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11月の末の話になりますNETの友人2名が、我が家を訪れてくださいました。 (我が家は恥ずかしい程、なあんにもない田舎なんです) とても礼儀正しく、気持ちのよいほど爽やかな青年でございましたよ。 どこへ~行ってみたい?なんて、私の間抜けな質問にも、即答えていただきました。妙は遠慮がないところが、とても良い印象なのね。 「黒部峡谷」。。。寒くないかしらと、思いつつも。わしわしを含めて4人で宇奈月へGO~ かねてより、HPで温泉好きと承知していましたので、宇奈月温泉にて、まずは立ち寄り湯。 誰もいない貸切に近い温泉で、とてもいい気分・・・ 湯だった(?)後、峡谷鉄道にて終着点まで。終着駅の看板です。(もちろん、さくらが撮ったのではなく、お客様の撮影です) この鉄道。お猿の電車にそっくり。ほんとにちっこい電車です。 11月一杯で運行中止とかで、人少なく一車両に一組のみのガラ空き状態。ガラス張りの車両の上暖房が利いていたせいで、快適な旅になりました。 暖冬だったせいか、雪はなかったですね。例年だと欅平付近は雪化粧なんですがね。ちょっと残念そうなお二人。とは、言っても寒いことは、寒いんです。 付近の散策もそこそこに、帰りの電車へ乗り込みました。 往復4時間の車中では、ずっとおしゃべりばかり・・・しゃべりすぎだなと、反省! 明日で、運行は最終とかで、カレンダーのお土産を貰っちゃいました。一枚ものだけど、写真がとてもすばらしい。儲かっちゃった。 その後、さらに温泉へ。 今度は、宇奈月温泉の源流に近い【とちの湯】温泉へ。こじんまりして、ここも良い温泉でした。雨の中、備え付けの傘を差して露天風呂を楽しんじゃいました。なんと、さっきの電車が露天から見えるのね。 魚好きとのことで、晩御飯はお寿司やさんへ。 私も、肉よりは魚の方が実は好きなんです。気が合うねぇ~ そういえば、その折に聞いたところによりますと、魚屋さんて地方によって違うらしい。 富山では、スーパーでも、たいていは1匹売りですね。氷の上に並べてあったり。パックに入っていたり。ちゃんと調理します・・・と書いてあります。鮭とか、馬鹿でかいのは、切り身になってmすけどね。 さくらは、魚の調理が大好きで、いつもそのまま家まで持ってきて、下ろしてます。あう。上手じゃないですよ。 書きたいことは、いっぱいあるんですが、今回はここまで・・・ね。 たった、2日でしたが、とても楽しかったです。 また、いつでも、いらして欲しいですね。 この日記をお読みになった方、ぜひ、お訪ねくださいませ。 できうる限りではありますが、歓迎させていただきます。 友人とは、本当の良いものだ。と、しみじみ感じたひと時でした。 お尋ねくださって、ありがとうございました~♪
随分長い期間更新してませんでした・・・ 忙しかった。は、言い訳になりませんね。 で、今回は近年できた私の趣味を披露いたします。 人生の熟年に至って、山のぼりという楽しみを見つけちゃいました。 だいたい私は、ずぼらで運動がもっとも苦手としてるんですが・・・どういう訳か山歩きが好きになりました。 どういう心境の変化なんでしょうね。自分でも驚いてます。 (病気のため、日々の運動が日課となり。その成果を確かめたくなったのかな。??) まずは近くの山から・・・と3年前からひと夏にひと山を日帰りでいける山に挑戦してます。 立山・乗鞍・西穂・・・(並べると、かっこいいな) で、今年は富士山へGO~ さすがに日帰りは無理でした。登頂は果たせませんでしたし(ぐすん)←いずれ、ここに詳細を報告の予定です。 山に登ってる間は、なんでこんな辛いことをと思いながら登ってるんですよ。 体力不足のため、ひぃひぃ泣き言を並べながらですからね。あとで思い返すと、笑っちゃいます。 それが頂上に立った途端、次はどこの山にしようかな。ん、違うルートで、再度挑戦とか。思っちゃうんです。 不思議な感覚! しかし、こんな充実した気分は他では味わえません。 登頂した充足感は、私の中では、なにものにも得がたい貴重な体験となってします。 準備も楽しいです。 