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テーマ:小説日記(233)
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僕と彼女が付き合っていたとき、僕たちは不器用なセックスをすることが多かった。「不器用」という意味を説明するのは難しいのだが、ベッドの上で体を触りあったり、いろんなところにキスしあったりするうちに、いつの間にかそれらの行為がちぐはぐになってしまっているのだ。なんとかそのズレを直そうとしても、かけちがえたボタンと同じで、行為をつづけながらズレを修正することはできない。
そういう時はだいたい途中でセックスをやめ、ふっとんを引っ張り上げて裸のまま抱きあって寝た。そして、枕元で彼女が僕にたくさんの話をした。彼女はセックスよりもそうやって話をするほうが好きなようだった。彼女は僕の耳元でしゃべりながらだんだんと声が小さくなっていって、まるでひそひそ話をするような格好で僕に話をした。僕は彼女のかすかな声が聞き取れるように、彼女を抱き寄せて静かに彼女の声に耳を傾けた。彼女が話す言葉は僕の心にひとつひとつ、雪のように静かに降り積もっていった。その雪はまだ僕の心に積もっている。幸福な時間の思い出だ。 彼女は精神的にとても不安定な人だった。彼女は僕の前でよく泣いた。初めて彼女が泣いたとき、僕はすごく戸惑って、何かつらいことがあったの、と訊いた。彼女は涙を流しながら、 「なんでもないの。自分でもよくわからないの」と僕に言った。「なぜかはわからないけどすごく哀しいの」 僕の視線の先で、彼女の小さな肩が震えていた。その時の僕は彼女の肩を抱くこともできず、ただ彼女から目をそらさないことだけで精一杯だった。 彼女が突然泣き出すのは僕の部屋にいる時が多かった。そういう場合、僕は牛乳を鍋に入れて温め、二人分のココアを作ることにした。ココアを飲んで、しばらくして彼女が落ち着くこともあったし、泣きつづけることもあった。ただ、一緒にココアを飲むことで、僕たちは同じ時間を共有しているのだと僕は感じることができた。彼女がどう感じていたかはわからない。 僕たちが恋人同士でなくなってから、彼女は僕の前で泣かなくなった。また、僕たちのセックスも不器用なものではなくなった。きっと僕たちの間に距離が生まれたからだろう。会話をしている時も、セックスの時も、僕たちはどこかに適当な落としどころを見つけるようになった。 僕と彼女の関係を変えたのは間違いなく彼だ。まずは彼の話をしようと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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