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5月29日 映画監督・脚本家の新藤兼人さんが 100年の映画人生を全うされました。 ・ ・ ・ 東武伊勢崎線の東京墨田区にある 「鐘ヶ淵駅」から堀切方面へ歩いて15分ほど (「向島百花園」からだと20分ほどですか) 密集した民家の中に、立派な茅葺き屋根の山門をそなえた 平安時代からの古刹である多聞寺(たもんじ)があります。 ![]() 多門寺は隅田川七福神のひとつ毘沙門天(びしゃもんてん)として お正月は人気があるようですが、それ以外はあまり訪れる人のいない 小綺麗ながら閑散としたお寺でした。 ![]() 境内を見物していて偶然見つけた立派な碑には 『映画人の墓碑』とある。 ![]() かたわらの説明板を抜粋すれば 「映画人の墓碑の会」は、思想・信教の自由を尊重し、 宗教・宗派を問わず,映画を愛し、 平和と民主主義・人間の尊厳を守ります。 故坂斎小一郎(共同映画株式会社創立者)氏の 遺族ハツ夫人が墓地資金を提供し、 日本映画の民主的発展のためにつくされた映画の仲間の生涯を顕彰し、 追悼する共同の墓碑建立に役立ててほしいとの申し出がありました。 その意志を尊重し、映画を愛する人々と団体によって本会が組織され、 この墓碑が建立されました。 1992年4月29日 題字は新藤兼人著 ![]() ・ ・ ・ 墓碑の裏には、見たり聞いたことがある有名な方のお名前と 多くの無名の方々(私が知らないだけでしょうが)の名前が刻まれている。 たぶん撮影・照明・美術・効果・録音・記録・宣伝などなどの 映画を愛した方々なのでしょう。 いずれここ多門寺でも新藤さんの何らかの法要が行われることでしょうが わたしは監督最後の作品「一枚のハガキ」を早く見ておかねばと 合掌しながら思っております。
![]() って言われて のりやすい私は のぞいて参りまして。 ![]() 東京京橋のブリジストン美術館 『あなたに見せたい絵があります。 ブリジストン美術館開館60周年記念』。 19~20世紀の西洋画の名作のかずかずが そして西洋に影響を受けた日本人作家のかずかずが 石橋正二郎コレクションから始まり 60年にわたってここまで収集されていたとは驚いた。 正直 次から次へと 一気に ここまで展示されると 許容量のない我が身には 消化できにくい。 まあ それだけ贅沢な展覧会ということ。 欲張らずに お気に入りの一点に出会えればよしと。 途中から 気軽な心持ちにかえまして。 ・ 心に残った絵のいくつかは ・ポール・セザンヌ「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」 (先日見たセザンヌ展の作品と密接につながるので衝撃的でもありました) ・黒田清輝「ブレハの少女」 (暗い部屋の中で左右大きさの違う靴を履く鋭い目をした少女を 荒々しいタッチで描いている。何を感じていたのだろう? 明るく静謐な画風の清輝にもこんな時代があったとは) ・藤田嗣治「ドルドーニュの家」 (乳白色で統一された画面に細い筆で黒い繊細な線で家具や瓶や銃など。 この絵の額も彼の自作だそうだ。この一作でも貴重な出会い) ・ 『あなたに見せたい絵があります。 ブリジストン美術館開館60周年記念』は 6月24日まで開催中です。 詳しくは公式ホームページをご覧ください。
まもなく 18日から20日まで 浅草で「三社祭」が2年ぶりに開催されます。 22日には 川向こうの墨田区に 「東京スカイツリー」が開場しますね。 ここしばらくは 多くの方が浅草に出向かれるかと存じます。 でも とりあえず 浅草には行くけど・・・ どこを回ったらいいのか はっきりとは決めかねている方には 雷門の向かい側に4月オープンした 「浅草文化観光センター」を 最初に訪ねることをお勧めしますな。 最上8階の展望室から「仲見世」を俯瞰してみると ![]() 夕暮れの仲見世 たぶん浅草一帯は大変な混雑が予想されますので 「浅草文化観光センター」で無料配布されている 詳しいパンフレットをゆっくり読んで 散策のルートを検討してから歩かれることがいいかも。 1階ロビーには 丁寧で豪華な案内パンフが用意されています。 たとえば 「浅草寺・墨田川畔を訪れる」 「正岡子規ゆかりの地(句碑)を訪れる」 「池波正太郎作品ゆかりの地を訪れる」 「上野公園を訪れる」 「「樋口一葉ゆかりの地(たけくらべ)を訪ねる」 「谷中を訪れる」 「谷根千を訪れる」 などなど おいしい処 観光名所 隅田川河畔からのスカイツリー見物 祭り見物 いろいろな浅草散歩をぜひお楽しみください。
