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ぼくの近刊です


車椅子コラム「ロシナンテ飄々」


もくじから
マンパワー
障害者の入院生活
形態食
二本足で立つ
ハンディキャップ理論
車椅子とアフター5
………
計131編のコラム集
2016.07.01
XML
2016.6.20
伊那市有線放送農協・放送

電動車椅子ぶらり通信 百九十九話

   ドン・キホーテの後ろ影

 この「電動車椅子ぶらり通信」という番組を始めさせて戴くに当り、第一回目の放送で、ぼくの電動車椅子は「ロシナンテ号」という名前です、と自己紹介させていただきました。その折にも申した通り、ロシナンテとは驢馬(ろば)の名前で、主人はドン・キホーテです。言うまでもなく物語上の人物で、生みの親はミゲル・デ・セルバンテスというスペインの作家でした。
 今年は、セルバンテス没後四百年にあたります。これを機に、ドン・キホーテと僕との付き合いについて、振り返りたいと存じます。相変わらず右へうろうろ、はたまた左へ寄り道の脈絡なきお話になります故、どうか暫くご辛抱下さい。
 さて、今回はまず、昭和の浪曲界では名実ともに大看板(おおかんばん)だった二代目、廣澤(ひろさわ)虎造(とらぞう)の名調子からお聴き戴きます。
 いかがでしょう? 十分に熟(こな)れてじんわりした虎造独特のダミ声が、たまりませんな。僕の高校時代は歌謡曲の全盛期で、そこに又、新しいスタイルのフォークも一度にワッと、生まれて参りました。加えて洋楽のジャズ、ロック、更にはカントリー・ウエスタンにもそれぞれ独自の拘(こだわ)りをもって聴く、という人もいる、そんな時代でしたね。学校から寮の部屋へ戻れば、高橋真梨子とトム・ジョーンズがてんでに大音量で唄っている。そういう状態が普通で、部屋の同居人同士、他の音を騒音とも思わず自分の好む音だけに没入していたのですから、何とも、はや、妙でした。
 その上、まだ不思議な事がある。落語とか浪曲などを聴く段になると、なぜか皆、気が揃うのです。夜の九時が自習時間の休憩で、誰かが必ず、ラジオのスイッチを点けました。すると、NHK第一から水曜日には落語、木曜日には浪曲が聞こえてきたものです。皆、焙じ茶をすすりながら、黙って聴いていましたね。
 僕が風邪で寝込んだ時などは、同じ部屋の上級生がこれでも聴いてろや、といってかけてくれたのが、そういう番組の録音です。今し方お聴き戴いたのも、高校時代にくりかえし聴いた中のひとつですね。只今お聴き戴いたのは、「石松(いしまつ)三十石(さんじっこく)船(ぶね)道中(どうちゅう)」という演目の口上部分です。それが耳につき、

