あすま理彩 『君知るや運命の恋』 不本意な『ツンデレ』。
…切ないです。現状と実情の不本意なギャップを決して世間には見せずに健気に生きていく中で、唯一の励みの原動力となる同級生の存在に望まず翻弄される事になり、自分を殺してまで助けようと奔走するのですが…。 あすま理彩/著 如月弘鷹/挿絵『君知るや運命の恋』 ('05年 全1巻) 文庫版 白泉社 花丸文庫/出版社・シリーズ 大好きな如月さんの挿絵が昭和初期の時代を美しく描かれています。もともと大正・昭和初期の映像を観るのが好きなのですが、カラーで空想出来てしまうのが嬉しい美しさです。 昭和初期、世界恐慌の数年前。華族制度が色濃く反映する時代に樋之口侯爵家の次男として生まれた奈津は、樋之口家と同じ業界で凌ぎを削り合う、いわば仇敵の新興の貿易会社の子息、日高眞一郎と同じクラスではあったが、同級生と比べて背が高く、心から信頼と尊敬する気持ちを集める日高の周りには『平民の俺たちとは違う華族様』と奈津を冷たく見る取り巻きの口さがない噂で閉ざされ、相容れない存在となっていた。特権階級など邪魔なものでしかない奈津は、同級生たちの聞こえよがしな言葉にも綺麗な顔を歪めることなく、真っ直ぐに前を向く凛とした表情は美しく、近づきがたい印象をどうしても与えてしまう。奈津は唯一の人の言葉を除いて傷付きはしない、それは…。 家に帰ると、先代が女中に手をつけて産ませた子供の奈津には、使用人以上にきつい家事や雑用が待ち構えていた。由緒正しい血筋の正妻と兄である憲和の悋気に遭い、徹底的に苛め抜かれて疎んじられ、働かなければ食事すら満足にもらえない生活。その上、今や家督を継いだ憲和に、来春高等学校を卒業する区切りに独立を申し出た奈津に『お前は一生ここで飼われていればいい』と、一生家を出る事も、自由を求めて働く事も許さないと言い渡されていた。 夏前のある日、樋之口家と港湾建設の受注を競い合っていた日高側が、樋之口家の社会的に許されない黒い手口を潰そうとして動いていたその計画が漏れ、父の会社を優秀な手腕で手伝い始めた日高が父の会社から家へ帰る途中に不意打ちをくらい、目を潰す薬を掛けられながらも抵抗した日高を動けなくなるまで徹底的に暴行してから誘拐し、脅迫によって今の仕事から手を引くように仕向けられようとしていた。樋之口家の地下の座敷牢で意識を取り戻した日高は、真っ暗な闇の中で『書類に署名をすれば出してやる』と脅されるも断り、そのまま音をあげるまで放置される事となった。 いつもと違う家の慌しさに、倉の前に普段そこにいない門番がいることに嫌な予感を覚えた奈津は、憲和に怯えながらも倉の中に誰が居るのか尋ね、『お前の大事な友達だよ』と言われてざっと血の気が引いた。手に入れた玩具を嬲る楽しみを見付けてさも愉しそうに笑う憲和に『…嬲り殺される』と感じた奈津は、そういった類に罪悪感を感じない人種の彼に『殺さないで』と自らすがり付いて懇願し、『まだ留める必要があるなら、食事や水を運ぶ役目を任せてもらえませんか?』と。『懐柔しろ』とあっさり許可を下す憲和の思惑も気付かず、奈津は囚われの身となり酷い暴行に傷つき、目も見えなくなっている日高の介抱を献身的に…目が見えないからこそ素直な態度で日高と向き合える事となった。 一方、日高は敵の屋敷で丁寧に傷口を清め、見えない目を気遣って手当てをしてくれるその労りのひたすらにやさしげな手のひらに戸惑いつつ、一瞬声が似通っているかに思えた奈津の声を思い浮かべたが、学校での硬質で強張っていて冷ややかな声と違い、優しげで柔らかな表情を浮かべる普段の奈津の素の声音と口調のあまりの違いと、普段の水仕事で酷く荒れている奈津の掌の感触に『この家の使用人か?』と尋ねた日高の問に肯定が返って来た為に、献身的な介護をしてくれるその人物が奈津だとは、最後まで気付く事は無かった。奈津に牢から逃がしてもらい一緒に逃げようと言う日高の真っ直ぐな言葉に、本当の事を言えない罪悪感から『…さよなら』の言葉を落として駆け出し、そのまま奈津が立ち去ってしまうまで…。 日高はこの後直ぐに英国へ留学してしまい、奈津の前から姿を消す事となります。直前に恩人を探していて最後に別れた川原で偶然出逢った奈津と言葉を交わしますが、何も答えない奈津に更に誤解を生むことになり、気まずいまま別れ…5年後。大学を卒業して憲和の抱える会社の一つで働かざるを得ない奈津の前に、成長した日高が帰国して父の会社の実権を継いで社交場に姿を現したのですが、奈津は自分の事を全く語らないので誤解が混乱を招き、驚く急展開が待っています。奈津の苦悩がむっちゃ切ないのですよ…。●楽天ブックス● 君知るや運命の恋 ドラマCD 君知るや運命の恋