東京六本木の国立新美術館で開催中の 『セザンヌ パリとプロヴァンス』は 「近代絵画の父」と称されるポール・セザンヌが生まれ育ち 制作活動のほとんどを過ごした南仏の エクス=アン=プロバンスと 実は20回以上も訪れてルーブル美術館の作品や 印象派の人々の影響を受けた パリの2極をテーマにした 大規模な「セザンヌ展」(世界の40館から約90点が一堂に)です。 ![]() ![]() ![]() 初期の宗教的な装飾作品から 晩年の抽象画への予感を漂わせる力強い色と構図。 父や親友の作家ゾラや当時の活気あふれるパリの様子。 故郷エクス=アン=プロバンスと何度も描かれたサント・ヴィクトワール山の数々。 一枚一枚の作品とセザンヌの生涯を流れで鑑賞できる貴重な展覧会です。 6月11日まで開催中です。 ・ ・ ・ ところで セザンヌの作品や解説文や地図を見ているうちに なんとなく以前読んだ小説の匂いというかイメージが漂ってきまして。 その時は何だか思い出せませんでしたが 帰宅途中の車内で突然 小説の断片が心に浮かびました。 それはエクス=アン=プロバンスとマルセイユ周辺を舞台とした 国際スポーツイベントと絵画の贋作と長年にわたる男女のラブロマンスをテーマにする ミステリーロマンといっていい松本清張の「詩城の旅びと」だった。 タイトルはさっき調べてわかりました。 絵画を見ていて歴史本ならともかく 小説に結びつくなんて 初めての経験で驚いているところ。
ゴールデンウイーク中で 「風が弱く あまり暑くない日だったら走ろうや」という きわめて軟弱な サイクリングプランを立て 条件にどんぴしゃりの日 同世代の友人とふたりで 「江戸川サイクリングロード」を 走って参りました。 ・ ・ ・ 東京都・埼玉県 と 千葉県の間を流れる江戸川の 堤防の上 両岸にそって サイクリングロードが完備されています。 川の流れにそって 左側を左岸 右側を右岸と呼びます。 そこには数キロおきに 「海から○○キロ」という標識があるので 走りながら だいたいの走行距離がわかります。 (引き算をしながらなので・・・疲れてくると時間がかかりますが・・・) ![]() わたしは 「海から20キロ」あたりの右岸(葛飾区金町)で 朝9時頃 サイクリングロードに入り 右岸を上り始める。 ![]() 三郷市を過ぎるあたりから 菜の花に挟まれた 2車線がつづく。 時には 完璧なサイクリストのグループが抜いていき 時には 散歩する家族連れやママチャリを抜いていく。 時々 休みながら 時々 景色を眺めながら 2時間ちょっとで 今日の折り返し点である「関宿城」に着く。 ![]() ほそ~く角のように伸びている 千葉県の最北西部にある 関宿市。 ここが「江戸川」と本流の「利根川」の分岐点なんです。 江戸時代には水運の要衝であることから 関宿藩は幕府の信頼が高い譜代大名がつづく。 当時の関宿藩江戸屋敷が 今の「清澄庭園」として栄華をひそかに残している。 関宿の町の散策は 次回の楽しみとして 帰りは左岸を下ることに。 ![]() グライダーの滑空場を初めて見ましたが 次々と離陸、着陸する姿は 日長1日見ていたいほど面白い。 遅めの昼飯を 東武線「運河駅」前でゆっくりとって帰路へ。 ・ ・ ・ 5時に帰った自宅で 距離計をのぞいてみたら ![]() 本日の走行距離は約102キロ。今までで最長だった。 お尻が痛いけど 筋肉痛はなし。 経費は飯代と水代あわせて650円。 (帰ってからのビール代はのぞいていますが) 夜「また走ろうぜ」と 友人からのメール。 安~い遊びの計画が また始まりそうだ!
