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自己分析のひとつとして、"自分史"を作って、良い悪いを折れ線グラフにしてみるといいらしい。
マンガやアーティストが出てくるのは、自身に影響を与えていそうなので…。 【幼稚園】 セーラームーンにハマる。 夢は幼稚園の先生。 姉の真似をしてエレクトーンと習字を習い始める。 (しかし、姉が習っていたのはピアノだった。そしてエレクトーンはすぐに辞めてしまった。) この頃からカナヅチで、これから泳げるようになれる気がしていなかった。 一番付き合いの長い友人と出会う。 【小学校低学年】 友達の家に頻繁に行き来した。 勉強は姉が母に教わるのを一緒に聞いていたので、成績は良かった。 九九も授業で習う1年前にはだいたい覚えていた。 この辺りで軽いネグレクトにあう。 【小学校中学年】 初めてのイジメ。 そこで親友の裏切りにあう。 母の入院。 折り紙とあやとりにハマる。 初めて人を抹消したいと思う。 ポケモンの登場。 それをきっかけに漫画を描き始める。 クラブ活動が4年から開始。演劇部に入部。 (日常的に演技をしているのだから、簡単だろう、と…) この辺りでラルクに出会う。きっかけは母がハマったから。 ジャンヌの"シルビア"のPVを奈良テレビでやってた音楽番組"音楽交差点"で見たのもこの頃。 (しかし、フェンスを蹴飛ばした印象が強すぎて、他のところや曲は、ほとんど覚えていなかった。アーティスト名や曲名は、後程知ることとなる。多分ジャンヌで一番好きな歌。) この辺りから音楽番組をかたっぱしから見まくるようになる。 公文式に少し通う。 繰り上がりの計算やひっさんのコツを学び、国語ではたくさんの面白い短いお話に出会う。 【小学校高学年】 バスケを始めるが、朝練に参加するための早起きが苦になり、6年になるかどうか辺りで辞めた。 でも、バスケの楽しさに気付く。 クラブ活動は、5年は手芸部に、6年は漫画部に入部。 この辺りでハンターハンターに出会う。そしてハマる。 中古の本、CD屋巡りが趣味になる。 ラジオを聞くのも趣味に。 視力が落ちてきてメガネデビュー。 卒業前にアッチ方面(言ってしまえば"腐"。)と遭遇。軽くカルチャーショックを受ける。 のちにどっぷりハマることに。 母よりラルクにハマり、卒業式の前日に"REAL"を中古で買ったのは良い思い出。 【中学校】 美術部に入部。 オタクの素敵な先輩、同級生、そしてかわいい後輩に恵まれ、お絵描きしつつ楽しく過ごす。 この頃にポップンにハマる。 "テニス"にもハマる。 カラオケにも行き始める。 "Dry?"を初めて聞く。 林檎さんに出会う。 最終的に美術部の副部長になった。 中3が頭の良さのピークかと。 (あとは下っていくばかり。) 受験のために習字を辞める。 でも辞める寸前に草書(小筆ですが)に出会い、楽しさを実感する。 我が家にパソコンがくる。 姉の威を借りてイジメは受けなかった(と思っている)。 この頃姉へのコンプレックスが芽生える。 【高校】 結局姉と同じ高校に進学。 芸術選択は美術。 入学祝いに携帯をかってもらう。 保健体育のちょっと禿げた男の先生と同じ機種、同じ色で少し凹む。 (しかしまさかそれを大学2年まで持ち続けるとは思わなかった。。) 入学して数ヵ月後にコンタクトデビュー。 文芸部での輝かしい日々…それに尽きる。 3年くらいになると、クラスへの愛着はほとんどなかったため、半分部活のために通っていた。 授業を保健室でサボることも覚えた。 メンタル面でかなり落ち込んでいたと思う。 兼部してた書道部で草書を書き続ける。 やっぱ、先生が褒めて伸ばすタイプだったからか、すごくやりがいを感じて書きまくってた。 すごく伸び伸びと書けて楽しかった。 霧風ちゃんともう一人の友人と3人で書道教室に残っていた時を思い出す。 最終的に文芸部の部長に、書道部の副部長になった。 霧風ちゃんと出会い、文芸部の友達や生徒会の友達とも出会えたことが、高校生活の財産だと思ってる。 学校生活で仲の良い友達が一番多かった時期かと。 (量だけでなく質にも恵まれていた。) 素敵な先生とも出会えた。 霧風ちゃんのおかげでBUMPとジャンヌにハマる。 ポップンの妖怪バンドを愛でまくる。 私より頭のいい姉が国公立へ行けなかったので、目指すのを颯爽と諦める。 この頃、頑張ることに疲れ始めていた。 ネットへの進出。 ネット上の人と仲良くなる。 (チャットスペースやRS)ブログも開始する。 (当時は毎日書いてました。時々熱く長いものも…) 【大学】 文芸部でやっていたようなことを少し本格的にできそうで、今までの"国語"の授業に感じていた不満を解消させてくれそうな学部に入学。 進学校だったし、まだ働きたくなかったし、遊びたかったから進学。 "どうせなら面白そうなことを学びたい"と思って。 1年の最初、知り合いが誰もいなかったため、"友達は現地調達だ!"と、授業のたびに気の合いそうな、話ができそうな子に積極的に声をかけていった。 今でも仲良くしている子もいる。 部活もやりたかった。 "漫研"か"書道"か"美術"か迷った。 書道は家ではできないし、その頃は熱意がすごかったし、部員数の少なさにも惹かれて書道部に入部。 が、入部数が多くて一気に倍くらいの人数に。 一緒に入った友人以外に同じ学部の人はいなかった。 (そして今もいない。) 学園祭が終わると、いきなり役職が降りてきた。 予告はあったけど…役職のせいで部活が楽しめなくなった。 "高校の時とは違う" ただ書くだけで良かったのとは、違う。 先生も月に1回も来ないし、行事が多くてお金もかかった。 バイトも始めたけど、行事でまともに入れない時期があったり。 新入生勧誘とその後の学外展が終われば、辞めようと思っていた。 一緒に入った数名は、その地点で4人、辞めていた。 後輩に愛着がわいて、辞められなくなる。 何度も辞めたいと思うタイミングがあったが、結局"引退"の学園祭まで居座りそう。 色々失敗をした。 でも、尻拭いは他人がしていた。 迷惑をかけ続けていた。 そんなので私は成長できたのかな。 "先輩"にちゃんとなれてたのかな。 不安要素は山積み。 解決へ導こうともしない。 自ら動こうともしない。 …だから変わらない。 変われない。 気付くのが少し遅かったか、それともまだ間に合うか。 繋ぎ止めなければならない。 ふと、"子供"の役に立ちたい、と思った。 そもそも、この学部に来てから、"教育の在り方"を文章を用いて影ながら皮肉ってみたいと思っていたのもある。 最近親が子を殺したり、子が親を殺したりなんて事件もあるし、見ず知らずの人に子供が狙われるのも多い。 子供が外で遊ばなくなった原因の一つかもしれない。私が小学生のときは、もっと走り回って怒られたものだった…。 …他人の子に叱らなくなったからか? まずは親を叱らなきゃいかん状況か? …やりたいのはこういうことだけど、どういう形で実現させるかね…? 別に、小説にこだわる必要はない。 書けるならそれらを含ませて書いてみたいけど…。 エッセイでもいいし、本格的に論文っぽくしてみてもいいかもしれない。 言葉は力を持っている。 …それはときに、暴力と化すけれど。 変えられるなら、変えてみたいなぁ…世の中を。 妙な結論になったけど、また日を改めてもう少し自己分析と企業研究しようかな。。 この記事のトラックバックURL:
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