初夏から、夏にかけて、ご無沙汰してしまいました。
この間、三条通ではセットバックの建て替えが、あちこちで進み、まえに御紹介したお店も、新しく建て替わったところが、あちこちに出来てきました。
一方で、なら1300年祭の民間マスコット「まんとくん」は、誕生1周年を迎えて、東大寺の大仏様にお参りをしました。まずはその様子から御紹介しておきましょう。

下三条町の神社「月日社」
毎年、7月の最終の日曜日には、子どもたちの引くみこしが、
三条通から林小路の漢国神社まで練り歩いているのをご存じでしょうか。
あのみこしは、下三条町の「月日社」の神輿なのですが、
「え、そんな神社どこにあるの」と思う方が大半でしょう。
それがこの写真のところですが、今は建て替えセットバックのため更地です。

この写真では、おもての「山口小間物店」と、奥のやや大きな建物との間に、
小さな瓦屋根が見えています。
それが、下三条町の「月日社」の社殿です。
よく見ると、小間物店の左端に、「月日社」と書いた額がかかっています。
この月日社、奈良市史社寺編によれば、祭神は「与止日女神」(神功皇后の妹)
「旱珠日神」「満珠月神」の三神とあります。
神功皇后伝説「三韓征伐」の際に、与止(よと)姫が満珠・旱珠の二つを用いて、
満潮干潮を作り出して敵を水没させたという話が伝わっています。
さてこの月日社、神功皇后が三韓征伐の際に諸神の「手分け」をした所として
「手分森月日宮」とも言われていたそうですが、江戸時代の奈良町の解説本
「平城坊目考」では、以下の説を唱えてそれは間違いであろうといっています。
「皇后新羅出陣神託等ハ筑紫に有て当郷に非ず」
祭神が、関係することからごっちゃになったに違いない。
続日本紀には、高野天皇(聖武帝の娘、孝謙天皇)の「天平神護」元年八月
従三位和気王が謀反に座し、率川神社の社中で逃げ隠れて討たれたとあるが、
その際の軍兵の「手分け」をしたところかも知れない。
当時の率川神社の境内は広くてこのあたりに及んでいたのであろう。
「神護」と「神功」とが似ているし、同じ女帝の話なので混同されたのではないか。
ちなみに、このあたりには聖武天皇が建て、薬師如来を本尊とする「法楽寺」
という寺があり、この月日社はその寺の鎮守社であったのではという説も。
実は奥の建物は下三条町の「会所」で、その法楽寺の名残とも言う観音さまを、
今もお守りしているのだそうです。
これらの建物は、今は一旦取り壊されていますが、この7月の祭りまでに
きちんと再建されて、もう少し神社が表に目立つことになりそうです。
お水取り(修二会)は、昨日で満行
ということで、今日は、達陀(だったん)の行法に使われた帽子「達陀帽」を、
参詣者、特に子どもたちの頭にかぶせる「達陀帽戴かせ」が、
二月堂で行われました。

ちょうど日曜日で、昨日までの雨や寒さがウソのような良いお天気、
我が子の無病息災を願う親子連れが大勢あつまって、達陀帽をのせた姿を
カメラに収めていました。修学旅行の女生徒たちも飛び入りしたり賑やか。
文字通り、お水取りが終わって奈良に春が来た日となりました。

「修二会」の名の通り、もともとは旧暦の二月に行われていた「お水取り」
ですが、現在の形は、お盆と同じ「月遅れ」ということですね。
季節感はそのままに、複雑な新旧の暦の読替えが必要ないというのは、
なかなか、先人の「知恵」を感じさせます。
来週9日から、りそな銀行が移転
前回、三条通りの土産物屋さんの「歴史」を少し紹介しました。
(結局、2月は書き込みできずじまいだった)
今回は、もう一つ、三条通りの特徴でもあった「銀行」についてです。
来週の3月9日、りそな銀行新奈良営業部が、三条通りの観光センター西隣から、
駅前南側のNKビル(JRの関連会社が建てたもの)の中に移転します。
同営業部は、もとの奈良銀行本店と、りそな銀行奈良支店が統合されて、
旧奈良支店の場所で営業していたもの。
これで、三条通りのJR駅前交差点から猿沢池までの間の銀行店舗は、5つに。
東から、
南都銀行本店、三井住友銀行、みずほ銀行、近畿大阪銀行、南都銀行JR駅前支店。
かつて、銀行のキャッシュカードが系列ごとに分かれていたころ、
三条通りでは「どこのキャッシュカードも使える」と言われていたことがあります。
第二地銀の奈良銀行(旧三栄相互)、中京銀行、第三銀行、近畿銀行(現近畿大阪)、
地方銀行の南都銀行
都市銀行のグループの片方の、第一勧銀(現「みずほ」)、住友銀行(三井住友)、
もう一方の協和銀行(協和埼玉>あさひ>りそな)
奈良銀行は、三条通りに本店をおいて、一時、駅前交差点近くのビルに
支店があったこともあります。(本店の奥に、オーナーの住まいもあったらしい)
大和銀行の傘下に入ったあと、あさひ銀行との統合で、りそなの系列になりました。
今回の移転で、三条通りに面した店はなくなることになります。
中京銀行は、昨年まで都モータープール隣の三条通二丁目にありましたが、
内侍原町に移転して、建物は取り壊し、更地になっています。
第三銀行は、かつて三条通一丁目、衣料品「ブルーグラス」の所にありましたが、
三条通の西の方、レストラン「トマト&オニオン」のお隣に移転しています。
二丁目の松田ビルに入っている近畿大阪銀行ですが、
かつては、現在のホテルフジタの敷地の一角にあったことなどは、
もう憶えていない方の方が多いかも。
(ホテル敷地の大部分は、もと奈良警察署で、東側角に、近畿相互銀行があった)
そういえば、この通りには信用金庫がありませんね。
(ずっと西の方へ行くと、大宮町四丁目に大和信用金庫があります。)
とりあえず、今回は写真はありません。古いのが見つかったら掲載できるかも。
観光客が多いとはいっても
じつは、三条通(やすらぎの道から西の区間)には、
意外と土産物の店は少ないのです。
かつての、国鉄の駅に遠距離客、修学旅行などの団体客が多くて、
駅の近くから、旅館が立ち並んでいたころとはちがって、
「土産物」を中心にした店は、ごくわずかです。

そのJR周辺では数少ないお店が、「あさおか」さん。
もとのダイエーのお隣で、仏像や能面のレプリカから、最近の「まんとくんグッズ」まで
そして置物からアクセサリー、お菓子まで、さまざまなおみやげを置いています。
アイテム数からいったら、かなりすごい数になるのではないでしょうか。

こちらは、かつてのジョーシンの2軒西側にある「平宗柿の葉寿し」の店ですが、
奈良交通関連の奈交サービスが経営していて、
県内各地の物産のお店としても機能しています。
もともと、散髪屋さんだった建物を、梁と柱を残して木造のままリニューアル、
昨年オープンの大仏前「夢しるべ風しるべ」と同じような手法です。
かつて土産物屋さんだったところで、最近の記録に残っているのは、
「都屋」さん=いまの「ぜいろくそば」さん
「もみじや」さん=いまのマルシンビル(「RIO」など)のところ
「福田屋」さん=いまのF&Fビル(「木のうたJR駅前南店」など)などでしょうか。
お土産物店の「かわり」ではないですが、奈良漬けの店は、いまも3店が健在。
JAのアンテナショップ(大和茶)なども、地元客にも観光客にも便利なお店です。