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あまり、私的なことを書き連ねるのもなんですが、一度は文章にしておきたいことなんです。
「親孝行したい頃には親なはし」昔の人はうまい言い方をされたものです。 父が亡くなって、ひと昔もふた昔にもなりますが本当にそう思います。 私の父は戦前の生まれであり、若い頃には当然戦争を体験しています。 戦地が長かった為結婚が遅れ、私はかなり高年齢で生まれています。 戦前は東京で紳士服の仕立ての仕事についていたせいか手先が器用で料理から裁縫まで、OKでした。そうそう家庭科の宿題を、やって貰ったこともありましたね。 私が物心つく頃は地元の工場で労働者として働いていました。三交代という勤務体系のため、昼寝てることも多かったです。が、寝る間を惜しんで仕事に必要な資格を取るために、勉強している姿なども覚えています。 その父の一番の思い出といえば、やはり工場を退職する時のことでしょうか・・・ 高成長期の真っ只中で、定年延長や下請け企業などからのお誘いなどある中「これからは好きな事をやりたい、大工になりたかったんだ」と、さっさと訓練校に入所を決めたことでしょう。鮨桶や花台など、作品は今も大事に使っています。ある日にこにこしながら、木屑で作ってみたんだが・・・と持ってきてくれたのは、積み木でした。孫のために作ってくれたものでした。 いまも、見ると涙がこぼれてきます。 学校も無事卒業し、特技を生かした勤務先に通い、母と旅行するために運転免許を取得したりしながら新たな生活へスタートしていきました。 突然の病魔に倒れたのは、その時でした。家族を支えるための重労働から開放され、ほっとした間隙を襲ったのでしょうね・・・周囲の励ましや、本人の気力で、いっときは落ち着きましたが、3年後には不帰となりました。 今もって、残念でなりません。親孝行のまねごともできなった事が・・・ 生存していてくれたら、と何度思ったことでしょう。 最近ふと気づいたんです。父ならこう言うはず。「親孝行なんていう前に、子供や自分の面倒をきちんとみろよ。それが、一番の親孝行だよ」。。。
何だか今の私の心境を書かれているようで
とても心が痛かった。 そうなんですよね。 親孝行 日々の生活に追われ、遠くにいる親の事はついつい・・・ 分かっていてもできないんです(泣 私も頑張らねば・・……(-。-) ボソッ そう思って書いちゃいました。 (2006年02月08日 19時48分30秒)
失って初めて気づく心ですね
今日出来る孝行は明日出来るとは限らない… 皆がわかっている事で、誰しもが躊躇して実行できないでいるのかも 一番の親不孝が、親より先に死ぬことである以上、確かに元気で生活していてくれることが嬉しいのかもしれませんね すご~く 考えちゃいますねこれ(2006年02月09日 19時47分43秒)
親は子供に無償の愛を注いでくれる無二の存在なんですよね。
だから親孝行ってそんな大切な親にできる唯一の恩返しだと思います。私もなかなか親孝行と呼べるようなことはできていませんが、できるうちに後悔しないように孝行していこうと改めて思いました。(2006年03月02日 18時28分07秒) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |