カテゴリ:★小説「アテンの暁光」★
『阿天の暁光』 二作目の時代物です。先生に時代考証で色々言われました。
直しているうちに、どんどん違う場所に行き、プロットと全く違った 最後に(笑)先生も大手から出してないので、選考基準とか知らなさそう。 投稿するなら、ボランティア精神が要りますわん。 業界通になってから、投稿したほうがいいですよ。本を買わないでも、 タダのがあるからいいですよね。 第一章 潮神の島 (一) ここ奇岩霊前島には、乱はなかった。陸と切り離された奇岩霊前島の記録によれば、時は寛永十七年(一六四〇)。 しかし、そういう地理でさえ、私――仲代キクエには必要ではなかった。この島は潮神が支配しており、せいぜい三隻に一隻しか海を越えられないからだ。 それでも、岸辺の潮が緩やかな場所では、春から夏にかけて、海が神秘的に光ることがある。青白く仄かな光だ。海中から足元を照らすようにして輝く。私はその時期が一番好きだった。 この奇岩霊前島の特徴と言えば、島の中央部に村を取り囲むように三十四丈強ほどの岩の壁があり、崖の周りに、畑や田圃が作られていたことだ。 私と幼馴染の高島一郎高宗は、村長の仲代平史郎道隆に、秘密裏に洞窟に呼び出されていた。もちろん、小さな島の村なので、年が近い者は、すべて幼馴染になる。 平史郎は、私の父親であり、庄屋であった。 任命には村の誰も同席せず、密かにことが運ばれていた。 「おとうはん、一郎と二人だけ呼び出して、何するん? どうせ、ろくな用やないやろ」 私はいつものように歯に衣着せぬ物言いで言った。大人が呼び出す時は、いつも手伝いなど雑用ばかりだ。 「ま、いいけど。ここでは薪割りも女子の仕事や。お嬢様でも、嵐の時は船を上げるのにこき使われるし。薪で大の男の一人や二人は、殴れるわ」 腕を捲り上げて、太くなった腕を見せた。 人手が少ないが、仕事だけはたんとある奇岩霊前島の生活。私でも襷掛けをして、非常時には男並みの仕事をこなしてきた。 童女でさえも、朝から洗濯など情け容赦のない子供時代を送る。大人は、畑の手入れを少々と漁。童子とて、ただ走り回っていればいい、というものではない。動ける者は、赤子以外は使われる。 「今日は、もっと真摯な用事じゃ。キクエは黙っておれ」 村長の威厳のために、平史郎は怒鳴った。いつものことなので、私は耳を掻いた。 「高島四郎高宗、潮神の代理として、わし仲代平史郎道隆が、お前を第十四代目の秘検に任ずる。心してお役を果たせ」 ちょうど秘検の三郎太が病死し、空きができていた。 「四郎が、秘検?」 一緒に呼ばれていた私は、驚いていた。 四郎は、幼馴染だったが、秘検に任じられるほどの男とは思っていなかった。私の中では弟となんら変わりがない、頼りない男子のように思えていた。 まだ子供のような感覚で生きていたのだが、そういう歳に、四郎も私もなったのだ。 秘検とは、犯人や原因が明確でない事件や騒動を、独自に探索するのが任務だ。同時に、探索の結果を長に報告することで、村長が検蛇の捕物が正当に行われたかの判断材料にする。 また、検蛇とは、村長が任命し、男衆たちが承認する、この島独自の捕方だった。秘検は、村役人である村長が任命するだけの直轄の隠密だ。 といっても、この仰々しい儀式は、若者に村の衆としての自覚を持たせるためだけに行われる。秘検は、大した任ではないのだ。 父親の平史郎でさえ、本当に村長の任をきちんと果たしているのかと思っていたくらいだ。もしも男だったら、二人を越えた働きができる自信があった。 秘検は所詮は検蛇の影で、あくまでも日陰の存在だった。滅多にないことだが、藩目付へ上申するまでの探索は、村の男衆が承認した検蛇がする。 だが、検蛇も藩目付の影で、捕方組織の最下層ということになる。船を持ち、網子を使う網元も村役人で、庄屋を補佐する。 庄屋と網元は、主に村の管理を任せている地方手代の手下として、若衆を検蛇や秘検に任じ、地方手代が上申書を書くための証拠や検証を任せていた。 秘検や検蛇の任は雑務的な調べをやらせるためでもあるし、無茶をしがちな若者に役に任じられることで元服前に、道徳心や達成感を学んでほしいという年長者の思いがあったのだろう。 