少年陰陽師 神無月に祝いの詞を 朗読ドラマ少年陰陽師 アニメ化記念イベント~神無月に祝いの詞を~朗読ドラマ「ただいま、彰子」 「お帰りなさい、昌浩。今日も一日お仕事お疲れ様。忙しかった?」 「ううん。今は特に大きな行事もないからね。来月の暦を書き写したり、書物の整理をしたり」 「ま、いつもの雑用係ってわけだ。早いところ見習い卒業できるよう精々頑張れよ、晴明の孫」 「孫言うな!!物の怪のもっくん!!」 「もっくん言うな!!」 「ふふふ。あ、そうだわ、昌浩。このかり衣破れていたところを繕っておいたの。お洗濯もして、ほら綺麗になったでしょ」 「あ、ありがとう。いつもごめん」 「気にしないで。それよりあんまり無茶はしないでね。破れた衣は繕えるけど体の方はそうはいかないもの」 「うん、気をつける」 「もうすぐ夕餉の時間よ。私、露樹さまのお手伝いをしてくるわね」 「いや~甲斐甲斐しいね。なぁ、昌浩や」 「な、何でそこで俺を見るんだよ」 「別に~。しかし彰子もここでの暮らしにすっかり慣れたようだな」 「だよな。彰子がこの家に来て、もう随分経つんだよな」 「六合、俺達が昼間陰陽寮に行ってる間も彰子はあんな感じなのか?」 「そうだな。露樹と市に買い物に出たり、家の中の仕事をしたり、それなりに忙しくしているようだが」 「姑との仲も円満、と…。これなら将来も安泰だねぇ~。な、晴明の孫や。…どうした?急に真面目な顔をして」 「いや、さ、俺、彰子にずっとお世話になりっぱなしだと思ってさ」 「ん?」 「だってさ、毎日毎日…『昌浩、これ新しい秋の衣装よ。こっちの夏服は片付けておくわね。昌浩、これ市で買ってきた焼き栗よ。今、皮を剥いてあげる。昌浩、夜回りご苦労様。夕餉の――を取っておいておむすびを作ったの。夜食に食べて』ってさ」 「ん~そういや、そうだな」 「彰子に貰った匂い袋だってどれだけ助けられたか分からないし、ホント彰子には感謝してもしきれないなって」 「彰子姫から貰った干し桃で急場を凌いだこともあったな」 「あ~そうだ。やっぱり何かお返ししたいよな」 「お返し、ね。日頃のお礼ってことで贈り物するとか?」 「それだ、もっくん!!」 「ほぁ!?」 「彰子にお礼の贈り物、ありがとうの気持ちを込めて」 「ほぉ~いいんじゃないか。彰子も喜ぶぞ。んで、何を贈るんだ?」 「ん~何がいいと思う?」 「おいおい、しっかりしてくれよ、晴明の孫」 「だから孫言うな!!…少年陰陽師TVアニメ化記念~神無月に祝いの詞を~」 「いらっしゃい、いらっしゃい、今朝届いたばかりの干し魚だよ。鰈に鯖、鰯に蛸、丹波の栗に、干し柿、杏子もあるよ」 「櫛に鏡、紅に白粉、見てってよ。唐渡りの最高級品だよ」 「あ~あれこれ悩むより実際に市を覘いて見る方が早いだろ」 「まぁね、ん~彰子の喜びそうな物って何だろ!?なぁ、六合」 「何だ?」 「彰子とよく市に来るんだろ?彰子が欲しがってた物とか何か知らない?」 「ん、特にはないな。いつも必要な物だけ買って、すぐに帰ることにしている。無駄遣いなど全く考えない性質らしい」 「お姫様育ちなのに関心だな~」 「ん~どうしようかな…」 「お、そこの育ち盛りの兄ちゃん、腹減ってないかい?するめに焼き栗、おやつにどうだ?」 「あ~えっと…今日は俺のものを買いに来たんじゃないんだ」 「ん~ってことはお使いか?それとも恋人への贈り物とか?」 「あ、恋人!?」 「憎いね、兄ちゃん。女の子向けならやっぱ甘い物だよ。干し柿、干し桃、干し杏子、お日さまの恵みた~っぷり。彼女のほっぺも落ちるってもんだ」 「ホントだ、美味しそう。杏子は彰子も好きだったよな…」 「ちょ、ちょっと待った!!あめぇぜ、食い物なんてよ。食べたらそれでおしまいじゃないか」 「な、な、な、な、何だと!?」 「女に贈るならやっぱこっちだぜ、兄ちゃん。黄楊の櫛に螺鈿の鏡!!心を蕩かす漆の艶…」 「はぁ…綺麗…。あ、そっか。やっぱり女の子こういうのがすきなのか」 「待て待てぇい!!そんな安物の金ぴか細工贈っても兄ちゃんの男が下がるってもんだぜ」 「何!?」 「『あの人、こんな安物くれるなんて私のことも安く扱ってるってことね、酷いわ~』ってなもんよ。やっぱ甘い物でも一緒に分け合って食ってだな、『美味しいね』『ええ、美味しいわ』ってまったり幸せを噛み締めるのがのが…」 「け!!貧乏くせぇ!!贈り物の王道はよ、こういうキラ~ンとして可愛い物って決まってるんだよ」 「何だと!?」 「何だよ!!」 「あ~あのあのおじさん達、凄く面白いけど喧嘩はしないで。も、もっくん、どうしよう?どっちを選んだらいいと思う?」 「ん~確かに食べ物は肩肘張らなくていいとは思うが、食べてしまったらそれで終わりだ」 「ん~やっぱりちゃんと形に残る物の方がいいよね…」 「しかし、櫛や鏡になるとな…。彰子はお姫様育ちで最高級の品に囲まれて育ってきた。こんな市如きで買える代物じゃ正直相当見劣りするだろうな…」 「だよね…。そもそも俺の予算じゃそんなに高い物は買えっこないし…」 「昌浩に貰った物ならば安物でも彰子姫は気にしないと思うのだが」 「甘いな、六合。これは男としての面子の問題なんだ」 「そういうものか…」 「そういうもんだ」 「あ~ホントにどうしよう」 「あ、やっぱこう時々取り出して眺めてたな。『これはあの時、昌浩がくれた物なのよね。昌浩ったら、フフフ』ってな。く~っと女心を擽るような品を」 「だjから、それってどんなんだよ。あ~どうしよう…。これ、なんか違うしな…あ、これ、これ!?ありかな…いや、違う、違う…違うな…。こっちも…」 「しっかしな…」 《昌浩の奴も大切に思う相手に贈る品を悩むようなそんな年頃になったということか…。まったく、時の経つのは早いものだ。ついこの間までよちよち歩きの赤ん坊だったのに…》 「ん!?何だよ、もっくん。何にやにや見てるんだ?」 「別に~。それよりほれ、結局どうするんだ?」 「待ってよ。今、考えてるんだから」 《あの騰蛇がこうまで変わるものとはな…。》 「昌浩、お帰りなさい。ってどうしたの?」 「ん…ちょっと…一日歩き詰めで…」 「結局な~んも見つからず骨折り損のくたびれもうけ。無駄な運動してしまったぜ」 「だ、大丈夫!?」 「問題はない。目論見が徒労に終わったので疲れているだけだ」 「そう…大変だったのね、昌浩。それもやっぱりお仕事なの?」 「あ、ううん…仕事ってんじゃないんだけどさ…ちょっと…」 「ちょっと?」 「ええっと…その…色々ね、彰子が心配するような程のことじゃないからさ」 「そうそう。だから気にすんな」 「そうね…。陰陽師のお仕事のこととか、私がいいたらいけない話とかあるのよね」 「あ…そういうんじゃないんだけど…」 「ううん、いいの。ごめんなさい、余計なことを聞いて。私もお部屋に戻るから昌浩はゆっくり体を休めてね」 「あ…あ~彰子にかえって余計な心配までかけてるし」 「不甲斐ないな…、晴明の孫や」 「孫言うな!!ん~。ね、もっくん、六合も」 「何だ?」 「ん?」 「俺、ホントどうしたらいいと思う?何をあげたら彰子は一番喜んでくれるのかな?」 「だからさっきから言ってるだろ。女心をこうキュ~ンと揺さぶる…」 「真面目な話!!」 「あのな。お前はそもそもどうして彰子に贈り物をしようと思ったんだ?」 「どうしてって…」 「常日頃お世話になった感謝の気持ちを伝えたいんだろ?だったら一番大切なのはお前の気持ちだ」 「俺の気持ち…」 「何を贈るか品物の問題じゃない。お前の心を贈るんだ。物はその気持ちを伝える手段でしかないんだぞ」 「それは分かってる…分かってるけどさ、じゃあ具体的にはどうすればいいんだよ」 「な!?お前…それは自分で考えなきゃ意味ないだろうが」 「あ~結局はそこに戻るのか…」 「ま、精々悩め悩め。それも一つの醍醐味ってやつだ」 「ったくじゃあ、そういうもっくんはどうなんだよ。もっくんも六合も誰かに贈り物したり貰ったりして嬉しかったことってある?」 「ん…んっと…言われるとな…」 「俺達は十二神将だ。物は贈りあうような習慣はないな」 「天一と朱雀はしょっちゅうやり取りをしているみたいだぞ」 「あれと一緒にしないでくれ」 「な~んだ。じゃあ、もっくん達だって俺と一緒なんじゃん。散々、俺のことからかってくれちゃってさ。あ~ホントどうしよっかな…」 「贈り物、な…。実際戦いばかりであまり縁はなかったが、旦那そっちはどうなんだ?