしていた。
少し暗くなり始めていた。

後2週間もすれば私の誕生日だった。
涙がでてきた。
後悔していた。

「どうしてあの時、カウチにもぐりこんだんだろう、、
もしあの時、勇気を出して彼の部屋に言っていたら、、、」

後悔しても遅かった。
線香花火のようだと思った。
彼との時間は決して豪華なものではなかったが、
慎ましながらも綺麗な時間をすごしていた。
彼との関係はとても短く、そしてもろく、
花火の先端の思い出の塊は、
火を放ち終わり、地面へと叩きつけられるように落ちた。

私は強く叩きつけられていた。
ただうなだれるように、
電話の前から動くことができなかった。

第8話、谷間

今日は真由美の送別会の日だった。
いつものユニクロの服にピンクの石のついた
ネックレスをつけた。

あまりにも気分が沈んでいたため、昨日
自分へのプレゼントとして買ったものだった。
ピンクの石はいくらか私の気分を明るくさせてくれた。


場所はダウンタウンの少し外れにあるマレーシアンレストランだった。
お店につくと8人ほど来ていた。
もちろん、当の本人の真由美に、その横には
私たちのクラスを受け持っていたジーンも来ていた。
ジーンの横にヒョン、
その向かい側にゾウさんも来ていた。
私はゾウさんの横に座り、真由美とは少し離れた場所にすわった。
真由美の彼は来ていなかった。

ジーンは男前の先生だった。
年で言うと、私と同じぐらいだろうか、
彼にはかわいい奥さんとの間に2人の娘がいるらしかった。

その日の真由美はちょっと違っていた。
キャミソールっぽいドレスを着ていた。
そのドレスは真由美に大きすぎていたのか、
脇のあたりや、胸の辺りがぶかぶかで、ちょっと上から覗けば
彼女のお腹辺りまで見えそうな感じだった。
肩にかかったストラップも長すぎるのか、
片方はずれ落ち
胸が半分まで見えていた。

「もっと飲もうよ~」

彼女のそんな姿に、周りの男性はおろか、
ウエイターまでもが真由美を凝視していた。

なんだか居心地が悪かった。
彼女のそんな姿を見るのが嫌だったのか、
それとも彼女に嫉妬いていたのか、、、。

彼女はなまめかしくジーンの腕に寄り添っていた。
ジーンの腕の押された彼女の胸は
大きな谷間ができていた。
なんだか嫌な予感がしていたが、
私には関係ないことだとみないようにしていた。

「今日の真由美すごいね、、
ジーンを食べちゃうんじゃない?今夜」

「え、でも真由美にはケンがいるし、ジーンは奥さんいるじゃない、
それに彼女、今月日本に帰っちゃし、、」

「そんなこと真由美には関係ないわよ」

ゾウさんは含み笑いを浮かべて答えた。

ゾウさんの言うことは当たっていた。

ヒョンが2件目に行こう、と言い出したときには、
二人の姿はいなかった。

夜の街へと消えていく二人の後姿が見えたが、
私は気づかない振りをしていた。
このことでどれだけの人が後で傷つくか、
私には容易に想像できたのに、彼女を連れ戻そうとは思わなかった。

マイケルとのことで残酷な人間になっていた。

第9話、谷間2

ブラ一枚で鏡の前に立ってみた。
顔からつながる首のしたには、
少しだけあばら骨が見えていた。
その下には申し訳なさそうに、
枇杷の実が2つ付いていた。
お世辞でも大きいとは言いがたい大きさだった。

真由美のふくよかな胸を思い出していた。
真由美の胸はメロンのようだった。
たっぷんたっぷん揺れていていてジューシーで
やわらかそうな胸だった。
肌も白くきめが細かかった。

「女の私でさえ
真由美と別れた後も彼女の胸を想像するぐらいだったから、
クラスメートの男の子たち大変だったろうな、」

そんなことを
考えながら自分の胸を見つめていた。

下着の引き出しを開けて、無造作に
パンツやらストッキングをつかんだ。
そのままブラの中にぐっと押し込めて
自分の胸を持ち上げた。

片方にパンツ3枚入れれば、
なんとか真由美ぐらいの大きさになった。

「でも、、私のパンツって、昔、父に人形のパンツに間違われたこともあるし、、
パンツが小さすぎるから3ついるのかな、、
母のパンツなら一枚でいいはずだわ、、うん、絶対。」

誰も聞いていないのにそんな言い訳を心でつぶやいていた。
情けない光景だった。

「私がこれぐらい大きかったら、
マイケルとどうにかなっていたのかな、、」

情けない発想だった。

胸にパンツを6枚入れたまま、
マイケルが良く座っていたカウチに一人腰掛けた。

もうすぐ誕生日だった。
予定はなにもなかった。
ゾウさんと予定を入れても良かったが、
ぎりぎりまでマイケルの連絡を待ってみたかった。

「また一人だな、、、」

そのまま眠りについた。
情けない格好のままぐっすり朝まで眠った。
もうすぐ31歳になろうとしていた。

第10話、鳥肌

誕生日1週間前にしてやっとマイケルがつかまった。
彼は忙しいといっていたが、
言葉がちょっとつまっていた。

英語の勉強を見て欲しいを口実に彼と会う約束をした。
どの服をきたらいいか決められなかった。
色々着てみたが、
最終的にはちょっと胸の開いた服を選んだ。
胸が大きく見えるように、
パンツ一枚ずつを入れてみた。

「胸パットちゃんとしたの買わないとね、」


何かの拍子で落ちたときのことを考えると、
パンツでは危なすぎるので、代わりにタオルのハンカチをいれた。
タオルのハンカチは少し固かった。

時計は2時をさしていた。
そろそろバスが来る時間だった。

ぷるるるる~~

「HELLOW~」

マイケルだと思った。

「さ、さちこ、、お願い、早く来て、、、ううう、、
お願い、、恐い、、、」

ただ事ならぬ声で真由美が電話をしてきた。

「どうしたの?泣いてちゃわかんない、何があったの?」

「ううう、、幸子、お願い、、」

「分かった、今からそっちに行くわ、待ってて」

すぐにタクシーを呼んだ。
そのあとマイケルの携帯に電話をいれ、
一時間遅れることを告げた。

5分でタクシーは現れた。
すぐにタクシーに飛び乗り、彼女の家に向かった。

彼女らしからぬ電話の声だった。
この前の送別会のことと関連していることは分かっていた。
あの時、こうなることは簡単に想像できたのに、
彼女を止めなかった自分を後悔していた。