装備も年々揃っていき、今年は普通に登るなら、まあ大丈夫くらいには持っているような・・・ 登る山を、想像しまがら、リュックに用品を詰めてるときが、いちばん幸せを感じてるような気もしますね。 あとは、足慣らしに近くの山への練習登山。 愛犬まいくを引き連れてのぼったり。まいくも1000m以下の山には登頂を果たしてるんですよ。 ところで、私には若いときから登山には、ひとつ克服しくちゃいけないことがあるんです。 高度環境適応障害・低酸素症☆いわゆる高山病です。 私は自身では、認めてません。いえ、認めたくないんです。 そんな筈はない。きっと大丈夫だ。 子供のころは平気で高い山へいけたんだもん。 なんで、私だけが・・・絶対違うぞ。 阿呆みたい~馬鹿じゃないのかしら・・・ ある、高度までは平気なんです。が、それを超えると・・・軽い頭痛から始まって、そうですね寝不足した日のような体の重さ、だるさが襲ってきます。 だんだんと、二日酔いのような症状になり。所謂ちどり足になっちゃいます。 私は毎回、たんなる体力不足だ・疲れだと、主張してますが、やっぱり高山病のようですね。 同行の方に迷惑をかけちゃう・・・で、家族と以外は登山はできません。 いろいろと対策は立ててますが、画期的な改善方法は見つかってません。 それでも、めげずに頑張る【さくら】であります。 もちっとしたら、富士山の報告も書きますね。
さくらの独り言ですが、これはブログを使って書いています。これって、いわゆる日記ですよね・・・ 私は子供の頃から、日記を書こうと何度も思いましたが、俗に言う三日坊主で終わっているんです。情けない~。で、独り言は、せめて月に一度は書いてみようと頑張っている次第なんです。 その日記ですが。。。 私が小学生の頃の夏休みは、毎日書かなくてはいけなかった一番の宿題でした。ラジオ体操から一日が始まり、午前中はすこし宿題(?らしいもの)をこなし、昼寝のあと友達と遊ぶ。ほとんど、この繰り返しで書くことなんて、そうそうなかったです。毎日、きのうと同じです。何もなかったです。・・・なんて、書いて9月に学校へ持参してました。結構皆、似たような日記を持ってきてましたから平然と提出しましたよ。 一度だけ、その日記で賞を貰ったことがあるんです。うふうふ☆ 何年生のときかは、もう忘れちゃったけど、毎日同じことを書くのも、嫌になってね~ 今日は【鬼ごっこ】しました・・・貼り絵でその様子を表したり。 買い食いしました・・・チョコの包み紙貼ったり。 新聞の切り抜きを貼ったり。 日記とは、思えない代物だったんだけど、きっと目立ったのね。 夏休みの宿題最優秀賞だった。もちろん学校内だけど。 日記の話を書こうと思ったら、突然思い出しちゃった。 えへへ 自慢しちゃおう 日記で唯一誇れる話でした。つまんない話で、ごめんなさい~
実は2月に書こうかなぁ・・・と思っていましたが、今頃になっちゃいました。時期はずれの話題ですがお許しくださいませ。 昔むかし。んー私がこどもだった頃、遠足の定番のお供といえば、おにぎり・ゆで卵・スルメ・キャラメル+お茶でしたでしょうかね。 何時のころからか、それにチョコレートが加わりました。(もちろん、板チョコですが)当時はチョコレートは遠足でもないと口に入らない珍しい品で、誰か一人持ってくると皆で分け合って食べたものでした。持ってきた当人がひとかけらしか食べれないのが当たり前。でしたかね(笑)それでも結構満足してましたよ。 暖かい日ですと、目的地に着くころには少し溶け加減になっていて、それがまた美味しかった記憶があります。 あのころ分け合って食べたチョコレートの味は、いまでも忘れられない懐かしい思い出として残っています。 ところで バレンタインという日がいつの間にかできてたんです。チョコレートで愛の告白??でしたか・・ あれは、どこから拡がったんでしょう。発:お菓子屋さんでしょうか。(笑・本当かな) 私は、バレンタインが大好きです。 うふふ~ 企業に勤務している頃は、この日を待ち兼ねていました。だってだって、理由なくてもチョコを差し上げられるんですよ。この機会をおおいに享受させていただいてました。 一年に一度くらい、職場方々にあげてもいいんじゃないですか。義理チョコであろうとも喜んでいただければ、嬉しかったです。まして、そのチョコ一個で職場付き合いが和やかになれば、安いものです。と、理屈をつけて毎年チョコを山に買いこんでいました。懐かしい思い出です。 会社勤めを止めてからは、寂しいバレンタインになっちゃいましたね。 義理チョコでよいから、来年のバレンタインにはチョコをください・・・なんていう奇特な方がいらしたら、是非さくら迄メールをくださいませ。 お金に余裕がありましたら、郵送料金の方が高い品が届くと思います。
