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![]() 昔、都市には竜が居た。 地下深くに眠り、都市の繁栄と矜持を保った。 今、都市に竜は居ない。 野に放たれ見捨てられて、そのエネルギーは世界を破滅させようとしている。 制御せよ。 人の心の、その熱で。 お返事は日記の中でいたします 有料メールマガジン小説(毎週土曜日) 『Segakiyui's Ficiton』『Segakiyui's World』 こちらのサイトアップ小説は原則として公開期間限定です。 公開期間が過ぎるとコンテンツより消去されます。 以後はメルマガ・書庫に移行しますが、掲載予定は未定です。 著作権の侵害についてはそれなりに対処させて頂きますので、 よろしくご理解ご了承下さいませ。 ![]() 御入用の方はお使い下さい。リンクフリーですが、御連絡下さい segakiyuiの日記 [全2723件]
(あなた、誰……か) アシャは重い憂いを浮かべて、草の上に腰を降ろしている。憂えた表情がどれほど整った顔立ちに悩ましさを与えているか、それがどれほど女性の心を魅きつけるか、そんなことはよくわかっていることだが、今の彼にはそう言ったことは全て瑣末時、興味も湧かない。髪留めから一筋二筋ほつれ落ちた髪をうっとうしくかきあげる。光が跳ねて瞳の奥に眩い煌めきが差し込む、それに僅かに目を細めて溜め息をつく。 (誰に抱かれてるつもりだったんだろうな) あの瞬間は、さすがにアシャ自身だろうと思い込んでいたのだが。 (俺じゃ、なかった) では誰だ。 「…ふう」 決まっている。 ユーノがあれほどの想いを寄せている相手だ。 思わずもう一度深々と、胸の奥からのもやもやを溜め息に吐き出す。 「…それはないだろう……」 「…アシャ」 「……シートス」 近づいてきた気配に振り返ると、日焼けした精悍な肌に黒々と髭をたくわえたシートスが向かってきていた。 「様子は?」 「元気は元気ですが……どうもやはり、裂け目に落ちた時にどこかで頭を打ったんでしょうな、一時的な記憶喪失……それに…」 シートスは困ったように肩を竦めてみせた。 「自分を男だと思い込んでいるようです」 「……」 アシャはもう一度溜め息を重ねた。 何せ、目を覚ましたユーノが最初にアシャに投げつけたことばが、『放せ、変態!』。訳がわからずに戸惑うアシャに、続いて『男を襲ってどうする気だったんだ』と言い放った。 それからは、アシャに近づこうとしないし、近づけようともしない。見かねたシートスがとりあえずアシャについて改めての紹介をした後でも、ぷいとそっぽを向いてアシャの顔を見なかった。 「私もユカルもひやひやものですよ。今は右手が使えないからまだいいものの、ちょっと目を離すと、他の男連中に混じって着替えかねませんからな……何とかならないんですか?」 「俺が近づけないんだ」 アシャはうんざりしながら応じた。 「何ともしようがない」 「自分の名を星の剣士(ニスフェル)、野戦部隊(シーガリオン)の一員だと信じ切っているし…」 「それがまた問題なんだ」 このまま、ユーノに因果を含め、レスファート達の所へ連れ戻して、旅を続けることは不可能ではない。アシャのことばでは聞かなくとも、野戦部隊(シートス)隊長シートスからの命とあれば、野戦部隊(シーガリオン)の一員である星の剣士(ニスフェル)としては、聞かないわけにはいかないだろう。 だが、レスファートはレクスファの王子、人の心の像に精通している一人なのだ。自分でその能力の高さを意識しているかどうかはわからないが、ユーノの心像が以前と全く違うばかりか、自分の存在がそこにひとかけらもないとわかったら、どれほどの衝撃を受けるかは容易に想像がついた。 (せっかく元気になったレスファートが、また逆戻りするのは見たくないな) 姿形が愛らしいだけに、自分の拠り所を失って殻に閉じこもっていく光景は痛々しすぎる。 (どうする? いっそ、ユーノを野戦部隊(シーガリオン)に委ねるか) むしろその方がレスファートにとっても、そしておそらくはアシャがこれ以上ユーノに拒まれないためにもいい方法だろうが……。 