タクシーの外は夏の太陽が照っていた。
熱いはずなのに
私は自分の鳥肌をさすっていた。

第11話、波乱

真由美はダウンタウンの近くのアパートメントに住んでいた。
ベッドルームもないバチェラーにケンと同棲していた。

ドアをノックした。
鍵がかかっていなかったので、
応答がなかったがそのままあけた。

小さい部屋だったから一気に見渡せた。
真由美がベッドのもたれるように座っていた。
彼女が来ていたTシャツは、誰かに引きずりまわされたように
伸びきっていた。

お皿や割れたコップの破片があちこちに散らかっていて
靴のまま真由美に近寄った。

「何があったの?」

彼女は何も言わなかった、ただ泣いていた。

「怪我は?」

彼女は首を横に振った。

「それよりも、、ケンを止めないと、、」

「何があったの?」

「今日の朝、ちょっとしたことで喧嘩になったのよ、
私がセクシーな服を着て遊びに行き過ぎるって、、
親みたいなことばかり言うから、だんだん腹立ってきて、、、」

泣きながら、それでも話し続けた。

「あいつ、、口が立つでしょ、、すっごい腹が立って、こいつを傷つけてやろうと
思ってね、、あの日、、あの日、ジーンと寝たこと言っちゃったのよ、、」

彼女の顔はぐちゃぐちゃだった。

「そしたらすっごい暴れてね、あいつの人生めちゃくちゃにしてやるって、、
ジーンの家に行っちゃったの、、、」

真由美に服を着替えさせ、タクシーにのって
ジーンの家に向かった。
もし彼がバスで行っていたならば
防げるかもしれなかったからだ。

どきどきしていた。
自分のことじゃないのに、
自分のことのように感じていた。
奥さんに会うのが恐かった。

法律の下で愛されている女は、
時には自分の幸せを守るため、
すごく残酷な生き物になっていた、、
それは痛いほど分かっていた。

第12話、祈り

ジーンの家に着いた。
彼の家の前にはパトカーが止まっていて、
二人のポリスマンが車の乗り込んでいた。

私たちがタクシーの会計を済ませて外に出たときには
パトカーは走り去った後だった。
近所の人たちが家の窓から顔をだして
何があったかを伺っていた。

ジーンの家は少し古いタウンハウスだった。
家の前には砂遊びに道具があったり
三輪車が無造作に乗り捨てられていた。

それを書き分け玄関にたどり着いた。
ノックをしたが応答がなかった。
私と真由美はそのまま家の中に入っていった。

「HELLOW?」

それでも応答がなかった。
廊下を少し進むと右手に居間があった。
そこにはジーンとケンが居た。
居間に続くキッチンに奥さんのテレサが座っていた。
泣いていた。

「あ、ああ、あの、、」

ケンは腕くみをしたまま怒った顔で何も言わなかった。
ジーンは情けない顔でケンの前に座っていた。
私は何を話していいかまったく検討がつかなかった。
真由美はただ私の後ろに隠れているだけだった。

「ケン、帰ろうよ、、いいから、帰ろうよ」

言葉が出た。

「みんな、、ごめんなさい、こんなことになるなんて、、ごめんなさい、、、」

真由美が泣き出した。

奥さんは何も言わずにただ泣いていた。
時折こちらを見ていた。
その目は非難にあふれていた。
ただただこれが夢であって欲しいと祈った。

ただ、真由美の鳴き声だけが聞こえ、
静かに時間だけが過ぎて行った。
恐ろしい時間だった。

第13話、守ること

「my wife is very upset...please leave us alone..」

それがジーンが言った最初で最後の言葉だった。

あの日を思い出していた。
ただ会いたくて会いたくて、
彼の家で待っていた。
電柱の影に身を潜めて立っていた。
通りすがりの人から見れば
変な女だったろう。

時計を見る振りをして
待ち合わせをしている女を演じていた。

それに気づいた彼が玄関から出てきた。

「ちょっとタバコ買いに行って来る~」

奥さんへの言い訳だろう。

車を出した彼は、私を通り越しワンブロック向こうに車を止めた。
私は車までゆっくり歩いていった。
彼は私を乗せてそのまま走りだした。

「困るんだよ、あんな家の前で待たれちゃ、、」

「妻が君を見たらどうするんだよ、俺の家庭が崩壊するじゃないか、、、」

「だって、3週間も会えないんじゃ、、なんだか、、」

「だから事業起こして忙しいって言ってるじゃないか、、」

「何の事業なの?私も出資してるのよ、仕事のこと教えてくれてもいいじゃない、
それに借用書もまだ書いてくれてないし、、、」

「君まで金のこと言うんだね、うんざりだよ、、」

それが彼と会った最後だった。
もちろん借用書は結局もらえなかった。

あのときの彼とジーンが重なっていた。
ただ無意識に、
口だけが動き出した、
あの苦い思い出と一緒に、、、

「謝りなさいよ、ちゃんと謝りなさいよ、奥さんと真由美に、
真由美は謝ったんだから、あなたも謝りなさいよ、
守らなきゃいけないものがあるんならしっかりそれだけを
守りなさいよ、、子供みたいおもちゃ全部欲しがるんじゃないわよ、、」

息が荒かった、
手が震えていた。
あの時言いたかったことを全部吐き出した。

自分の身は自分で守らなきゃいけなかったんだ、、。
31にしてやっと悟ることができた。
ちょっと遅かったかな、、、。

第14話、一代女

真由美とケンを家に送り届けてから
自分の家に帰った。
5時を過ぎていた。
すぐにマイケルに電話を入れた。
彼はしぶしぶながらも会う約束をしてくれた。

私はすばやく英語のテキストをつかむと、
急いで家を出た。

マイケルはすでにカフェで待ってくれていた。

「ごめんなさい、遅くなっちゃって、、友達がちょっともめててね、、」

「いいよ、待つぐらい、それより英語わかんないところあるんでしょ?」

久しぶりに会うマイケルは相変わらず無精ひげを生やしていた。
胸がはりさけそうなぐらいどきどきしていた。
彼に会うのにこんな感情を抱いたのは初めてだった。

私の英語のレッスンは、15分もせずに終った。
ただ、これは彼に会うための口実であって、
その夜のことを期待していた。
もう一度あの夜をやり直したかった。

「さてと、、」

今晩の献立は決めていた。

「今日さ、テレサの誕生日なんだよね、6時に待ち合わせしているから
そろそろ行かないと、、」

テレサとは彼の女友達で、よく二人で遊んでいることは聞いていた。

「え、でも久しぶりに会えたのに、、」

「ごめん、彼女の誕生日は今日しかないし、また電話するよ、、」

彼はそそくさと出て行った。
私はしばらくの間カフェで一人座っていた。

「じゃあ、私の誕生日の約束は、、、」

小さい声で独り言をいった。
心が動揺していた。
かばんの中には
今夜のものが沢山入っていた。

化粧品に勝負下着、そして日本の調味料、、、。

他の客に見えないように胸に入れた
ハンカチ2枚をそっと取り出し、かばんにしまった。

滑稽だった、
自分が笑えるほど滑稽だった。

「お笑い一代女、、本が書けそうね、本当笑える、、」

昔読んだ西鶴の話に文字ってタイトルをつけてみた。
目から涙が流れるのを必死でこらえていた。

第15話、願い

長い一週間が終った。

待つことから開放された安心感と待ちくたびれた疲れが
私の体を覆っていた。
誕生日の朝なのに、嬉しくもなく
意味のない悲しみが私を襲っていた。

いつもの珈琲を沸かし、
昨日ベーカリーショップで買った
美味しそうなスコーンをお気に入りのお皿に盛った。
ちょっと特別な朝ごはんだった。

今日はゾウさんが家に来て祝ってくれると言っていた。

「ケーキかって行くからね、三十路2年生も、ちゃんと祝わないとね。」

言葉からやさしさがあふれすぎていた。
私の傷ついたハートにどんどん沁み込んでいくようだった。

ぞうさんは丸い小さいケーキを持ってきてくれた。
大きいろうそく三本と、小さいろうそくを一本立ててくれた。

「はい、これね、誕生日プレゼントね」

日記帳だった。
ビンクのチェック柄で覆われているノートの表紙には、
ゾウさんと私が腕を組んでる写真が張ってあった、
カナダに来たばっかりのころの写真だった。

「この日記にね、幸せなこといっぱい書くのよ、それにはね、
楽しいこといっぱいしなくちゃいけないのよ」

ただ嬉しかった。

「あ、そうだ、ろうそく吹き消さなきゃ、お願い事して吹き消さなきゃ」

彼女からもらったピンクの日記帳を握りしめていた。
私の前には私の誕生日を祝ってくれる友人がいた。
テーブルの上にはろうそく4本立った私のバースディケーキがあった。
ゾウさんはちょっと音程の外れた「ハッピーバースディ」の
歌を歌いはじめた。
このひと時を一生忘れないように心に刻んでいた。

私のどん底の状況と、彼女の最高の優しさは、
私に新しいスタートをきる自信を与えてくれた。

「這い上がるしか後はないし、、、」

ぞうさんが歌い終わった後、
WISHを心でつぶやきながら
一気にろうそくを吹き消した。

「幸せになれますように、、、」

第16話、意味

ウサギちゃんのお母さんから、日本円にして50万円が
私の銀行口座にふりこまれていた。
もう戻ってこないお金と思っていたので、
ちょっとだけ嬉しかった。

9月に入り、新学期も始まろうとしていた。
臨時収入も入ったことだし、
英語の勉強を頑張るためにワンピースを一着新調しようかとも
考えていた。

ワンピースを買う理由は他にもあった。
カナダに来てからも人に振り回される自分の不幸を恨んでいた。
そんなことからさよならするためにも、
自分のために自分で小さな幸せを見つけていこうと
31歳の誕生日で誓ったからだ。
その幸せつくりの第一歩が「自分へのご褒美」だった。

「色々理由つけないとなかなか買えないな、、」

自分の物を買うときは、なにか理由をつけないと買えなかった。
両親が何かを買ってくれると申し出ても、
買ってもらうことにいつも少しだけ罪を感じていた。

「私って、絶対プリンセスになれないタイプだな、、、」

自分のことは良く分かっていた。
幸せになるのが恐いのか
甘やかされることにいつも恐怖を感じていた、
いや、過去の出来事が私をそんな女にさせたのかもしれなかったが、
いまさらそんなことはどうでもよかった。

GUESSで買ったかわいいシャツにジーンズをはいた。

その日は真由美とダウンタウンでお茶をする約束をしていた。
朝からずっと
つい先日あったジーンの家での出来事を思い出していた。
もしあの一件がなければ、
彼女のカナダ留学は何の落ち度もなく過ぎたことだったろう。

「彼女のカナダ留学ってなんだったんだろう、、
彼女は何を得たんだろう、、」

一年住んでも自分の答えはまだみつかっていないのに、
真由美のことなど分かるはずはなかった。

家の鍵をしめて外にでた。

少し寒かった。
私の水色のTシャツは、少しブラが透けるほど
薄かった。
夏が終ろうとしている事へのちょっとした反抗だった。

第17話、人形

サングラスをかけたままで、
真由美は一人スタバのカフェで待っていた。

私の姿が見えたのか、サングラスをはずして私の方に向かって
手を振っていた。

「その後どう?」

席につくなり私は聞いた。
サングラスをとった真由美の目は赤くはれ上がっていた。

「うん、ケンとは別れたよ、、、あれからね、家に帰って二人で
冷静に話し合ったの、、別れるのが一番いいかな、ってね、結論になったんだ。」

彼女は目を気にしながらすこしうつむき加減で話し出した。

「後悔はしてる、本当に私って馬鹿だな~ってつくづく今回のことで思い知らされたよ、
でも過去には戻れないんだよね、ジーンと何もなかった時に戻りたいけど、
戻れないんだよね、、、」

出来上がったラテを取りに行き、
私は再び席についた。

「ケンたらね、私が帰る日にプロポーズしようと指輪買ってたらしい、
昨日みつけちゃったんだ、その指輪を、、ケンに問い詰めちゃった。」

彼女は大きなため息をついた。

「本当に私って馬鹿、、」

彼女を励ます適当な言葉がみつからなかった。
本当に彼女が馬鹿だと思ったからだ。
ジーンは確かに男前で人気のあった先生だった。
だが真由美とこうなる一ヶ月前も他の女子生徒と
噂になってたばかりだったからだ。
ケンとの幸せを捨てて火の中に飛び込んでいったのは彼女の方だった。