道徳心を教書によってではなく、実務をもって学ばせようという魂胆なのだった。つまり大した権力などはなく、教育的な見地で村独自の思惑で仕立てられた任だった。 村を息災に治めたいと願う長老たちにとっては、この熱い思いをわかってくれということなのだろう。 だが、若衆たちにとっては、枷を嵌められることとなんら変わりがなかった。 身分や権力も持つことができるが、ありがた迷惑でもあった。若い時代という貴重な時期を、仏のように陰忍自重な様で過ごすことを強いられるのだ。 (二) 「跪いて、この島の潮神に忠誠を誓え」 私が任について思いを巡らしていると、平史郎がまた仰々しい物言いをした。「年寄り」は儀式めいたことが好きなのだ。こうして儀式に仕立てないと、平史郎の、村長の威厳が音をたてて壊れると思い込んでいる。私は平史郎の思惑が読めたので、腹の花で笑っていた。 四郎が狐に抓まれたような顔をして、跪いていた。 「キクエ、お前もじゃ」 ぼうっとしていると、怒鳴られた。私は「はい」と、しぶしぶ跪いた。小袖を引っ張って、足が見えないように膝を整える。 ここは一応しおらしくしていよう。すぐに雷を落としてくるのは、男子のやり方だ。 「よし」 洞内で共鳴している声は耳に痛い。私は刀で斬られるのではないかと思った。 すると平史郎は、普段は床の間に飾ってあるだけだった刀を腰の鞘から抜き、四郎の頭上に掲げた。 「高島四郎高宗、お前はこの奇岩霊前島で生まれ育った。そのことを誇りに思え。潮神と阿天のご加護が、お前を護って下さるだろう」 鋭い音と鈍い輝きで、私と四郎の頭上で君臨していた。こうして、平史郎は四郎を秘検に任じた。 「潮神様に誓って秘検の任を謹んでお受けいたします。今後も不撓不屈の精神で秘検の任に精進致します。秘検の名を汚さぬよう、不惜身命を貫きます」 四郎がらしかぬことを言ったので、私は仰天した。噴出しそうなるのを押さえた。よくも小難しい言葉を知っていたなと思った。出所は唐か何かの書物だろう。 「キクエ、潮神の代理として、お前を秘検の助に任じる」 「はい?」と私は間が抜けた声を上げた。 「女子でも構わん。大の男には、生業がある。人手不足だし、お前が四郎と一緒に動け」 私は、この島の誰かを自分の手で、罪人にしなければならないのかと案じていた。しかし、盗みでも夫婦喧嘩でも、怪我を負わせれば、この島でも処罰されるのだ。 「別に罪人を無理に作ることは、せんでいい。秘検としてふさわしい仕事をすればよい」 平史郎は面倒になるので、いつも詳細を誤魔化す。そうして、いつもいい人、村長としてふさわしい人の体面を保とうとしていた。身分や品格を汚すような言動は一切しない。 「こら、キクエ、お前も潮神様に祈れ」 「わたしには、阿天さまがいるから」 「潮神様は海の神じゃ。船の安全を護り、海の幸を与えて下さる、ありがたい神様じゃ。阿天さまとは統べる場所が違うのじゃ」 「もっと穏やかな海にしてくれれば、もっと感謝したのに」 「なんじゃ? 口答えはお前の悪いくせじゃ。女子なら、もっとしおらしくしておれ」 雷がまた落ちた。慣れているので、私には雨のようにしか感じない。臓物に毛が生えているのだ。度胸だけは、男子以上だった。 「まったく、嫁には行けんぞ、お前は。いっそ、島の外にでも放り出すか」 「あ、それでもいいわ。外に出てみたかったんや」 私は売られた喧嘩を買うように、平史郎に言った。私の口は、減ることがなかった。 「海へ出た船が全部、無事に阿波に着くんなら、行ってもいいわ」 「早よう、誓え。夕餉が近い」 腹を減らしていた平史郎は、気が短くなっていた。猛犬のように吼えていた。私は面白くなってきたので、もっとからかいたくなった。 「はいはい。潮神様、今日、秘検の助に任じられました。誠心誠意、勤めさせて頂きますです」 私は面倒くさくなって、口先だけで誓った。どうせ潮神様は洞窟にはいないだろう。潮神様に誓わせるなら、もっと海辺で任命の儀式をするべきだったのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.01.27 12:32:57
コメント(0) | コメントを書く
[★小説「アテンの暁光」★] カテゴリの最新記事
|
|