  ・旅ゆけば、駿河の道に茶の香り、流れ
   も清き大田川、若鮎おどる頃となる松
   の緑の色も冴え・・・

 なんて、いつしか諳(そらん)じられるようになりました。ともあれ、他の演目も含めて、浪曲で語られる石松像は全体に、一貫しております。即ち、気は優しくて力持ち、喧嘩っぱやいが人情には厚く、一途(いちず)で不器用な生き方しかできない、という性格です。
 さて、話を今回のテーマである「ドン・キホーテ」に戻すと、ぼくがこの小説を最初に読んだのは、諏訪養護学校高等部を卒業して家に帰った直後の事でした。読むさなかでは、物語の主人公に、石松の顔が重なり合っていたものです。
 その事は暫く措きましょう。ここで本題の小説「ドン・キホーテ」の正式名を忠実に訳すと、「ラ・マンチャの騎士キホーテ卿」となるのだそうですね。どうも長ったらしくて覚えづらい上に、物語の組み立てが呆れ返るほど複雑に、込み入っている。というのも、架空の歴史家であるベネンヘーリがアラビア語で書き記し、それをセルバンテスが訳述したもの、と誰ぞから聞いた筆者が覚書として書き残した。とまあ、ずいぶん手の込んだ設定です。要するに、二重三重の書き換えに伝えられたお話、というのが筋立てなんですね。
 では、どうして、これほどややこしい設定を組んだのかといえば、多分、セルバンテスは、創作の中で人間の批評もやりたかったからだ、と思います。そもそも、批評とは、物事の善し悪しや自分の好き嫌いを感情に流されず、論理立てて解りやすく述べる、という事です。だから、自分の考えを主張する事とはちょっと違う。
 そうですね・・・
 何と申しましょうか・・・
 例えば鏡を見る時、そこにパッと現われるのは自分の顔だという事は、直感的に判る。しかし、その自分と覚(おぼ)しき顔をなおも覗き込む事によって、自分の人相に潜んでいる普遍的な人間像を見抜く。これは至難の業であり、結果のでない努力なのですが、立派な文学者である作家、評論家と言われた人々はみな、この手の骨折り損をやりました。
 よって、次のように言うこともできます。すぐれた文学作品ほど完成品とは言い難く、あくまで、その努力過程を記録したまま未完に終わってしまっている、と。こういう逆説について、僕に最初の直感を与えてくれたのが、「ドン・キホーテ」でありました。
 それにしても、頗る手の凝った話の筋立てを飲み込むのに、僕は最初の内、随分難儀をしたものです。何遍読んでもよく判らなくて、面倒でした。その中で一つ、悟った事があります。読書なんてものは、気晴らしにしようとするから詰まらなくなる。ひとつの勉強、又ひとつの仕事と思ってすれば我慢に耐えられるはずだ、と。以来、この方針を換えた事はありません。
 さて、物語の主人公であるキホーテは、本名をアロンソ・キハーノといいました。ラ・マンチャ村の下級貴族ということですから、日本でいえば室町時代の地頭(じとう)、地(じ)侍(ざむらい)、また江戸時代の名主という地位に当るのでしょうね。そんな中で、キハーノは、来る日も来る日も騎士道小説ばかり読み耽けっていました。
 そうした読書にのめり込むあまり、彼は、
ついに、自分が勇ましく、立派な騎士であるかのような幻想に取り憑(つ)かれます。そして、サンチョ・パンサという貧しい農夫を家来に、
騎士道の正義を体現する為の旅へ出るのです。
 しかし、キホーテ本人が騎士道に適う勇敢な挑戦、と思い込んで突き進む行動はすべて、世間の常識から全く受け容れられない馬鹿げた行いばかり。風車を、正しきものに仇(あだ)なす巨人と思い込んで挑み掛かり、結局は弾き飛ばされてしまう、という有名な場面は、その代表例でしょうね。
 それゆえ、この小説は読み進むにつれて、読者の胸には何とも言えぬ苦みが募る訳ですが、同時に、その苦みの後から、不思議な爽快感がそこはかとなく拡がってくる。
 これは恐らく、物語の主人公が常に、自分の信ずるものを信じ切って行動しているためだと思われます。つまり、完全に純粋なわが信念だけを貫く事は、誰の心にも潜む根本的な憧れなのですが、実際にその通り行動すれば必ず、周囲の人々との間にもめごとやいざこざが起きて深く、傷つきます。キホーテは、それについて全く、意に介さない。
 この点で、さきほどお話しした森の石松と一脈通ずるものを感ずるのです。
 石松は、腕っぷしの強い快男児だが、東海道一の馬鹿、というのが浪曲の決まり文句でして、不正には向こう見ずの無鉄砲に立ち向かいます。そのために、最期は、非業の死を遂げる。この事が、彼に、小柄ながらも勇ましい英雄としてのオーラをもたらす訳ですね。
 じつにさまざまな関わりに生かされるこの世の中、自分の信じた事を何の迷いもなく、その通り実行しようとすると、次の瞬間、風車に弾き飛ばされたキホーテよろしく、生活を支える極めて重要なネットワークの圏外へ追放されます。それを警戒して誰もが今一歩のところで思い留まり、会議では本音を言わずにグッと、押し黙るのです。その事自体は全く正しい生き方であり、そうさせた常識は非常に貴い、と僕は固く信じております。
 しかし、そこでは必ず何等かのわだかまりが残って、心の隅をちくりちくり突き刺すんですね。この不快感の穏便な解消策は、おそらく、次の三つしかありますまい。
 即ち、
 一、自分自身を欺(あざむ)いてなかった事にする。
 二、誰か優れた作家の手になる物語の力を
  借りて、心を洗い浄めようと努める。
 そして三は、ドン・キホーテとは正反対の生き方をする、という事。つまり、その時その時をおもしろおかしく過ごす事しか考えないようにする、という事であります。具体的には、セルバンテスと同年代の劇作家シェイクスピアが書いた「ヘンリー四世」と、「ウインザーの陽気な女房たち」という二つの戯曲に登場するフォールスタッフ。このフォールスタッフという無責任男が、おもしろおかしく立ち回る人間の典型でしょうね。この男については、いずれ詳しくお話しする事があるかも知れません。
 ともあれ、人間は誰しも完全な善人ではないし、また究極の悪人でもない。となると、今し方述べた三つの解決策に、ドン・キホーテと向き合う時のうしろめたさを解消する事は、無理みたいですね。「キホーテさん。どうか私の代りに、純真な心意気を貫き、失敗の人生を美しく生きてね」と頼むしかなさそうです。
 僕は、電動車椅子で外を歩く度、道の遥か彼方に、馬上のナイトらしき影を見るのです。そして、その影に眼を凝らせば、
「俺のように生きる気はないか?」
 という問い掛けが聞こえてくるのです。





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Last updated  2016.07.01 18:08:30
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