おおきく振りかぶって 第12話おおきく振りかぶって第12話 応援団 『小2の秋、ギシギシ荘から大きな家に引越しして小学校も転校した』 《今日も友達できなかったな…。ギシギシ荘に帰れば…ギシギシ荘に帰れば…ぅ…俺にも一緒に野球する友達いるんだ…ぅ…》 ギシギシ荘から引っ越した三橋は、転校先の小学校でなかなか友達が出来ず、一緒に野球ができる友達がいるギシギシ荘を思い出しては涙ぐんでいた。 『三橋は球拾い上手だな。お前入ってからボール探す時間すっごく短くなったぞ。グローブあればもっと上手くなるぞ』 『グローブ、持ってない…』 『これ、使っていいよ。小っちゃくなったから新しいの買ってもらったんだ。だから、それ三橋にやるよ』 『ハマちゃん…』 ハマちゃんから古いグローブをもらった三橋は笑顔になる。 『ハマちゃん!!』 目覚ましが鳴って朝の4時に目覚める三橋は小学生の頃の夢を見ていた。 《小学生の夢…。は、浜田君はハマちゃんだった。浜田君がハマちゃんだったんだ!!》 そのギシギシ荘にいた幼馴染のハマちゃんが、実は西浦高校で三橋と同じクラスの浜田君だということが分かる。 早朝、あくびをしながら浜田は学校に向かっていた。 『浜田、応援団って凄く大事なんだよ。援団やるなら、一度朝練に参加してくれるかい?』 シガポにそう言われて、早朝グラウンドにやって来た浜田。 《…と言われてきたのはいいけど…》 あくびが止まらない浜田。 「ちわっす!!おぅ、浜田。来たな」 「お、おぅ」 「ちわっ。あ、昨日の人だ。朝練、参加するんだってね」 「あ、いや、ちょっとごめん…」 「帰んの?」 もう一度、入り口に戻って大きな声で挨拶する浜田。 「ちわっ!!」 「何やってんの?」 「だって、お前らちゃんとやってるんだもん」 「おぉ、浜田って人?」 「あ、花井だ」 「うぇ!?え、知ってんの?」 三橋はボールを磨きながら、時々視線を浜田達の方に向ける。 「バッカ、俺、応援団作ろうって人間だぜ?名前くらい知ってるっつうの」 《ハマちゃん…》 三橋の隣でボールを磨いている阿部は、ソワソワしている三橋にイラついて、引っ張っていく。 「気になるなら挨拶に行けよ!!」 三橋は浜田の背中にぶつかってしまう。 「ど、どうした?三橋」 「は、浜田君…」 「え、気持ち悪ぃな。ハマちゃんでいいよ」 「ハマちゃぁぁん。なつ…なつ…懐かし…」 「何だよ、今更。教室で毎日会ってんじゃねーか。ちーっとも気づかねーでさ」 「だって、俺…ハマちゃんは何でか1個上だと思ってたんだよ」 三橋はなぜかハマちゃんがひとつ年上だと思い込んでいたと言う。 「は?上だけど?」 「「えぇ!?」」 「はは、そっか、知らねえか。学校中に知られてる気がしてんのは自意識過剰だよな、ハハハ…」 「留年?」 「おぅ」 「病気?怪我?馬鹿?」 「最後のヤツ」 「何だ、馬鹿か。俺達は気をつけような、三橋!!」 「洒落になんねーな…」 「せ、先輩に向かって…」 「は、ハマちゃん、俺…俺はハマちゃんとした野球が面白くて…あ、新しい学校には野球してる人いなくて…」 隠れて聞いていた泉、沖、巣山は友達できなかったんだと泣いています。 「ギシギシ荘まで行ったことあるんだよ」 「へぇ、知らなかったな。いつ頃?」 「ギシギシ荘はなくなってたよ。だから…俺は一人で投げてたけど…ハマちゃんは?」 「え?」 「時間だよ、集合しよう。今日も瞑想から始めるよ。浜田、ワケ分かんないだろうけど一緒にやってみてくれ」 「あ、はい」 「この前はリラックスと集中は同じって話をしたんだったよね。緊張している時、意識的にリラックスするのは凄く難しそうだろ?だけど、実は君らもう自分の意志でリラックスすることができるんだよ。君らは一ヶ月間体感瞑想して、皆で輪になってゆっくり5分かければ手が温かくなるようになった。手が温かいってのはリラックスしている証拠。つまり、君らは5分かければ意識的にリラックスできるんだ」 「今の話聞いてて思ったんですけど」 「何かな?」 「あ、リラックスできたのはいいんですけど5分もじかんかかったら意味ないんじゃ…?」 「いいところに気がついたね。そう、5分もかかっちゃ実用的じゃない。リラックスは反射で出来ないと意味がないんだ。さぁて、どうすりゃいいんだろ?」 「…っとリラックスは条件付けできるって言ってましたよね?」 「うん」 「いや…流石に無理か」 「ほぉら、言って言って。言わない意見はないよ」 「うーんとですね…俺が考えたのはピンチの状況とリラックスを条件づけられないかってことです」 「おぉ!?」 「いや、その…流石に無理っすね」 「いや~花井の発想力はスゴイね。確かにちょっと不自然な感じするだろうけど、条件付けってそういうもんなんだ」 シガポに褒められた花井は口を◇にして頬も赤くなっています。 「一回整理しようか」 何を言っているのか理解できない浜田は泉の後ろでフラフラです。 「梅干食べれば唾液が出る。これは身体が元々持ってる反射だ」 「全然分かんないよ…」 「後で解説してやっから」 「ありがとう…」 「では、梅干を食べる時、必ず鈴を鳴らすようにしたらどうなるか。一週間続けると、鈴の音を聞くだけで唾液が出るようになる。つまり条件付けは一見何の関係もないもの同士でも起こるところがミソなんだ」 「あの…その理屈でいくと、ピンチとガチガチは条件付けされてないっすかね?だから、えーっと…野球のピンチに手足がガチガチになるのは生まれつきのもんじゃない、でしょ?」 「成程、確かに生まれ持ってる反射じゃないね。つまり、条件付けのぬり直しはできるのかって質問だね?」 「…まぁ…そうかな…」 「結論だけ言えばできるよ。例えば、マラソンランナーなら一番苦しい35km付近の風景とリラックスを条件付けるって具合だ。但し、唾液の条件付けよりリラックスの条件付けの方が難しい。何でだと思う?」 「それなら分かる。リラックスには梅干みたいなアイテムがないからだ」 「その通り。今までの一ヶ月の瞑想で君達はそのアイテム作りをしてたんだ。梅干みたいな強烈なヤツは無理だけど手を繋いで5分っていうアイテム作りはできたはずだよ。さぁ、初戦までに反射でリラックスできるように仕上げていくよ。ところで、何と条件付けようか?」 「何をって…?」 「なるべく具体的なものがいいね。見えるか、聞こえるか、触れるか…、リラックスしなきゃならない場面に必ずあるものがいいね」 「ええっと…野球場?」 「広すぎるね。色んな球場があるし」 「そっか、緊張する場面をぬり替えるんだったな。ピンチに必ずあるものって何だ?」 「あのさ、緊張すんのってピンチ?チャンスの方がヤバイのって俺だけ?」 「あー、俺もそっちだ。ランナーがスコアリングポジションに行くとスゲエドキドキする」 「いやそりゃピンチも同じでしょ。やっぱランナーがスコアリングポジションに――」 皆さん何かに気づきます。 「あ、ピンチもチャンスもグラウンドの状況は同じなんだ」 「じゃ、ドキドキすんのは兎も角、ランナーが二塁以降行った時ってことか?」 「いや、手足が縮こまるのはランナー三塁だよ」 「よーし、いいかな、じゃ、いっちょランナー三塁でやってみようか。では今日はチャンスを想定してやってみよう。サードを見て御覧」 サードにはモモカンが立っています。 「今日はここで瞑想するよ。サードランナーの見える位置に立って、適当に近くの人と手を繋いで。初めは上手くイメージできないはずだよ。まず監督をしっかり見て、それから目を瞑ってみよう。さぁ、サードランナーを思い浮かべてみよう。ベースにスパイクの乗ってる場面、ベースから2~3歩リードして構える場面、リラックスしたままイメージできるようならそのまま続けて。サードランナーとリラックスを強く結びつけよう。呼吸はいつもの通りだよ。深く吸って、ちょっと止めて…ゆっくり吐いて…。はい、終わり!!」 「さ、アップ始めましょ。体内時計はまだ寝ている時間だからね、いつもより手稲に身体を暖めてね」 西浦高校野球部員達は移動して、アップを始めます。 《…終わったのか?選手でもない俺がここにいる意味あったのかな?》 「浜田君?」 「うわぁ、はい!!」 「はじめまして。私、監督やらせてもらってます、百枝です!!」 「は、浜田です。援団、やらせてもらいます。監督、さっきのはメントレですよね?俺、一緒にやっちゃったけど、良かったすか?」 「―浜田君、志賀先生にも言われたと思うけど応援団って凄く大事なんだよ。応援団は選手を元気にも出来るけど、選手のやる気を一気に奪うことも出来るの」 「…そんなことはしないっすよ」 「浜田君はしないかもね」 「…じゃ、誰スか?」 「あの子らの親、かな」 「親?」 「浜田君、スタンドの何がやる気を奪うんだと思う?」 「て、敵の応援…?」 「違う」 「野次?」 「違うな」 「じゃ、味方の溜息?」 「当たり。応援団は溜息ついちゃいけないの。溜息つくってどんな時?」 ストレッチは花井と西広、泉と栄口、三橋と田島、阿部と水谷、巣山と沖のペアでやっています。 「ガッカリした時っすね」 「そうね。そしてガッカリするのは一生懸命応援してる人なのよね」 「あぁ!!一生懸命応援してるのは親だから、親が一番溜息ついちゃうのか」 「そういうことなの。浜田君は溜息ついてる親を見つけたらスタンドから叩き出して頂戴!!…なんちゃって、冗談だよ、冗談。そうじゃなくってね、浜田君は選手以上のポジティブシンキングを身につけてもらってスタンドを常に前向きにしといて欲しいの。その為にメントレに参加してもらったんだ」 浜田はモモカンに手を握られています。 《この女、去年の優勝校と当たるのに勝とうとしてる…》 「私の言うこと、分かる?」 《うわぁ、うわぁ、何か俺、変な感じに楽しいぞ!?》 「はい、頑張ります!!」 「木製バット使ってるんすか?」 「バットの芯で打つ訓練でねって…でも、それが全然飛ばなくって。止めちゃった」 投球マシンに栄口がボールを補填して、泉が打球の練習しています。 「入ってんぞ!!」 「マジで!?」 「これ、130kmくらい出てないっすか?」 「うん、130」 栄口の隣で沖がスライダーを投げさせ、巣山が打球の練習をしています。 「俺、球拾い手伝います」 「あぁ、ホント?ありがとうある球打ち終わったら全員で拾いに行くからできるだけでいいよ」 「はい」 巣山に代わって今度は田島がスライダーのバッティング練習をします。 「よっしゃ、ライト前!!ピッチャー足下!!サード強襲!!」 「はぁ、今日も気持ち良さそうだな」 「このところ8割方叫んだところに飛ぶもんね」 「自分で練習のレベル上げんだからスゲエよな」 「センター返し!!センター返し!!センター返し!!」 田島の隣でバッティング練習している花井は張り合って、ずっとセンター返しと叫んでいます。 「さぁ、打って打って打ちまくって!!」 バッティング練習をぽかんと見ている浜田。 1年7組では古典の授業のようで、篠岡が教科書を読んでいます。 「今は昔 竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて、竹をとりつゝ、萬の事につかひけり」 放課後、沖と水谷がペアでボードに書かれている数字の言い合いというか、パネルを使った視角トレーニングの練習をしています。 水谷は苦手なようですが、田島は得意のようです。 そして、ペアになってキャッチボールをしていると、花井はモモカンにフォームを直されています。 「9回の表、ノーアウト三塁!!」 そこに浜田が6秒台の子を連れてきて、ランナーを入れての実践的なプレーを確認しています。 「さぁ、二点目が入ったよ!!他に手がなかったか色んなパターン考えて!!時間は一分」 グラウンドを15:30~18:00までラグビー部が使うので、野球部員達はギリギリ捕れるところへ球出しをする“イジワル育成トス”で球に触る練習をしています。 三橋は花井に捕りにくいところに投げてくれないと練習にならないと言われています。 「休まないで、動いて動いて!!場所ない分取り返すつもりでね!!」 暗くなる頃にはヘロヘロになっている部員達におにぎりを差し入れする篠岡。 皆、おにぎりに目線がいっていますが、阿部だけ三橋を見ています。 おにぎりを牛乳で食べており、田島は牛乳をおかわりしています。 素振りの練習したり、雨の日は校舎の階段の上り下りをしたり、縄跳びをしたり、バッティングの練習をしたりしています。 授業中も田島と三橋は雨を気にしています。 雨が止むと、グラウンドの整備をしています。 ふざけていた田島はこけて雑巾を三橋の頭に乗せてしまう。 モモカンが打った球を栄口はキャッチする練習をしています。 また、タイヤを引きながらグラウンドを走ったり、タイヤを雑巾がけのようにしながらダッシュしたりときつい練習もしているようです。 部活から帰ってきた三橋は玄関で鞄を枕に寝てしまい、三橋母が黄がつきます。 「なんだかこのまま一月半やれちゃいそうだな。お前ら、練習量なら県内でもかなり上位だろ」 浜田は繕い物をしています。 「やってみると、案外やれちゃうぜ」 「馬鹿言うな。俺なんかランナー付き合っただけでヘトヘトだっつうの」 「ヘトヘトはへとへとだよ。毎日、オナニー一回しか出来ねーもん」 「でけぇよ、声が」 「へへ、でも面白ぇんだよね。早くグラウンド行きてえなって思っちゃうもん」 「嘘でぇ~。練習好きな球児なんかいるか~」 「え?いるよな」 「そういや、俺、中学ん時、普通に練習嫌いだったな」 「おにぎり食った後は何やってんの?」 「色々だよ」 三橋は角材の上に乗ってウィンドアップの練習をしています。 「スケボとか、変形大縄飛びとか、ジャングルジム氷オニとかな」 「氷オニ、燃えるよな」 「なぁ!!」 「はーっ、子どもは無邪気でいいね」 「ちっげぇーよ、毎日勝負なんだ!」 「そうだぞ、次の日のおにぎりの具がかかってるんだぞ!!」 「あ~、そう」 《楽しければ練習時間は増えるっか。そりゃ事実だろうけど、なかなかできることじゃねえぞ。おにぎり以降もバランス鍛える練習メニューになってるし。あの女、何者だよ!?クソッ、俺もポジティブ身につけなきゃ》 「よーし、完成!!」 「広げてみようぜ」 浜田が作っていたのは挑めと大きく書かれている応援幕だったのだ。 次回、「夏大開始」 ジャンル別一覧
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