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カテゴリ:銀の月のものがたり
さすがに疲れて、トールは森の泉まで戻り、水を飲んだ。
泉の精が水底で意味ありげに笑っている。わざと波紋を立ててその顔を消し、彼は顔を洗った。 立ち上がったところで、敷地結界に誰かが入ったのがわかった。 ミカエルが手配してくれた教官にちがいないと思って歩を早め、荒地に着いてみるとうら若い女性がひとり。なんにもないなあ、という顔で荒地を見回していた。 「こんにちは。ミカエルから頼まれて来ました」 彼女は言ったが、トールはにわかに信じられない気分だった。 緑の少女の例もあり、女性だからといって弱いとはけして思わない。 ないのだが、ミカエルの紹介ということで、なんとなく男性と思い込んでいたものか・・・・・・彼女の服装が、ふわふわととても可愛らしいのものであったのも意外さの一因であったろう。 他意はないがつい不躾に見回してしまったらしく、彼女は気分を害したように腰の剣を抜き、顔の前にきらりと立てて言った。 「私が勝ったら術系の授業、タダで教えてくださいね」 「いや、そんなことしなくても普通にお教えしますよ」 慌ててトールも剣を構える。 そういえば彼女の気には覚えがある。戦闘教官をやっていたと聞いたことがあるが、以前会ったときはこの姿ではなかったから気づかなかったのだ。 「それにしてもあの・・・・・・その服、とても可愛らしいのですがなんとかなりませんか」 半分口の中で彼は言った。彼女の服はとても似合っているのだが、何かいじめをしているようで、たとえ隙をみつけたとしても何となく攻撃しづらいのであった。 すると彼女はなにやら動き、茶髪で緑の服になった。これが「教官バージョン」であるらしい。 「じゃ、いきましょーかー」 言って彼女は打ち込んできた。明るい口調とはうらはらに、その剣は鋭い。 さすが教官、と彼は声に出さず呟いた。しばらく受けていたのだが、 「ほらほら~。あんまり不真面目だと弾いちゃうぞっ…と~♪」 剣を飛ばされた。お見通しであるらしい。 では今度は、と力まかせに数度打ち込んでみる。彼女は絶妙の角度で自分の剣を突き出し、トールの斬撃をいなした。 「力はあるねー。あるに越したことないけど、使い方がちょっと違うぞ…っと」 また剣を飛ばされる。柔よく剛を制す。銀巫女と同じタイプだが、技量も経験も数段上、といったところか。 「そんなにガンガン打ち込むと、脇が甘くなるんだぞ~」 今度は光の弾丸が脇に数発飛んできた。 飛び下がったトールが魔法を唱えようとすると、彼女はにやりと笑って指を鳴らした。 「はいはい。常に周りを見ていて~。熱くなると周りが見えないよー」 書きながら移動していたらしい、魔法キャンセルの陣形が発動する。 術式が苦手だとか言っていなかったか? 短く舌打ちをし、ミカエルに半分騙された気分でトールが魔法陣を消しに急ぐと、銀色の剣を大きなロッドに作り替えた彼女が、ぶんぶんと手を振った。 「トールさーん。そーゆーわけなんでよろしくー」 まったく嫌味のなさに、トールの口元もつい微笑んだ。 大きなロッドに持ち替えた彼女は、しばし防戦にまわった。どうやら打ち込ませてくれるらしい。 だが同時に魔法も発動させようとすると、即座に消された。 「少し周りを見るようになったけど、陣形は分からないように作らないと消されちゃうよ」 光の矢が陣を切り裂いてゆく。では呪文ではどうかと唱えてみると、これもあっさり相殺された。 「略式にして判断力を削がないと、対応されちゃうぞ」 いちいちもっともな言葉なので、トールには反論の手段がない。 しばしただ打ち込んでいると、ふいに「トールさんは、なんで強くなりたいの?」と訊かれた。 「・・・・・・護りたいから」 小声でつぶやいたのであったが、撃ち合いをしながらも彼女の耳はきちんととらえていたらしい。 「そんなに強くなったら、守りたいものも壊れちゃうよ」 残念ながら、護りたいもののほうが私より強いんですよ。苦い笑いを噛み殺し、トールは斬撃を放った。 彼女はそれを受け止め、払いざまトールの剣を吹き飛ばした。 剣はもう、数え切れないくらい吹き飛ばされている。 隙を見て打ち込んだ刃が入る直前、大技で身体もろとも飛ばされたことも何度かあった。 なるほどミカエルの言うとおり、お互い退屈しないで対戦できるレベルということらしい。 剣を取りに行く彼の背中に声がかかった。 「ねぇ。なんで私がいろんなもん吹き飛ばすか分かる?」 トールはさすがに息切れしつつも、「私が弱いからでしょう」と答えた。 彼女は首を振った。 「違うよ。私、トールさんより力ないもの。 いろんな戦い方があると思うよ。 それ、トールさんに合った戦い方かな? 大体、力に頼ってたらロクな問題が起きないって分かってるじゃん。 見てよこの場所」 彼女はぐるりと荒地を見回した。 この荒地は、大規模な魔法実験などをする場合に他の生き物たちを脅かさずにすむよう、あえて最初からこの造りにしているのだが、彼女はたぶん、トールの心象風景としての荒地を言っているのだろうとわかった。 たしかにここだけ見たら、寒々しくなにもかも灰茶色に染まって、なんと寂しい風景だと思うだろう。 心配してくれているのがわかって彼が剣を下ろすと、教官は微笑んだ。 こういう時はこうするんだよ~、と、地面にカリカリと魔法陣を書く。 ピンク色の文字列が空に浮かび上がったかと思うと、大輪の花がいくつも降ってきた。 「こっちの方がいいって。あたしこっちの方が好き~」 彼女は花の山にダイブする。 トールはそれをぼんやりと眺めていた。 「手合わせしたくなったらいつでもやるから、無理はしちゃダメなんだよー」 花の香りに埋もれながら、にこにこと戦闘教官は言った。 **************** トール、こてんぱんです(笑) これでも教官によりますと、普通以上の腕前らしいんですけどね~ 想い人が強すぎて目立たないというwww 応援してくださってありがとうございます♪→ 3月10日(火) ロシアンレムリアンヒーリング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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