GWの最初と最後のひととき ここ東京の下町足立区と 埼玉県三郷市の間に広がる「水元公園」に 晴れ間を縫ってチャリで流し・・・ ふっ~と 息抜きを。 緑と花々と水辺の風に 心地よい刺激をいただきました。 うまく言葉で表現できませんので スナップでわずかながらでもお伝えできればと・・・ ・ ・ ・ ![]() 「ハナミズキ」の咲く あれこれ ![]() ![]() 植えて間もない 「芝桜」が可憐に咲き出して ![]() (実はGW最後に行ったときは ふたつの花々は ほとんど散っていまして 花の命は短いか) ・ ・ ・ 林間に入れば 目にまぶしいほどの新緑が 涙の出るほどうれしい! ![]() (ちなみに 昨年の震災後の同じ場所で見た木々は もっともっと強烈な緑が印象的だった。 何だこれは!というほど。 もちろん科学的な比較はできませんが) ![]() ほんのひとときなのに すぐそばの自然に大いなる癒しをいただきました。 ありがたいことです。。。
五所川原市から借りた車で 岩木川に平行する国道を 遠くの山の残雪を見ながら 津軽平野のど真ん中をのんびり北上する。 金木(かなぎ)の太宰治の「斜陽館」を横目で見ながら通り過ぎ 小さな町の脇道の小学校の庭をながめたり 農道に入って一服したり・・・ 2時間ほど走ったら左手に 地に這うように 平べったい湖が姿を現してきた。 「十三湖(じゅうさんこ)」である。 ・ ・ ・ 湖の周辺に点在する遺跡などのスナップをいくつか ぐるりと回った順に ご紹介いたします。 早春の津軽の息吹と 秘められた歴史の一部が伝わりましたら 幸いです。 ![]() 湖の北 小高い丘陵地にあった広大な「福島城跡」。 林の中を土塁跡(小道)がつづく。 つい数年前の発掘調査で 安藤氏の居城であったことが判明した。 ![]() 十三湖や日本海、津軽平野を一望する山の上に 平安時代後期の「唐川城跡 展望台」。 (晴れていれば正面に岩木山がデーンと見えるそうだ) このすぐ近くには「春日内観音堂」がある。 ![]() 国道339にもどって 竜飛岬方面に15分ほどで見えてきたのが さまざまな伝説が語られる「靄山(もややま)」。 ここでUターンして南下。 日本海に接する「十三湊(とさみなと)」に入り 名物の「しじみラーメン」を食する。 (今の町自体は小さな小さな港町でした) ![]() 淡泊ながら風味のあるラーメンを頂きながら・・・ ここに中世の代表的な港湾都市があったとは 北海道から西日本各地 朝鮮や中国まで交流していたとは かつての大津波で一瞬に壊滅した伝説があるとか 平成に入って多くの遺構が発見され徐々に解明されつつ それでも分からないことだらけだとか まさしく幻の湊だったな。 などとつぶやき・・・ 町の南端をはずれたところ ![]() 船の出入りがあった沼の前に立つ 「浜の明神(湊神社)」。 さらに荒涼とした平地をつらぬいて一直線に伸びる農道を南下 十三湖から30分ほど離れた牧場の脇道に 展望台の標識を発見して登る。 ![]() 正面が十三湖 左にかすむのが日本海 間の最も細くくびれたところが「十三湊」があったところです。 ・ ・ ・ 五所川原のビジネスホテル近くの 郷土料理居酒屋の女将は 地酒「じょっぱり」と採れたての山菜をすすめながら やっぱり『大津波説』を信じているようだった。
