側高神社
千葉県香取市大倉5
(2012年12月23日 撮影)
必ず年末には~とある神社へ・・・
その行ってるる間の隙間時間に
香取神宮と同じ神武天皇18年の創建と伝えられる
香取神宮第一の摂社
1908年(明治41年)に
大倉字石神代の落文(おとしぶみ)神社と
大倉字一夜山の一夜山神社(痘瘡除けとして信仰)が合祀
「通称・側高様」と呼ばれる
御祭神 側高大神
側高神社の御祭神は
千葉県神社名鑑では「側高大神」
香取郡誌では「高皇産霊尊・神皇産霊尊・天日鷲命・経津主命他」
実は 古来より秘匿されており明らかになっていないらしい
側高神社の有名な伝承に
「香取の神の命により陸奥より馬2000匹を捕えて戻ったところ
陸奥の神が追いかけてきた。
そこで側高の神は潮干珠で潮を引かせ、
馬を下総の地に渡らせた。
馬を渡し終えると今度は潮満珠で潮を満たし、
陸奥の神が追い付けないようにした。」と言う
この側高の神は香取神宮より
古い在地の神様であったとも言われている
香取の神は
在地神の側高 多氏の治める大戸の地の上に
新たに征夷の為の基地の役割を担って創建されたのかもしれない
古来から祭神は神秘として口にすることを許されず
俗に言わず語らずの守とのみ伝えられるといわれている
香り神宮よりも もしかしたら 古いのかもね