いつも強かった真由美が小さい女の子に見えた。
紙芝居のおじさんがやって来る自転車の音を聞いて駆け出した、
大好きなお人形さんをそのまま起きっぱなしで、、、。

「もう同じも物は買えないよ」

誰かが耳元でささやいているようだった。

第18話、シュガー

真由美は忘れずに覚えていた。

私が昔欲しがっていたワンピースを、
バーゲンで安くなってたからと言って
バースディカードと一緒に私くれた。

腫れた目がちょっとシャイだった。

欲しかったワンピースを手に入れたことはとっても嬉しかったし、
それを忘れずに覚えていてくれたことは私の心をくすぐっていた。
こういうやさしい心を持った真由美は悪い子じゃなかった、
彼女もただの不器用な女の子だけだったのだ。
幸せを簡単に手に入れることはできたのに
曲がり角を曲がり間違えた。
たったの一つだけだったのにどんどん見慣れない光景が広がっていく、
そして全てが迷路に変わっていく。

「あのさ、、、スイスって行ったことある?」

私は照れていた。
カップについた絵柄を爪で削るようになでていた。

「一回だけあるかな、、20歳の時に短大の卒業旅行でヨーロッパに行ったときに
数時間だけ滞在したことある、、」

「もしよかったらさ、いつか一緒に行かない?」

「いつかっていつ?」

「私がね、60歳になる年の夏って計画してるんだ、だから、真由美は57歳かな、、」

「行く行く、面白そう!絶対行く!」

いつもの明るい真由美に戻っていた。

「行くって約束したからには、これからもKeep in touchしないといけないんだよ、
これからも私の友達でいることが条件ね」

真由美は嬉しそうに大きくうなづいた。

早くウサギちゃんに知らせたかった。
絶対喜んでくれるはずだ。

今回の騒動で真由美はちょっとだけ成長していた。
そのことによって、
私はすこしだけ幸せを感じていた。

シュガーがちょっと多すぎたのかラテがとっても甘いように感じた。
その日の真由美と私みたいだった。
そのラテはまだ熱く、私は軽く喉をやけどした。

「彼女は迷路から出てきているのだろうか、、、」

彼女の笑顔は日陰にいたせいか、
少し青い色をしていた。

第19話、オーラ

新学期が始まった。
私にとっては4回目のタームで
これが終ると一年と3ヶ月カナダに滞在したことになる予定だった。
その後に日本に帰ろうかとも考えていた。

ただ、英語もあまりのびず、外国人の彼氏も見つけることができず、
私は少しだけ焦っていた。

お金はまだまだあった。
滞在しようと思えば、ビジタービザを延長し、
もう一年は軽く滞在できたが、
それも少し疑問を感じていた。
後一年滞在を延ばしたからと言って
私が望んでいるものがみつけられるかどうかという
保障がなかったからだ。

それに父が具合を悪くし1週間前に入院したらしかった。
今は徐々に回復していると母は言っていたが、
滞在を早めに切り上げて父にも会いたかった。
今思えば4ターム目までは取らずに帰ればよかったのだ。
私は母の要らぬ気遣いに気づかす、ただだらだらと変な下心でカナダに
しがみついていた。

「最後の3ヶ月、頑張らないとね、勉強に恋に、、」

人生を軽く考えすぎていたのかもしれない
自分の不幸ばかりを見つめていたのかもしれない、
考えることは家族のことより自分のことだった。

その日はプレースメントテストがあり、
私はぞうさんと同じクラスになれた。
1つ上のクラスだった。
前と同じようにコリアンと日本人ばかり構成されたクラスだった。
その中に、20代後半ぐらいの日本人の子が目に付いた。
ショートヘアでちょっとボーイッシュ、格好が良かった。

