事務パートの帰りに、寄り道してお参り(笑)
というのがマイブームというより
もはやパターンになりつつあります
。
ふだんは最寄りの高津宮ですませるのですが、
この日は浮気して(笑)生国魂神社へ(^^)。
毎月8日の「蚤の市」や
恒例の薪能もぜひおじゃましてみたいものです
。
境内の天満宮で、いつも欠かさぬ(笑)娘の合格祈願の神頼み。
社殿にも廻って手をあわせてきました
が・・・、
本殿の内部では家族でご祈祷うけているかた(つつがなく大願成就なさいますように)
がいらっしゃいましたが
実入りをもとめて?
賽銭箱のまわりをうろついているホームレスらしき人もいて、
なんとも世知辛さを感じました
。
画像は、境内にある井原西鶴せんせいの坐像。
『好色五人女』『世間胸算用』
あたり、今一度読み返してみようかな
。

ここのところ、うちの庭にしょっちゅう猫ちゃんがくる
。
逃げる後ろ姿しかみたことがないけれど、渋茶色に黒っぽいまだら模様の
うすぎたない(失礼)猫ちゃん
。
どうせ来るなら、ばっちい猫ちゃんよりうつくしい猫ちゃんに来てほしいけど
、
まあそんなこといってもはじまらないか
。
いずれにせよ猫のひたい(笑)ほどのうちの庭を荒らすのは
けしからんけれど
、まあ猫ちゃん
がうろついていれば
ねずみさん
除けにはなるかも・・・といいほうにかんがえてみる
。
すると、今朝は意外にも(笑)
明るい茶系のまんざらでもないシマ猫ちゃんがきた
。
なにかいいことあればいいのだけど
。
高校ラグビー大会の東福岡、
大学選手権の帝京大学。
ともに3連覇達成しました。おめでとうございます!
もう遠い昔(笑)、破竹の同志社3連覇の時代を思い出します。
1985年。3連覇の最後の年、慶応大学と迎えた決勝戦。
同志社の強さよりも、慶応の必死の攻防が印象的でした。
同志社も思わぬ苦戦? にミスが多かったのか、慶応に多々与えたペナルティーゴールのチャンス。
いずれもほぼ正面からの、通常なら決めやすいゴールのはずが
天の采配か、王者・同志社との対決のプレッシャーのためか
連続でことごとく失敗。
PG直後のプレースキッカーのしかめっつらがとても強烈でした。懊悩がテレビで見てるこちらにまで伝わってくるような・・・。
大学選手権の、たぶん1週間後、当時は成人の日に開催された日本選手権。
こちらも序盤拮抗したゲームだったかと思いますが、この年V7を達成した
北の鉄人・新日鉄釜石。
与えられた特点のチャンスは必ず活かす、まさに職人芸。
難しい角度からのPGも、着実に決める釜石プレースキッカーの集中力、粘り強さに驚嘆するとともに、あらためて大学選手権決勝を思い出さずにいられませんでした。
(慶応が外した3つのPGのひとつでも成功していたら、慶応が優勝していたと思われる試合でした。)
・・・ノーサイド直前のPGを決めて優勝した帝京大学に、
おぼろげな(笑)古い記憶がよみがえりました。両校の選手にもすばらしいかけがえない記憶が生まれたことでしょう。
天理の果敢なラグビーは観ていて面白く、期待感にみちています。
来年は大躍進の年になるでしょうか。
関西勢も頑張って国立をわかせてほしいです(^-^)。
4半世紀以上前と比べて気になったのは、決勝であるにもかかわらず国立の観衆の少なさ・・・、これは協会にぜひ具体的な対策を考えていただきたいです。
ゲームメイク、技術、能力ともに過去より上昇しているはずなのですが・・・、
世界とも伍して行けるように、結果をださなくてはなりませんね。
(ワールドカップサッカーでのジャパン・ブルーへの期待感の高揚、
「涙空」 2010ワールドカップ 日本代表
フィギュアスケートで有望選手育成強化されているのも
評価に足る先人たちの結果が表れているから)
がんばれジャパン。

今回の全国高校ラグビー大会、大学選手権とも決勝戦を残すのみとなりました。
ともに3連覇のかかる帝京大、東福岡。
いずれも対戦校が関西勢なことも偶然の一致。
久々に関西から決勝進出した天理大学、
われらが地元(笑)東海大仰星、
どちらもがんばってほしいです。
準決勝のやはり大阪勢・対常翔学園戦をみて
東福岡のぶれない強さに舌を巻き、
これは3連覇に王手をかけたかと、内心ひるんで(笑)いますが・・・。
地元民としては仰星に勝ってほしいと祈るような気持ち。
くしくも5年前の決勝戦と同じカード、熱戦が予感されます。
その仰星に僅差で逃げ切られたベスト4、奈良・御所実業の
竹田祐将キャプテン。
「仰星さんには絶対優勝してほしいんで、
全力で応援します」
と試合後のコメントがさわやかで印象的でした。
竹田監督、すばらしい息子さんをおもちで、とてもうらやましい。
全国高等学校ラグビーフットボール大会テーマソング Aqua Timez「風に吹かれて」
呆然として、愕然とした。
ちんぷな表現でもうしわけないのですが、それしかいいようがない。
最新号のラグビーマガジン、この時期らしく高校ラグビー特集が組まれています。