青森県津軽半島の北西部 日本海に面したところに 「十三湖(じゅうさんこ)」という湖がある。 海水と淡水がまざった汽水湖で 周囲30キロほど 最も深いところでも3メールに過ぎない まわりには高い山がいっさいなく 荒涼とした独特な風景をしているそうだ。 ・ ・ ・ ![]() 平安後期から鎌倉時代にかけて 日本海を自由に行き交う交易の湊町 「十三湊(とさみなと)」がこの地にあった。 中国の宋や高麗とも定期的な貿易を行い 西の博多をしのぐほどの国際都市であったらしい。 ヤマト朝廷の直接的な支配をうけず 地域の豪族として繁栄していた阿部氏・安東氏の存在。 東北の膨大な金の産出と運送にも この十三湊は重要な拠点だったのでしょう。 あの源義経が平泉から逃れ ここから宋に船で渡ったという伝説も。 ・ ・ ・ 津軽を始め東北には 多くの伝承やわずかな遺跡(発見されている限り)はあるものの 文献がほとんど残っていない(勝者の歴史から排除されてきた) 科学的な調査はまだこれから。 あの「三内丸山遺跡」や「十三湖周辺の遺跡」も この平成に入ってから重大な発見があり 多くのことが判明してきたそうな。 ということは 今しばらくは自由で勝手なロマンあふれる空想を楽しめる ということでも ありますね。 さあ「東北の誘惑」にのっちゃおうっと!
自転車で通勤をする人々を 『自転車ツーキニスト』と呼ぶ言葉を広めた 疋田智(ひきた さとし)さんの著書に 「ロードバイクで歴史旅」がある。 ![]() 水戸 宇都宮 京都 大阪 対馬 などなど それぞれの土地に眠る歴史の深い背景を 自転車で走り自分の目で探る 興味津々のお話・・・ その中で『三内丸山遺跡という奇跡』という項で ページをめくる手が止まる。 やっぱやっぱ 青森の縄文人の方々に 一度はご対面したいな! ![]() ![]() 昨年の「平泉 中尊寺 世界遺産」のニュースから 東北の歴史について観光案内程度しか知らない 己の知識の薄さがわかり たまたま読んだ本が 『炎立つ』高橋克彦 奥州藤原氏四代の歴史巨編五巻。 (ここで源義経のくだりは多少知っていたが 平安以前からの蝦夷や津軽の高度な文明の存在など 初めて知って驚いた) 『東北の誘惑』 (ここで津軽十三湊は国際都市であった確証を) ・ ・ ・ てなことで 近いうち 「三内丸山遺跡」と「津軽」を訪ねてみたいと 思っている昨今です。
伊藤礼さんの自転車エッセイ 「こぐこぐ自転車」(2005年) 「自転車ぎこぎこ」(2009年) 「大東京ぐるぐる自転車」(2011年)が どれも実におもしろい。 ユーモアあふれる洒脱な文章 ちょっと皮肉をまぜて 自転車に乗らない方でも十分楽しめる 散歩紀行人生読本ですよ。 ![]() ![]() ![]() 伊藤礼さんは1933年生まれなので 今年御年79歳になるサイクリスト。 定年近くの68歳のとき 病気がちだった体調が良くなったので ほんの気まぐれで 勤め先まで自転車で走ってみたが わずか数キロでバテバテ 休み休み自転車を押してやっとたどり着く始末。 それから自転車買って 少しずつ距離を伸ばし 都内をあちこち走り 病院へも自転車で通い 熟年仲間とともに ついには房総 三河 出雲 北海道へ。 このひとつひとつの話が めちゃめちゃおもしろいのです。 ちなみに伊藤礼さんはあの作家伊藤整の息子さんで英文学者。 わたしのチャリ通勤の心の友なんです。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |