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茶の本改版 岡倉覚三「茶の本」 訳は、村岡 博 この書は「茶の会に関する種々の閑談やら感想やらを媒介として人道を語り 老荘と禅那とを説き、ひいては芸術の鑑賞にも及んだもの」 当時の一般の西洋人が、茶の湯を見て、東洋の珍奇・奇癖と笑うのに対し、 「おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、 他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである。」 もし、ロシアが「へりくだって」日本を知ろうとしていたら、 日露戦争は起こらなかったろう、と。 とはいえ、茶の湯の心を忘れた日本・・ 「現在日本に見るような洋式建築の無分別な模倣を見てはただ涙を注ぐほかはない。 われわれは不思議に思う、 最も進歩的な西洋諸国の間に何ゆえに建築がかくも斬新を欠いているのか、 かくも古くさい様式の反復に満ちているのかと。」 2千年前において、 「ギリシャ国民の偉大であったのは決して古物に求めなかったからである」 「宗教においては未来がわれらの背後にある。 芸術においては現在が永遠である。」 「美を友として世を送った人のみが麗しい往生をすることができる。 大宗匠たちの臨終はその生涯と同様に絶妙都雅なものであった。 彼らは常に宇宙の大調和と和しようと努め、 いつでも冥土へ行くの覚悟をしていた。」 人生七十 力囲希咄(りきいきとつ) 吾が這(こ)の宝剣 祖仏共に殺す [書評・読書メモ]カテゴリの最新記事
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