あまり、私的なことを書き連ねるのもなんですが、一度は文章にしておきたいことなんです。 「親孝行したい頃には親なはし」昔の人はうまい言い方をされたものです。 父が亡くなって、ひと昔もふた昔にもなりますが本当にそう思います。 私の父は戦前の生まれであり、若い頃には当然戦争を体験しています。 戦地が長かった為結婚が遅れ、私はかなり高年齢で生まれています。 戦前は東京で紳士服の仕立ての仕事についていたせいか手先が器用で料理から裁縫まで、OKでした。そうそう家庭科の宿題を、やって貰ったこともありましたね。 私が物心つく頃は地元の工場で労働者として働いていました。三交代という勤務体系のため、昼寝てることも多かったです。が、寝る間を惜しんで仕事に必要な資格を取るために、勉強している姿なども覚えています。 その父の一番の思い出といえば、やはり工場を退職する時のことでしょうか・・・ 高成長期の真っ只中で、定年延長や下請け企業などからのお誘いなどある中「これからは好きな事をやりたい、大工になりたかったんだ」と、さっさと訓練校に入所を決めたことでしょう。鮨桶や花台など、作品は今も大事に使っています。ある日にこにこしながら、木屑で作ってみたんだが・・・と持ってきてくれたのは、積み木でした。孫のために作ってくれたものでした。 いまも、見ると涙がこぼれてきます。 学校も無事卒業し、特技を生かした勤務先に通い、母と旅行するために運転免許を取得したりしながら新たな生活へスタートしていきました。 突然の病魔に倒れたのは、その時でした。家族を支えるための重労働から開放され、ほっとした間隙を襲ったのでしょうね・・・周囲の励ましや、本人の気力で、いっときは落ち着きましたが、3年後には不帰となりました。 今もって、残念でなりません。親孝行のまねごともできなった事が・・・ 生存していてくれたら、と何度思ったことでしょう。 最近ふと気づいたんです。父ならこう言うはず。「親孝行なんていう前に、子供や自分の面倒をきちんとみろよ。それが、一番の親孝行だよ」。。。
【まいく】は我が家の愛犬です。 本名は【まいく~る】と言います。NETのご友人のPOKKY♪様の別HNを貰ったんです。 彼(まいくは♂の柴です)が私の所へきたのはもうじき1歳になろうという初夏の頃です。 私は、小さい頃から生き物が大好きで、親に何度も犬を飼いたいとねだっていました。残念ながら、その願いは諸般の事情から、なかなか実現せず、現在の家に居住することになって念願かなって、まいくが来ました。 はじめての犬で、育てる自信が薄かったので、最初は丈夫は雑種でも・・・なんて考えていたんです。不要(?)な犬を引き取りたいと願ったんですよ。 あちこち、お願いしたんですが。土地柄のせいか、捨て犬や貰い手探し中なんて犬が見つからなかったんです。 がっかりしている、私を元気づけようと、家族が犬小屋を作りはじめてくれました。その小屋を見た、ご近所の方から、知り合いで犬の貰い手を探している方がいるんだが・・・という話がきたんです。 ブリーダーさんで、種オス用に残しておいた犬だけど。もう一匹と折り合いが悪く喧嘩ばかりするので、貰って欲しいという話だったんです。 早速貰い受けたのが、まいくです。 以来彼は、我が家を自分の家と認識して3年と7ヶ月、在住してくれてます。これからも、ず~と元気で居て欲しいなぁ~。
最初に・・・ 私に、ホームページが作成できるなんて、夢のようなことが実現しちゃいました。嬉しくて、うれしくて、どうしましょう。言葉には表せないくらい喜んでいます。 いろいろな方のお力添えがあったればこその成果なんですよ。 皆様、ありがとうございました。この場を借りてお礼申しあげます。 これからも、拙いページですが、どうかよろしくお願いします。 |一覧| |