以下抜粋(文字反転)。
高校物語2011冬
四日市農芸
人生の坂道。
どこよりも伸びる子どもたち。
誰よりも負けてきたから、挑める。
・・・昨年、下村監督には悲しい事があった。娘が遠くに行った。そして、2人の孫を失ったのだ。事件は広く報じられ、監督にも鋭い視線が向けられた。マスコミの容赦ない態度。
見知らぬ人から届く中傷の手紙やメール。学校を1ヶ月半、部の指導を2ヶ月近く休んだ同監督はその間、後悔と悲しみにまみれ、ただの一度も感じたことがなかった思いまで沸いた。
「もう、なにもかもやめたい。そう思ったんです」
いつも上を向いて坂道をのぼり、無名校を花園の常連に育て上げたのに、そのときは、くるりと後ろを向きたくなった。そうしてしまえば、そこは下り坂。転がり落ちていっても不思議じゃなかった。
重い日々を過ごし、久しぶりに学校に出た日のことだった。誰にも会いたくないな・・・と思いながら校内を歩いていると、廊下に面接練習の順番を待つ3年生の女子生徒たちがいた。事件のことを知らないわけがないのに、屈託のない笑顔で走り寄り、
「先生に面接の練習をしてもらいたかったです」と言った。
「そのとき思ったんです。知りもしない人たちの声ばかり気にしていたな、と。身近にいて応援してくれている人たちのことを忘れちゃいけないと、恥ずかしくなった」
監督は、以前から部員たちに言い続けてきた。目の前のことに全力で取り組もう、と。その言葉をあらためて自分に投げかけてみた。毎日毎日ラグビーとともに生き、我れを見つめる時間など忘れていたが、果たして自分はどうだったか。
練習時間と重なった校務を、面倒に感じていたかもしれない。テストの採点に追われたら、部員にろくな指示も出さず放っていたことも。
「もう一度、原点に戻ろうと。すべての生徒一人ひとりと、あるいはすべての事柄に対して真摯に向かい合おう。あらためてそう決めました。
僕自身がそんな気持ちに戻り、部員一人ひとりと深く関わりあった。
それも、シード校に選ばれる力をつけるのに繋がったかもしれません」
これまでの花園で、シード校を破ったり、慌てさせたりしてきた同部。
今回はそのアプローチがまったく逆になるが、監督は
「いつものチームと同じ気持ちにさせることが大切」
と気を引き締める。
このチームの人たちははラグビー坂、人生の坂と、平坦でない道でいろんなことを学び、成長している。そして今回はシード校として、頂点へと続く坂に立つ。鍛え上げた両脚で、思い切り芝を蹴りたい。。
なんとまあ・・・。
つっこみどころが多すぎて
というより全部がつっこみどころ、
よくまあ検閲もせず印刷したなと思うけど、
逆にこのかたがたの
というよりラグビー関係者の物の見方・考え方を
じつにストレートに述べておられる点で、
非常に貴重な資料ともいえる。
・・・沈黙して語らずにいれば、真意はわかりませんからね。
この号は永久保存版ですね(悪い意味で)。
もちろん、がんばっておられる部員・生徒の皆さんにはなんら落ち度はございません。
むしろ、幼い二人は別格としても
最大の被害者は生徒の皆さんだと感じます。
常識も責任の取りかたも良い悪いの区別もつかないまま、
ただ徹底して身内を庇う仲間意識だけを刷り込まれる
弊害に暗澹とせざるをえません。
・・・これぞまさしくone for all, all for one.
・・・って、冗談じゃないよ。
(本音と建前はあるにせよ)
部活動はあくまで教育の一環なわけですから。
学校関係者の大人が全員、どうかしてるとしかいいようがない。
従来の環境も推して知るべし(失礼)
なのかもしれないけれども、それでも
幼い子の命を奪う非道な殺人事件は
これまで学校始まって以来起こらなかったでしょうに。
しかも、なんで美談仕立てにしてるの?
悲しい出来事をのりこえてラグビーに邁進する先生! ? ! ?
娘が遠くに行った、ふたりの孫を失った
って・・・、
知らないものが読めば、まるで
事故で幼い子供たちが亡くなり、娘さんが再起不能の重傷を負ったみたいな書き方。
実際、この記事を書いたライターにとってはその程度の認識なのでしょうか。
学校の関係各位も、このまま事件自体をフェードアウトしてゆく
つもりかと見受けられます。
1年半近く経つけど、まだ裁判すら始まっていないのに。
記事を読むかぎり
結局、先生は何ら事件前と変わっておられないようにみえる。
「先生、できるだけ娘さんに会いにいってあげてください」
と言う人
が周囲にひとりでもいてくれればいいのだけど、残念ながら可能性はうすそうだ。
このような世間の声に、わずかにでも耳をかたむけてほしいと願うばかり。
数年前の記事、
わが子の非行まで自分を美化するツールにしてしまう
メンタリティーは当時も変わらない。
・・・いっぽう、もし彼女がお父さんが奉職する同じ学校に入学して
父娘で同じ目標にむけてがんばることができたら
現在と何かがちがっていたかも・・・と思えば切なくなる。
事件の概要は、ここ。