その胸の勾玉か…」 「そう、だな…」 「すまん。余計なこと聞いた。贈り物、か…」 「一つだけないわけではない。俺が貰った唯一にして最高の贈り物、それはこの紅蓮の名前。冷たい闇の中にいた俺を光射す場所へと連れ出してくれた優しい呪文。晴明が作り、昌浩が贈ってくれた俺の至宝だ。日毎何気なく呼ばれるその度に俺の心へと届けられる最高の贈り物…。昌浩、お前はそうと知ることもない。けれど俺は精一杯の感謝を込めてお前に贈り返す。昌浩という名を呼び返す。その名もまたかけがえのない唯一無二の至宝なのだから」 「贈り物…俺の贈った唯一の至宝たる名はお前に届いたのだろうか。それは遠い道を行くお前の救いになったのだろうか。俺には分からない。ただ俺はこの手元に残された形見を生涯胸に抱くと誓おう。それは何もしてやることのできなかったお前に対する俺の償いだ。だから、今は安らかに眠れ、風音…」 「決めた!!」 「昌浩、どうした?」 「今からちょっと貴船に行ってくる」 「貴船!?」 「昌浩?あら、もっくんもいないのね。六合だけお留守番?」 「そんなところだ」 「こんな時間から昌浩は夜回り?」 「そんなところだ」 「大変…昌浩、体を壊さないといいけど…。まさか、何か悪いものが都に現れたの!?」 「いや、そういうことではない」 「そう…ならいいけど…」 「そう浮かない顔をするな」 「ご、ごめんなさい…」 「昌浩が出かけたのは本当に危険なことではない。だから心配するようなことは何もない」 「ええ、ありがとう、六合」 「夜風が結構冷えるな~。山の秋は身に染みるぜ~」 「車之輔、いつもホントにありがとう。帰りも頼めるかな?」 「勿論でございます。ご主人のお帰りになられるまでこの車之輔いつまでもお待ち申し上げますとも。こうしてご主人と一緒に過ごせるだけで本当に本当に幸せなのです」 「ん…あ!?あ…車之輔、何だって!?」 「ちゃんと待ってるってさ」 「い、式神さま、それは些か、些か枝折りすぎではありませんか?どうかきちんと気持ちをご主人に伝えてください…」 「あ~あ、分かった分かった」 「本当に嬉しいのです。ご主人の式に暮らさせていただいたことを。これ以上望むべくもない…最高の贈り物を頂いたような気持ちなのですよ…ぅ…」 「何だよ?二人で何話してるんだ?」 「車之輔の奴、お前の式でいられて嬉しいってさ。愛される主人で良かったな、昌浩や」 「そっか。こっちこそこれからもよろしくな、車之輔」 「ところで昌浩や、何故にいきなり貴船に来たのか俺はまだ理由を聞いてないんだがな。俺の記憶が確かならば俺達は彰子への贈り物を探していたはずなんだがな…。それでどうして貴船が出てくるんだろうな?まさか…いくらなんでもそんなことないだろと思いつつも一応念のために聞くがな、よもや今、この貴船で蛍を捕らえて持ち帰れないかなとか、そんな愚かなことを考えたわけじゃないだろうな!?」 「にゃ!?」 「昌浩や」 「んん…えへへ…」 「あのな!!今は神無月だぞ!!秋!!蛍どころか鈴虫が鳴いとるぞ!!聞けよ、この秋の虫の大合唱!!」 「分かってるよ。俺だって本気で蛍が残ってるなんて考えてない」 「じゃあ何で来たんだ?」 「思ってないけど…万が一、偶然根性のある奴が何かの間違いで一匹くらいなんてことも…」 「ない!!」 「決め付けるなよ!!」 「決め付けざるを得ないだろ!!お前な、頭を冷やして考えろよ。感じないのか?この身に染みる肌寒さを。貴船は都より秋冬の訪れが早いんだぞ!!」 「分かってるよ…。でもさ、今年の夏も色々で蛍の約束は足せなかったし、もしかしたらってさ…」 「蛍どころか紅葉の季節が来てるってぇの」 「ん…」 「ふぅ…その心意気はよ~く分かるがな、今年はもう諦めろ、な?さ、気が済んだんならとっとと帰るぞ。こんな寒いところにいたんじゃ風邪をひく」 「待てよ…紅葉…紅葉…そうだ、その手があったじゃないか」 「駄目ね、私…こんなんじゃ。もっくんにもいつも言われてるのに。安倍家の女になるならもっとどっしり構えて何があっても動じない覚悟を持てって」 「この家で暮らすの大変?」 「そんなことないわ。毎日とっても楽しいもの。