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カテゴリ:銀の月のものがたり
心話にはすぐに慣れた。
アルディアスは到達領域がとても広い。こんな場所から届くのかしらと思うような距離でも、彼はリフィアの声をすべて拾ってくれた。 それが普通だと思っていたから、ツインだからといってどこでも声が届くというわけではないと知ったのは、かなり後になってからだ。 とはいえ二人とも仕事が忙しいから、心話は主に朝や夜に行われた。日中は仕事を優先して、細切れ時間が合えば、という感じだ。 アルディアスが中央に呼び戻されて同じ基地内勤務になったため、廊下ですれ違う程度ならば仕事中のほうが頻繁に会える。 (私、今日は残業だわ) 仕事の区切りにお茶を飲みながらの夕方、リフィアは呟いた。離れた司令部にいるはずのアルディアスから、すぐに返事がやってくる。 (そう。何時ごろ終わりそうだい?) (そうね……このままいけば21時頃かしら。あなたは?) (いつもの通り。家まで送るから、終わったら知らせて) (ありがとう) リフィアは持っていたマグで口元を隠すようにしながら微笑んだ。二人で会える時間は限られていて、ちょっとしたことがとても貴重だった。 アルディアスはたいてい夜遅いから、職務後にどこかでお茶を飲んだり食事する、なんてこともめったにできない。リフィアが残業のときにテラスハウスまで送ってもらうのは、むしろ嬉しい出来事のひとつだった。 仕事を終えた夜、街路樹の下を歩く二人を街灯と遠い星の光が照らしている。一人のときはバスやタクシーを使うこともあるが、アルディアスと一緒にいれば怖いことはないから、リフィアは時間のとれる歩きのほうが好きだった。 方向もほぼ一緒で、基地からアルディアスの官舎に向かう道を途中で右に折れ、少しゆくとリフィアの家になる。 寒空の下、腕を組んで二人は歩いていた。歩調がゆっくりなのは、早く家についてしまうのがもったいない気がするからだった。 とりとめのない会話の狭間で、そういえばね、と何かを思い出したようにアルディアスが笑う。 「同僚に聞かれたよ。『お前達つきあってるのか? いつ告白したんだ?』って。それが、何人もにこっそり聞かれるんだ。あれは賭けの対象にでもしてるな、きっと」 「賭け?」 「たぶんね」 賭けられていることに賭けてもいいくらいだ、と広い肩をすくめてみせる。 リフィアはくすくす笑った。 「でもそれ、答えようがないのじゃない? いつからなんて、私達にもわからないのに」 「うん、だから正直に、わからない、と答えておいたよ。きっと今頃彼らは頭を抱えているだろうな」 アルディアスはいたずらっぽい目をした。 とくに告白した、された、という瞬間はないと思う。 けれど一緒にいるのが自然だった。 いつのまにか、という表現がぴったりだ。 けれどなかなか会ったり端末で話す時間がとれないこともあり、ほとんどの会話は結局心話になってしまう。 基地内で実際に会って話すのは、せいぜい数分の立ち話程度だ。支援係として不自然ともいえないし、周りから見るとどうなっているやら、気になるところなのだろう。 「皆、自分以外をネタにするのは好きだものね。それだけ、あなたが皆に愛されてるってことだけど」 「君は何も言われない?」 「言われるわ。あなたの官舎の家具選びなんか、大変だったのよ」 リフィアは高い位置にあるアルディアスの顔を振り仰いだ。彼女の身長は平均くらいだが、長身の彼と並ぶと視線はちょうど胸あたりになる。 「…身内びいきは、良くないかなと思ったんだけど。 伯父様のファニチャーショップは、センスが良くて確かな物が多いから、そこで一括して揃えればいいわ~って思って、他のカタログは全部、見たいっていう人達に渡しちゃったのね」 すると、同僚達はきゃいきゃい騒ぎながら勝手にいくつもプランを組んでくれたのだ。 まさに夢見る乙女が選びました、という感じの、可愛らしくて癒されそうだけれど実用性がなさそうなもの。 センスは悪くないけれど、色が奇抜にすぎて落ち着かなさげなもの。 いっそのことノーコメントを通したくなるようなもの。 「みんな、自分のためには絶対選ばないようなプランニングしてくるんだから、新居の参考にしてとかって。私も遊ばれてるわ」 リフィアは大仰にため息をついた。 「新居?」 「そうよ。だってあの人たち……」 言いさしてリフィアは口をつぐんだ。 実際に彼を前にして、それまでからかいの言葉でしかなかった「新居」の意味がやけにリアルに感じられる。ぱっと顔を赤らめて彼女はうつむいた。 息が白くなるほど寒い冬の夜なのに、ほてった頬が熱い。 二人はなんとなく沈黙を続けたまま、プラタナスの並木道を歩いた。 テラスハウスの玄関内でしばし影を重ねたあと、おやすみ、とアルディアスは微笑んだ。 ひとり道を引き返しながら振り返ると、玄関の灯りを逆光にいつまでもリフィアがたたずんでいるのが見える。 (早く入らないと、冷えるよ) (わかってるけど) 答えてリフィアはドアを閉めると、今度はリビングの灯りをつけ、いそいで正面の窓のカーテンを開けた。南側に回り込んでいる道を歩く彼を見つけて手を振る。 手を振り返した長身の人の銀髪が完全に闇に溶けるまで、リフィアはずっと見送っていた。 ------- ◆【銀の月のものがたり】 道案内 ◆【第二部 陽の雫】 目次 ご感想コメントで、「次はプロポーズのお話でしょうかっ」と鼻息荒いのをいただいたのですがw ・・・すいません、そうは問屋が卸してくれなかったり(爆 なにしろ付き合うまでにも3年かかっておりますゆえ。 それにしても、書いてるときより読み直すときのがこっぱずかしいのはなぜでしょう^^; 先が思いやられるな… ← (1/7追記) えー、議論を呼んでますので(違)、こっそり追加してみました・・・。 鈍くはない、らしいです、リフィアさんによると。 本人達にはデフォルト&こっぱずかしすぎて省いていたという 爆 拍手がわりに→ webコンテンツ・ファンタジー小説部門に登録してみました♪→ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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