★小説「殺し屋は夢想する」8★
カテゴリー8、ラストです。下にさかのぼって、1から読んでね。 ブログって、最後が一番新しい記事になるから、めんどうですね。 それから数ヵ月後、なんとこの私、今年度の推理小説の新人賞を受賞いたしました。ムスコもミステリーの最高峰の賞を受賞し、母親の私も推理作家の仲間入りでございます。私は高卒でございますが、自宅に寄生する「悪魔退治」のために、ありとあらゆる専門書を読み、ありとあらゆる推理小説を四年間で千冊あまりも読破いたしました。すぐにでも薬剤師にでもなれるほど、私はさまざまな薬学の知識を身につけました。もちろんムスコの「殺人」のためでございます。人は「やる気に」なれば、天才に生まれ変われるものですね。息子の殺し方を研究しているうちに、いくつもの殺人方法を簡単に思いつくようになるとは、誰にも想像ができないでしょうね。今なら東京大学にだって、ハーバード大学にでも合格できそうな気がします。 息子への「殺人動機」が審査員たちを驚愕させたという、殺人トリックの完成につながったとは、当の審査員の皆さまも、「この謎解き」だけは決してできないでしょう。 ここに晴れて、現役看護師のミステリー作家が誕生したのです。あ、これはここだけの話で(ご内密)に願います。だって患者さんたちを懸命に看護する「白衣の天使」の一人が、毎日のようにムスコの始末の仕方を考えていたなんて世間に知られたら、それこそイメージが台無しです。すでにベテラン看護師で天使ではない私ですが、誓って善良な「患者さま」たちを殺そうなどと、一秒たりと思ったことはございません。殺人ナースはこの世に、この私だけでございます。 この私も予想できなかった新人賞受賞は、家庭内暴力の加害者であった長男の人生最後の善行でした。あの10円の値打ちもなかったヒキコモリの息子が、我が家に二人の偉大なる小説家を誕生させたのですから。あのムスコの「偉業」を密かに讃えるために、私どもはヴェネチアンガラス製の最高級の骨壷を新調してやりました。色とりどりのガラスで創造された壷はとても見事なもので、私は当時ムスコの生命保険金もあったせいか、大胆になっていて、葬儀屋の薦めるまま即決で購入したのでした。これであのムスコも、不肖の長男をこんな綺麗な壷に入れてくれるとはと、草葉の陰から感謝してくれていることでしょう。しかしサブロウが死んですでに二年。まだ骨壷は自宅にございます。親戚たちは愛するムスコと別れることができずに、納骨が遅れていると思っていることでしょう。毎日泣き暮らし、ムスコの骨壷と寝食を共にし、仕事も手につかずと思っていることでしょう。しかし私はまだ看護婦長として仕事に毎日出ておりますし、食欲もあり元気です。新米ナースたちを毎日のように仕切っております。ただあまりにも美しく高級な壷でございましたので、すでに愛でることもできない死人に、簡単にくれてやるのがとても惜しくなったのでございます。このまま墓には納めずに、しばらく家において眺めていようと思っております。つまり魔がさしてしまったのでございますね。ムスコには一応黒御影石製の四百万円もする墓を立ててやりましたので、これで罪滅ぼしとさせてもらいたいと思います。もちろん将来的には私どもも一緒に入りますので、ちょうどいい買物でございました。 あ、皆様、くれぐれも私のように誰かを殺そうなどと思わないで下さいませ。まったく「殺人」とは大変に気を使うものです。数多くの古今東西のプロの殺人テクニックを勉強いたしましたが、すべてを実行することはできませんでした。あの不肖のグータラムスコでも人間は頑丈なもので、ちょっとやそっとの毒ではなかなか殺せないものでございます。かくゆうこの私、「ムスコを殺す計画」を練るだけで二十四キロも痩せました。百貫デブ婦長と密かに患者さまたちに陰口を言われていた私ですが、今ではすっかりスーパーモデル並みにスリムです(ちょっとだけウソデス)。警察にバレずにこっそりとやるために、ありとあらゆる殺人方法を勉強しなければならなかったのですから。いいダイエット方法ですが、お薦めはいたしません。くれぐれも健康を害わないように、自重下さいませ。 あ、蛇足でございますが、先日「月刊メイブン」の本格ミステリー大賞短篇部門に、うちの主人が入選いたしました。機械の工作機械の専門知識を使った見事なトリックだと、審査員様に称賛されました。ムスコの「暗殺方法」を研究しているうちに、うちの平凡な主人も、トリック、殺人方法創作の天才になっていたようでございます。生きていた時は不肖のムスコでしたが、そのサブロウのおかげで家族全員がプロのミステリー作家になれたのでございました。人生山あり谷ありと申します。確かにうちも様々な不幸に見舞われましたが、終わり良ければすべて良しでございますね。バンザイ。 了