「えっと、あ、あの幸子って言います、、」

「あ、私はコアラって言います、宜しくね、
学校のこと何にもしらないんだ、また色々教えてね、」

「うん、こっちこそ宜しく」

素敵な彼女に頑張って声をかけた。
ただ友達になりたいと言う単純な理由だった。
彼女から強いパワーを感じていた、
それに引き込まれるように私は彼女に吸い寄せられたのかもしれない。

彼女との友情関係が後々自分を変えてくれるなんて
そのときの私は知るはずもなかった。
神様か仏様か、または自分の祖先か誰だかしらないが、
まだまだ私は見捨てられていなかった。

ただ駆け引きのいらない愛をくれたたった一人の男性の事以外は、、。

第20話、除外


「ねえね、みんなで今夜飲みに行かない?」

言い出したのは下心いっぱいのコリアンだった。
きっと目当ての女の子がいるんだろうけれど
直接誘えないからこうやって皆を誘う
彼らのいつもの手だった。

「行くわ~、ねえ行きましょうよ幸子、」

来たばっかりのコアラちゃんにとっては
何もかもが初めてのことだった。
かくしてまた私は「なんちゃってコンパ」に「場違い女」として行くことになった。

着いて数分もしないうちにコアラちゃんが言い出した。

「なんかみんな若すぎるね、私たち場違いみたい、二人でどっか行かない?」

そっと隣の若いかわいい女の子に帰ることをつげ、
私たちはテーブルを離れようとしていた。
コリアンの男の子達は目当ての女の子しか眼中に入らないのか
去っていく私たちに見向きもしなかった。
やっぱり惨めだった。
しかしコアラちゃんはそんなこともお構いなしで
次のお店の候補をあげていた。
その中から私はちょっと大人のバーを選んだ。

高い天井からのびているアート的なシャンデリアはそのお店の
格好よさをアピールしていた。
黒い大理石でできているバーカウンターの後ろには赤いライトがついていて
その前には真っ黒のセクシーなドレスを来た女性が立っていた。

ちょっと怖気づくぐらいおしゃれなお店は私たちを圧倒していた。
一杯目のマティーニを一気に飲んで私はその場になじもうとしていた。

ウエイトレスは空のグラスを下げたかと思うと、
同じマティーニのグラスをテーブルの上に置いた。
ちょっと驚いた顔をしている私たちに

「These are from that guy..」

彼女は奥のテーブルに座っている男性を指差した。
その方向に目をやると、こちらに向けて手を振っている男性がいた。
私たちは手を振り返すこともできず
あわててお辞儀をすると
彼は自分のグラスをつかんでこちらの方に歩いていた。

まるで映画のワンシーンみたいだった。
こんなことが私に起こるとは夢にも思ってなかった。
近づいてくる彼はかなりの男前で仕立て良いスーツを着ている事が
暗いライトの中でも分かるぐらいいいものを着ていた、
年の頃は30半ばだろうか。
この出来事はあのピンクの日記帳の第一ページを飾るのに
もってこいのハプニングだった。
私は興奮しすぎて頭に血が上っていた、
鼻血がでていないか指でそっと確認したぐらいだった。

「彼が私の顔を近くて見てがっかりしませんように、、」

彼が席に着くまでに
そんなことを心の中でつぶやいていた。
恥ずかしくてうつむいたとき、自分の靴が目に入った。
少し汚れていて、綺麗に拭いてこなかったことを後悔していたが、
最高の夜になりそうな予感があっという間に私の後悔を
吹き飛ばした。

第22話、人参

「素敵な女性が二人店に入ってきたんで、
チャンス狙ってたんだ、、」

私は耳を疑い、彼にもう一度聞きなおした。

「え?What did you say?」

「you guys are so beautiful..」

この男前の男から出てくる言葉は
信じがたい台詞ばかりだった。
私たちを褒めまくれば彼にいい事があるのだろうか、
結婚詐欺にしても学生の私たちが持っている金額はしれている、
ただあるのはこの体だけだが、
こんな男前が頑張るほど私はいいものを持っていなかった。
コアラちゃん目当てかも、とも思ったが、
彼の姿勢は完璧に私の方に向いていた。
天地がひっくり返るというのはこのことをいうのだろうか、、
私はまだ男の言葉を信じられずにいた。

「幸子って名前、素敵な響きだね、、」

さてはて彼は正常な男なのだろうか、
少しメンタルに問題があるのか、
それとも視力に問題があるのか、
いや、生い立ちに問題があるのかも、、

彼の目の奥にある下心を読み取ろうと頑張ったが、
なかなか見つけられずにいた。

「あ、忘れてた、私友達と約束があったんだ、、」

コアラちゃんは彼に見えぬようにウインクした。
こんな男前を盗りそこなったのに彼女のウインクには余裕があふれていた。

コアラちゃんが去ったその後は、
私は台無しだった。
彼の甘い言葉のペースに乗せられっぱなしで
もう体がとろとろに溶けすぎていた。

「今日はホテルに泊まる予定なんだ、ここから2件先の」

私は頭からにんじんを吊り下げられたウマのように
勢いよくホテルに走っていってしまった。

31歳で誓ったあの言葉はマティーニと一緒に飲み込んでしまっていた。
ただただ自分のもろさを情けなく感じていた。

第23話、ホテル

朝日が私の顔を照らしていた。
私はまだまだ眠く、朝日をさえぎるために頭からブランケットの中にもぐると
お尻に何かがぶち当たった。

ホテルの部屋だった。

金髪のニックは私に背を向けて寝ていた。
彼の背中は少しのシミと何個もの吹き出物があった。

「あちゃ~、私何してるんだろう、、」

後悔したがすでに遅かった。
ただ何もなかったようにすぐにその場から離れて家に帰りたかった。
椅子の上に脱ぎ捨てた服をすばやく手にとった。

「昨夜の君は素敵だったよ、、」

眠たそうなセクシーな声で急に話しかけてきた。
ニックを起こしてしまったらしかった。

「君はとても美しかった、もう僕は君のとりこだよ」

「まだ君を帰さないよ、一緒に朝食を食べて、それからまた僕に会ってくれるという約束を交わすまで帰さない」

彼の目は私を包み込むような優しい目をしていた。
そんな彼の目と甘い言葉に私はとろけて動けなくなっていた。
彼の言うがまま、ホテルの下で朝食をとった。

「幸子は彼氏いるの?」

彼が唐突に聞いてきた。
私は何も言わずお皿の上のベーコンを見ながら首を横に振った。

「そっか、よかった、じゃあまた会ってくれるよね?」

私にはもったいないぐらいの男が私の独身を喜んでいる、
これはほとんど奇跡に近いと思えた。

「十人十色」とはよく言ったもので、
どんなぶすでも世界中どこかを探せば
一人ぐらいはみつかるだろう、
男前でやさしくそして心から愛してくれる男性が。
私はそれに当たったかもしれなかった
宝くじよりすごい確率のものが。

「来週末も君に会いに来るよ、連絡するからね」

彼は私のお皿にのっているベーコンをひょいとつまみあげて言った。
ベーコンは私の大好物で、
もし彼がただの友達だったら

「あ~食べちゃ駄目~最後の楽しみなんだから~」


と言わなければならないところだったが、
その日の私は違っていた。
何の承諾もなしにお互いのお皿をつつきあう
それは恋人と呼ばれる間だけに許された行為だった。
私は彼のお皿に残ってあったオレンジをつまみ返した。
この行為をみている周りの人たちはどう思うだろうか、
それは味わったことのない快感だった。

「またビクトリアにも遊びにおいでよ」

彼はビクトリアに住んでいてたまに息抜きでバンクーバーに来ていると言っていた。
傷が浅くなるように期待しないで待つことにした。

これから彼を待つ長い長い1週間が始まろうとしていた。



                  、続く



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