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今日、見掛けたある若い子が、こんなことを言っていた。
「マイミクが50人になった!」 友達に嬉しそうに話している。 そうか、そんなことが嬉しいのかと、 私はふと思った。 何が自分にとって嬉しいかと考えた時に、 私の喜ばしいことはそれではないような気がした。 自分の喜びって一体何だろうか。 それは例えば数値化することが難しい。 定量的に自分の喜びについて、計ったことがないから 数字の変化に疎いのかも知れない。 詰まる所、終わりがないのだ。 どの状態を維持したいのか、数字で計れない。 引いては欲深いのではないかと、 自らを疑う。 随分若い頃、この子と友達と同じくらいの歳の時に、 自分の衝動や欲求について、深く考察してみたことがあった。 当時の友人もやたらに喜ぶ人があったから 「何がそんなに嬉しいんだ?」 と聞いたことがあった。 にわかに彼は剣幕になって私に 「何か具体的な根拠がないと、 お前は喜べないのか? 根拠が分かったら、もっと嬉しくなるのか?」 そう諭されたことがあった。 その時、感じるに任せることの出来ない自分が、 とても小さく思えて悲しかった。 彼が言ったこと、今では良く分かる。 でも、知りたいと思う衝動を抑えられた例がないんだ。 ひょっとしたら、喜びの根源的なものを知りえた時、 喜ぶのかも知れないけど。 いくら探っても、何もないかも知れないとも、 この歳になって思うよ。 君が言った通りに、根拠がないところに 喜びも悲しみも生まれてるかも知れないなあ。 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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