予定より少し遅れたが、10日振りに帰宅。
最終更新日時 2003年9月18日 13時28分1秒
昼間、
「男子はだまってなさいよ!3」観劇(@下北駅前劇場)。基本的にはコント集なので面白いものもあり、あんましなものもあり。A・キアロスタミがR・デニーロを演出するというコントが一番笑った。いつも通りの自分の役作りアプローチ(体重を上げたり下げたりとかの例のアレ)をしたいデニーロ対いつも通りの自分の撮り方(これまた例のアレです)を敢行するキアロスタミ、というようなヤツ。しかし、だんだん「手慣れたもの」にというか「デタラメ」度が目減りしてきたような。芸達者(デメタンとか今回のゲストでは池津祥子)とデタラメな役者の出番とか人数のバランスが7:3になっちゃてたな。細川くんもっと出なさい。
そのあと、黒沢美香「ハワイ」。お茶などして余裕で麻布ディプラッツへ向かう。受付で前の人が「え?黒沢美香さんの公演は神楽坂のディプラッツですよ」と言われている。ゲッ!! 何ということだ。しかし間違える人は俺だけではなかったのだな。あわてて駅へ向かうと、改札から木村くんが。さらに後で聞いたところによれば、世田谷パブリックシアター制作のMさんも、引き返し組だったことが発覚。とにかく30分遅れで到着。でも1時間半は見れたから、まいいか。「ハワイアンの裕次郎メドレー」で踊るハワイアンダンサー黒沢になごむ。日活アクションのキャバレーな感じ。ほかにもいろいろ。おすすめしときます。明日明後日、
「神楽坂」のディプラッツ。
さて、明日から「お務め」にいってくる。5日ほどの短期だけど。おそらくネット環境にはないので、日記もしばしお休み。お急ぎの方は携帯に。ただしこれも留守電になってる可能性が大きいですが。
最終更新日時 2003年9月8日 0時57分44秒
ボクデスが「ランコントル(以下省略)」の横浜プラットフォームに出ることは先日書いたが、康本雅子も出場が決まったというではないか。康本にボクデス参戦のことを話したら、「うわっ、蟹と昆虫の闘いかよ!」だって。先日、公演したばかりの『脱心講座』のワンパート「昆虫編」を出品するからだ。康本には「エロ」と「運動能力(テク)」という強みがあるので、カニの「臭い」という反則技をもってしても、ボクデスの優位は保証できない。あー愉快だ、これは面白くなってきたぞ。他に誰が出場するのかまだ知らないけど、常々「デタラメ」度の高いダンスがどんどんバカ・ウイルスをダンス・シーンに撒いてくれるといいと思っている僕としては、喜ばしい限りである。
で、きのうはきのうで、噂の覆面ダンサー3人組
「KATHY」をようやく見ることができた(@表参道NADIFF)。僕はそのうちの2人を知ってるけど、いずれもコンテンポラリーダンスではそれなりに活躍中のダンサーだ。彼女たちの「売り」はまずなによりそのコスチュームで、一つめのパターンは、
髪の毛を顔の前にたらした「貞子」ヘア(今回はさらに貞子カツラをあごに引っ掛けて頭の上にもっていってくくった状態の覆面ヘアに仕上げていた!)、もうひとつは、
黒いパンティストッキングを顔に被って、その上からブロンドのボブのかつらを被る(ちょうど目のあたりから足の部分がダラーリとたれている)、という「コワカワイイ」出で立ちだ。まあ、「踊りじたい」はどうかと言えば、べつに画期的なものというわけではないのだけど、赤青黄のカラフルなワンピースにブロンドのボブヘア、でも顔からはパンストの足がたれてる女の子3人が、ひたすらクルクルと回転し続けるというような光景は、相当にくだらなくかつ美しい!