昌浩がいて、もっくんがいて、晴明さまや義昌さま、露樹さま、皆優しくしてくださって」 「家族と離れて寂しくはないか?」 「ええ。本当はね、全然寂しくないって言ったらそれはやっぱり嘘になるわ。だけどそれ以上に私は沢山の物を貰ったからこの家にいられるだけで私は幸せなの」 「ん…」 「六合、どうかしたの?何か聞きたそうな顔をしてる」 「そうだな。聞こうと思っていたが、その前に答えが出てしまった」 「なぁに?それ」 「この家での生活の不満や欲しい物は特に無い、そういうことだな?」 「ええ。でも一つだけ…」 「何だ?昌浩と同じ風景を見たいなって。無理なことだって分かってはいるの。けれど、昌浩が色んな所へ行くでしょ。私もいつか一緒に行きたい。一緒に同じ風景を見てみたいの。空や風や森や川、同じ景色の中で同じものを見て触れ合えたらいいなって」 「見せてやりたい。俺が何気なく見たり触れたりしているもの。春には花、夏の蛍、秋の紅葉、冬の雪、彰子は何も知らない。小さな頃から屋敷の外に出ることなく育って、生涯消えない呪詛を受けて、安倍の家から離れることもできなくなった。だからせめて届けてやりたい。外の世界で俺が見ているもの、その欠片一つだけでも…。もうちょっとこっちの枝の先なら葉っぱも色づき始めて…」 「大丈夫か?昌浩。そんな先まで登ったら枝が折れるんじゃないか?」 「平気平気。俺、小っちゃい頃から木登り得意だったし」 「それでこっちがどれだけはらはらさせられたことか」 「あ、もっくん、何か言った?」 「何も!!あのな、今はまだ神無月なんだぜ。いくら貴船は秋が早いからって紅葉が色づくのはもう少し先だと思うんだがな」 「さっきと言ってることが違うぞ。俺は貴船の秋を信じる。薄っすらでも色が変わり始めてる葉っぱが一枚くらい…」 「ない!!」 「ある!!絶対見つけて…あ、あった!!」 「何!?」 「あの、枝先。ちょっとだけど色が…。ようし。もうちょっと届け…」 「おい昌浩、無茶すんな」 「届いたっと…うわぁ!!」 「昌浩!!大丈夫か?昌浩」 「痛っ…」 「全く無茶しやがって。木登りが得意だなんてぬかすなら枝の強さくらいしっかり見極めろ、晴明の孫よ」 「孫言うな!!けど助けてくれてありがとう、紅蓮」 「で、紅葉は?」 「ばっちり。ほら!!」 「ほぅ、確かに一枚だけだが色づき始めている。執念の勝利だな」 「ようし、早速彰子にこれを…」 「まぁ、待て。どうせ贈り物にするならただ渡すんじゃなくて一工夫加えてみろ」 「一工夫?」 「あら、何かしら?扉の下に和紙に包まれた…これは文?まぁ、紅葉。薄っすらと色づいてとっても綺麗」 「添え書きが付いているようだが」 「えっと…『彰子へ。いつも色々ありがとう。感謝の気持ちを込めて少し早い秋の印、貴船の紅葉を贈ります』昌浩…」 「ん…」 「六合、どうしたの?」 「良かった、彰子喜んでくれたみたい」 「六合の奴、気づいた。やばい!!こっち来る!!」 「え!?」 「「ぐわぁぁ!!」」 「昌浩…もっくんも…」 「あ、彰子…。ふははは…」 「六合、お前な…」 「覗き見とは関心しないが」 「喧しい!!折角俺が直接顔を現さずに文だけ届ける奥ゆかしさを演出してやろうと思ったのによ!!」 「昌浩、ありがとう。急に出かけたのはこれを取ってくるためだったのね」 「う、うん…。喜んでもらえたのなら良かったよ」 「紅葉も凄く嬉しかったけど、もっと嬉しかったのはこの文」 「文?」 「昌浩から文貰ったの、初めてだったから」 「あ…そういえば…」 「お前、字が下手くそだからな。彰子から文貰っても恥ずかしいっていつも返事書かず仕舞いだったもんな」 「う…改めて見ると俺の字ホントに下手くそだよな」 「そんなの関係ないわ!!昌浩が私のために文を書いてくれた…その気持ちがとっても嬉しいの」 「彰子…」 「文も紅葉も宝物にするわ。本当にありがとう、昌浩」 「うん」 「うん」 「うん」 「幸せそうな顔しやがって、まぁ」 「もっくん、俺分かった気がする」 「ん?」 「贈り物に一番大切なこと。品物じゃなくてそこに込められた気持ちなんだよな、やっぱり」 「だから俺が最初っからそう言っただろ、晴明の孫」 「孫言うな!!もう、もっくん」 完 |