|
カテゴリ:教務(全般)
指導要領を増やすこと自体は反対ではないのであるが、今、カリキュラムよりも増やさなければならないのは「演習時間」であると思っている。 学校には定期試験があるので、そこで生徒たちはある程度インプット作業を行うが、それでも定着しきれていない。演習量不足は、塾で指導していると明らかである。
学力低下とは、いわば「演習量の低下」および「定着指導時間の減少」ではないかと思う。
話は変わるが、日本の教育・躾の中で、最も定着しており、ほとんど全ての生徒がこなすことが出来て、全国に浸透しているものは何であろうか。 私は「はさみの渡し方」であると思っている。 九九は、中学生でもあやしい生徒が多い。分数計算も出来ない子もいる。漢字は大人でも間違える。I・my・me・mineの表も覚えていない子はいる。どうも小学校と中学校の科目の中で、全ての日本人・生徒に浸透しているものは、ほとんどないようだ。 では、挨拶はどうか?これも出来ない子はたくさんいる。 トイレや道ばたや電車内のマナーは?これも出来ない子はたくさんいる。
しかし、相手にはさみを渡すとき、刃を相手側に向けながら渡す子はほとんどいない。はさみを渡す際に、自分の手で刃を握ってから渡すという習慣は、日本の教育・躾の中で完全に浸透しているように思える。 今まで「不良」「反抗期」と呼ばれる生徒もたくさん指導してきたが、どんな生徒もはさみを返却するときだけは、こちら側に刃を向けることはなかった。 それほど「はさみの渡し方」という躾は、この国に浸透している。 これは小さい頃から、幼稚園・保育園、学校、家庭で何度も繰り返され来たからだろう。何度も繰り返すうちに「定着した」のである。
それに対して、演習時間を増やさないまま、さらに厳しい部活動の時間・曜日も現状のまま指導要領を改訂し、カリキュラムを増やしていくと、「消化不良」の子がどんどん増えていくように思える。
消化不良とは、つまりは頭の中が「下痢」をしている状態である。 消化しきれず、頭の中がぐちゃぐちゃ。知識が固まらず、「頭を壊している」のだ。 それが今、日本中で起こっている。集団赤痢ではなく、「集団消化不良」だ。 この状態で、与える知識量を増やしても、下痢はおさまらないどころが、逆に進行していく。最悪の場合、「もらしてしまって」、いわゆる「右から入って左から出て行く」という現象が起こる。
いま必要なのは、「消化不良」になっている知識を、頭の中できちんと「固める」こと。
ただし、知識を固めたままにしておくと、今度は「便秘状態」になってしまい、なかなか外に出てこないことがある。 だから、知識を整理し、それを柔軟なものに変えていく必要がある。
消化不良で「下痢」している知識を固め、 次に外に出やすくなるように「便秘状態」の知識を柔らかくほぐしていくこと。 これが大切なのではないだろうか。 前者がインプットにあたり、後者がアウトプットにあたる。
インプットとアウトプットの作業時間を増やさずに、指導要領だけ改訂するのは大変危険に思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008/11/15 12:43:57 AM
[教務(全般)] カテゴリの最新記事
|