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カテゴリ:銀の月のものがたり
「ったく、よくやるよなあ。おかわり」
セラフィトが杯を置いた。はいはい、とトールが笑いながら琥珀色の液体を注ぐ。 天使エリアの一角にある小さなバーで、男二人は久しぶりに旧交を温めていた。 カウンターに片肘をついて、セラフィトは隣の人物をねめあげた。昔通りの銀髪が、穏やかな間接灯に照らされてほんのりと光を放っている。 「お前達のぶちあげた計画はよ、今まで誰もが思いつきながら、誰も手を出さなかった、そういう代物だぜ」 「そうかい?」 「ああ。お前はずっと転生してたから知らなかったろうがな」 グラスを傾けて唇を湿し、彼は続けた。 三次元の意思を尊重してあまり手を出してはいけないという大原則のため、トップダウンでは言えない。 中くらいの俺達は、どれだけの部署を巻き込んで大騒ぎになるか、想像がつきすぎるから言い出せない。 下の人間は、こんなことができたらいいね、でも無理だろう、で終わってしまう。 「そこへ、所属のはっきりしない、だが存在は周知されている緑の姫君が出てきて計画をぶちあげた。こんなぴったりの人材があるか?」 言いながらセラフィトはボトルをつかみ、旧友のグラスを満たした。 軽く掲げたその杯を飲もうとしたトールを横目で睨みつける。 「一部のグループだけの計画にするつもりはないんだろ、オルダス」 「ああ。もちろん私達だけでやろうなんて思っていないよ。この世界に住むすべての存在たちが、流れに乗ってなにがしかの動きを始めている。 私がしたいのは、その自然発生的な川の流れを補強し広げることなんだ。流れの発生自体は、こちらが音頭をとるようなものではないし、それぞれがそれぞれの役割と想いで紡いでゆけばいいものだと思う」 誰かがなにかにありがとうを言う。 誰かがどこかに真摯にお参りする。 誰かがなにかに、誰かに愛を贈る。 家族や友人達と、ただ楽しい時を過ごす。 好きなものを見て満ち足りた時を過ごす。 そうやって生まれる光が、時間とともに次第に周囲に溶け、薄くなってしまうことがないように。 それらをすくいあげ、基幹グリッドに共振させてなるべく長く響かせること。 それも無理に長引かせるのではなくて、そのものの力や美しさを引き出し、出し切れるような状態にもってゆくこと。 あらゆるパワースポットや艦隊を組んで作りあげる立体グリッド計画は表ではなく、裏地を補強するようなものだと彼は考えている。 主役はあくまでも、生きているすべての存在それぞれ。誰もが胸に抱いている暖かな想いや安らぎ。 皆が神社仏閣で仕事をするとは限らない。 それよりも、家族で行ってのんびりと過ごす、暖かな気持ちになる、笑顔をかわす、それだけでいい。 たくさんの小さな波紋がゆらめき響きあい、やがて流れ出すだろう綺麗なシンフォニーを聴いてみたい、とトールは思う。 友人をしばし眺めたセラフィトが尋ねた。 「……お前さ。もしもこの計画が頓挫したり失敗したりしたら、どうするつもりだ。可能性はあるぜ。これだけ大事になってきてるんだからな」 「そのときは、私が責任を取るさ」 さらりとトールは答える。 「下は? 知ってるのかそれを」 「もちろん承知の上だよ。下も一斉ヒーリングをずっと続けてきたから、流れるエネルギーは悪い物ではない、という確信がある。 でなければ総責任者なんて受けないよ。受けた以上は、今生で払いきれなければいつまでかかろうとも、現在指揮を執っている私がすべての責任を取る。当たり前だろう?」 穏やかな青灰色の瞳には、一片のゆらぎもない。 ……そりゃそうだけどよ、と呟いてセラフィトは杯をあおった。 トールの言っていることは正論だ。 ただし真正面からの正論すぎて、今まで誰もが尻込みしていた、そういう類の。 「まったくお前って奴はさ……変わらないよな。出世とか保身とか、ぜんぜん興味がないんだなあ、あいかわらず。なんか俺、馬鹿馬鹿しくなってきたぜ」 「ひどいな」 「いや……よくできてるよ。まったく、よくできてる。 所属のはっきりしない、だが存在感のある緑の姫君の発案を受けて、動くのがお前なんだよな。天使時代が出てきたのは最近で、いままでどこにも属してない、自らの保身なんぞ省みない、しかも能力も人望の点でもうってつけだ。エル・フィンみたいに、お前のために動きたいって奴がたくさんいる」 「エル・フィンにはずいぶん世話になってるよ。技術ではデセルが、実務ではエル・フィンがいてくれるからね。私の仕事はそれこそ、折衝と責任を取ること、くらいなのさ」 トールは微笑んだ。 いくら緑の少女の発案をかなえてやりたいと思ったところで、彼らの存在がなければ実際に動き出すことはできなかっただろうと思う。 彼ら二人は、トールにとってまさに両腕にも等しい存在であった。 「二人とも欲しいなあ。共有エリアに引き抜いていいか?」 「お断りだ。どちらも手放す気はないよ。彼ら自身が望むなら別だけどね」 「エル・フィンには振られてばかりだな」 「それはよかった。ご愁傷様」 軽口をたたきあい、にやりと視線をかわす。 どちらからともなく軽くグラスをあわせると、チン、といい音がした。 ************* >>【銀の月のものがたり】 目次1 ・ 目次 2 >>登場人物紹介(随時更新) 日蝕式典の話、どーーーーしても書けずにおりまして。 もしかして、この飲み話を抜かすなー!というセラフィトさんからの圧力だったのでしょうか 笑 式典は記憶がおぼろげ、てのも大きな理由のひとつですが orz この旅行が終わったらじわじわ書けるかしら~ コメントやメールにて、ご感想どうもありがとうございます! おひとりずつにお返事できず、本当に申し訳ございません。 どれも大切に嬉しく拝見しております♪ 続きを書く原動力になるので、ぜひぜひよろしくお願いいたします♪ 拍手がわりに→ webコンテンツ・ファンタジー小説部門に登録してみました♪→ 9/8 世界樹の一斉ヒーリング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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