彼女たち、村上隆の
「GEISAI 3」で審査員特別賞(蜷川実花賞)とスカウト賞(美術手帖賞&NADIFF賞)を受賞してデビュー、アート・シーンでブレイク中ということで、ダンス業界とは別のところから出てきて、評判を取ってしまうというアプローチが好もしい。しかも、それが「バカ系」であるのだから、ますます擁護したくなる(そういえば、ボクデスも「GEISAI」の前身「芸術道場グランプリ」に出て「誰でもピカソ賞」を取ったのだった)。しかし、案の定、ダンス関係者は僕とあと木村覚くんしか来ていなかった。こういうの端からチェックしてないのかな。それじゃダメでしょ、と思うのだ。
最終更新日時 2003年9月6日 23時49分50秒
河童二郎、じゃなかった
ボクデスこと小浜正寛があろうことか来年の「ランコントル・コレグラフィック・アンテルナシオナル・ド・セーヌ・サン・ドニ」(旧バニョレ賞)の横浜プラットフォームにノミネートされ参戦するという。こういうのを「痛快な壮挙」、というのだろうか。どうせやるなら河童二郎をとまでは言わないが是非とも「蟹ダンサー多喜二」はやってもらいたい。横浜で、そしてフランスでカニ汁&カニ味噌をぶちまけて欲しいものだ。
その河童二郎をはじめ、最近のこの国のコンテンポラリーダンスの状況について『舞台芸術』誌4号(京都造形大学・舞台芸術研究センター)に書いたが、ようやく発売されたようだ。特集テーマは『歴史と記憶』。帯には「グローバリゼーションの中で抹殺された<歴史と地理>。忘却をまぬがれるために演劇とともに到来する歴史と記憶の本質を探る」だって。ムズカシ。一応そのテーマに関連付けて(かなり無理矢理)書いたのだけど、送ってもらった本をざっと見てみると、やはり僕の原稿が浮きまくっているな、いろんな意味で。ちなみにアイデアのおおもとになっているのは、ニブロールの
「ノート」のレヴュー。で、僕の今考えていることは、どうなんだろうか、妥当性があるんだろうか、とんでもなく間違っているのだろうか? いろいろな人の意見を聞きたいのです。立ち読みでもいいので、読んだらご意見下さい。タイトルは『「コドモ身体」ということ』、20ページ目です。ってどこの本屋に並んでるか知らない私。
最終更新日時 2003年9月5日 12時32分20秒
さて、夜は、まつだい雪国農耕文化村センターのピロティで、
ニブロールの
「ノート」改訂版。初演では、ほとんどなりゆきで「ガイジンとコラボ」した結果、本人たちも不満が残る結果となった(でも、それはそれで思わぬところに面白さがあったけど)のを、日本人だけのバージョンに作り直し、さらにヴァージョンアアップを図った、というか当初からのコンセプトを徹底させた「NO-TO」。これはもう何といいましょうか、レム・コールハウスに見せてやりたい、「錯乱」の極地。
「でたらめ」の極地。そこで彼等が繰り広げる行為たち、そこで起こる「出来事たち」は、これまでにも増して超高速で因果・脈絡を欠いていた。印象を例えていえば、ある1本の起承転結のある「ナラティブなドラマ」を、細切れに断片化して徹底的にシャッフルし、スクラッチ、リバース等の加工をし、リミックする、で、4倍速で再生。みたいな。もとの素材には行為に結びついた感情があるわけだが、それがコンテクストを奪われ、増幅や反復やクローズアップされたかたちで間断なくアウトプットされるので、それが「シミュラクル」であることがかえって異様なまでに見ているこちら側の情動を駆動するように作用している。意味不明の「叫び」や「歓声」や「喚き」「怒号」「こう笑」を伴った、意味不明のエネルギーの発露(猛烈なダッシュの走り、衝突、転げ回り、接吻、蹴り、格闘、抱擁、大立ち回り、足の引っ張りあい)が遠心分離器上で攪拌され続ける怒濤の一時間だった。しかも、この半野外のスペース、ステージの横幅をかなり取り、さらに「袖」は屋外へ伸び、奥は土手、外は雨、という場所・光景をフルに利用していたので、例えば「猛烈にダッシュしてはける」というのもほんとにあっというまに遠くのほうへ走り去るし、でもまだ走ってるが見えるのだった。劇場の舞台で一番やりにくいことはこの「直線で猛烈ダッシュ」なのではないか。スピードは欲しい、が速く走るとすぐに袖になってしまう、しかたがないので、舞台をぐるぐる回る、と。
ところで、今回の舞台には遊園地の『トーキョー・ボディ』に出演していた
三坂知絵子が初参加していた。ダンス・デビュー戦で、これほどハードででたらめな作品を課せられた女優はいなかったのではないか。しかしがんばったね。肉弾戦、見せて頂きましたよって感じ。初ニブロールのダンサーは他のメンバーと比べて、多少の違和感があるのはいつものことで、それも次には必ず馴染んでいる。ということで、三坂、次回公演も見に行くぞ。10月30日@上田、か11月15,16日@神戸アートヴィレッジ・センター。ちなみに東京の「NO-TO」公演は8月のシアタートラム、その前に新作で2月のパクタワー。来年の秋にはNYの「キッチン」、これも行きたいなー。
最終更新日時 2003年9月2日 23時15分50秒