「ユカル!」 ふいに朗々とした声が響いた。何かの急用か、ユカルの天幕(カサン)にユーノがいそいそと走っていく。 見つめているアシャの視線に気づいたように、ふっとユーノがこちらを振り向いた。だが、すぐに険しい表情で顔を背け、災厄から逃れようとするようにユカルの天幕(カサン)に飛び込む。 それはまるで、アシャの存在そのものが不快でしかないと語るようだ。 (何だ、それは) どれほどの想いで探し回ったと思っている。 どれほど眠れない夜を過ごしたと思っている。 見つけ出した瞬間の喜びを一気に突き落とされる傷み、しかもそれは今もどちらかというと警戒を深められ続けているとしか見えない。 (俺は) 「…前途多難ですな」 「……ああ」 (俺は) シートスのことばにアシャは唇を噛みしめ、俯く。 (俺が、何をしたって言うんだ) 子どもっぽい愚痴に胸がじくじくする。 (なぜなんだろう) ユーノは振り返って、天幕(カサン)の入り口の垂れ幕の合わせ目から外を覗き見た。 赤茶けた草の上に、尊敬すべき長、シートス・ツェイトスがいる。 そして、その側に、シートスがあれほど親しく話す相手としてはかなり不似合いな、きらびやかな男が居る。 黄金の髪を無造作に止めた飾り紐、風に吹かれ乱れる金の炎に囲まれた端麗な顔は女性的だ。眩く輝く双眸は紫水晶、しかも差し込む日差しに刻々と色を変え、表情を変え、飽きさせない。彫刻じみた整った容貌、けれど時折零れる笑顔が生き生きと温かく、綻ぶ唇が甘い果実を思わせる柔らかさで、同じ男なのにどきりとする。何かを悩むような表情、厳しく考え込む頬の鋭さも、見惚れるほど印象的だ。 アシャ・ラズーン。 なるほど、ラズーンの第一正統後継者というだけある。 だから、なのか。 (あの人の目を見返せない) 思い出してぼんやりする。 あの紫の目を見ていると、妙に心が乱れて切なくて、おかしな話だが、胸が苦しくなってくるのだ、恋いこがれる娘を目の前にしているように。 「馬鹿な!」 相手は男だぞ。 胸の中で叱咤する尻から、数日前のことを思い出してしまう。おぼろげな記憶から現実に引き戻された瞬間、抱き締められて口づけをされていた。惑うよりも先に、抵抗する気が失せて、ただただ心が寛いで。このままもっと引き寄せられてもいい、そんな甘さにうっとりして。 「くそっ!」 顔がみるみる熱くなって、急いで唇を手の甲で擦る。 (そんな趣味があったのか、ボクは) 確かに耳にしなくもない、同じ危機を凌いだ仲間が互いを求め合うようになる、そういう噂は耳にもする。 だが、アシャは初めて会った人間だ、並外れて女のように美しかろうが、とにもかくにも初めてで。 (初めてで、あんな) ぞわりと震えた体にうろたえる。 (あんなふうに) 唇を開かれて、触れた柔らかな感覚に意識が溶けて。 (何もかも、奪われたいと?) 「違う違う違うっ!」 「だから何だよ、星の剣士(ニスフェル)!」 「へ?」 ふいに響いた声にぎょっとして振り返ると、ユカルが敷物の毛皮の上で胡座を組み、冷たい目でこちらを見ている。 「いきなり、人の天幕(カサン)に飛び込んで来たと思ったら、妙な顔して返事もしない、あげくにおかしなこと口走りやがって!」 「あ、ああ……」 悪い、と慌てて謝った。 「何か用があったんじゃないのか」 「それだ。少し北の方でモスを見たよ」 「北の方って…おまえ、怪我もちゃんと直らないうちから!」 険しく眉を逆立てるユカルに苦笑する。 「怒るなよ、ユカル」 首を竦める。 「ちょっと暇だったから」 「暇だったからじゃないっ! 怒られるのは俺なんだぞ!」 「ユカルが? どうして?」 一瞬相手が勘弁してくれ、と言いたげな情けない顔になったのをきょとんと見返す。 「そ、そりゃ、い、いろいろと…いろいろとあるんだよ!」 「いろいろ?」 「いろいろ! それより、モスが居たのはどの辺りだ? 隊長に報告しておいた方がいいな」 「だろ」 「よし、ちょっと行こう。来いよ」 「え、あ、その」 立ち上がったユカルに促されて、ユーノは口ごもった。 隊長は今アシャと一緒だ。できるなら、顔を合わせたくない。 「何だ? 見た人間が報告するのが掟だぞ?」 訝しげなユカルに顔をしかめる。掟を持ち出されては、野戦部隊(シーガリオン)としては、背く訳にはいかない。 「そうだ、な」 「心配するな、俺もついてってやるよ」 「うん」 隊長に報告するのは初めてだったかな、お前、と見当外れな部分を心配してくれるユカルにすまなく思いながらついていくと、隊長の側にはもうアシャはいなかった。 (いない) 思わずきょろきょろしてしまう。 (どこに行った?) ほっとしたけれど、それはそれで何か淋しい。太陽の光さえ少し翳った気がしてくるのが不思議だ。 「なるほど…モスか」 「星の剣士(ニスフェル)」 「あ、はい。ジャントス・アレグノの遠征隊のようです。北の大岩を拠点としているような動きでした」 人数、装備などを確認したシートスが考え込んだ顔になる。 「わかった。斥候を送ってみよう。……ああ、ユカル、少し残れ。星の剣士(ニスフェル)は行っていい」 「はい」「わかりました」 引き止められたユカルを置いて、ユーノはシートスの側を離れた。 (あの人、どこへ行ったんだろう) 居ると居たたまれないのに、居ないとなると行方が気になる。 吊った右手を体に引きつけたまま、天幕(カサン)の間を擦り抜けて行く。あれだけの美貌、むさ苦しい野戦部隊(シーガリオン)の中ならすぐに見つかるだろうと高をくくっていたが、一通り回ってみても姿がない。 (どこかへ出かけたんだろうか) ふと浮かんだ考えに身を翻す。 確かにアシャは野戦部隊(シーガリオン)ではないのだから、ここに居続けなくてはならない理由はない。いつ旅立っていってもおかしくないはず、そう考えて不安になる。 (もう会えない?) 自分がアシャを探し回っているという自覚はない。ただなぜ急に居なくなってしまったのか、どこへ行ってしまったのか、それだけが気になって気になって、平原竜(タロ)置き場へ走る。確か、彼の馬もそこに繋いでいたはずだ。 (、いた!) 平原竜(タロ)の中に、アシャの金褐色の髪を見つけてほっとした。息を切らせながら、今さらのように、自分がかなり駆け回っていたのだと知った。額から流れてきた汗を急いで擦って、相手が栗毛の馬に荷物を積んでいるのに気づく。 (出ていく、んだ……) ラズーンの第一正統後継者であるはずの、この鮮やかな男は、なぜかずっとラズーンを離れて旅から旅を続けている。全国の視察をして回っているのだとも、地方の監視に向かっているのだとも、あるいはまた、全くに気まぐれだとも聞く。 その目的が不明で、今回も訪れた場所が、たまたま野戦部隊(シーガリオン)の野営場所だっただけのこと、そういうことなのだろうが、置いて行かれる、とふいに胸が淋しさで一杯になった。 思わず一歩足を踏み出す。距離はあったし、物音をたてたつもりはない、けれど、 「誰だ」 低く鋭い声で誰何されて、立ち止まった。くるりと振り返った瞳は殺気に満ちて猛々しい。だが、次の一瞬、胸を貫くようなその色が、豊かな水をたたえた湖を思わせる柔らかさに凪いで、思わず見惚れる。 (宝石が、果実に変わったみたいだ) 唇を寄せて味わいたい、と思った瞬間、自分の思考の危うさにひやりとする。 「…やあ」 「あ…」 お待たせしました。ロストレイル、シナリオ一つ、お届けにあがります。 2/3 >16:54 なのさま お返事遅れまして、申し訳ありません。 楽しんで頂いているようで、すごく嬉しいです。 さてアシャですが、ええ、全力傾けて迫っております。 でもユーノの感覚で言うと「男が男に迫ってきている」ので(笑)、 なかなかに困難な様子、あれこれ搦め手でやっていきますね。 これもらぶらぶですかね、一応(笑)。 もうしばらく続きます、お楽しみに。 2/5 >13:22 甘夏さま 闇を見る眼、闇から見る眼の1~3章……そうなんです。 ブログ容量のかげんで、あげられていないですね。 今後際どい展開になっていってしまうので、 メルマガにするか、ブクログにするか、悩んでおります。 楽しんで頂いたようなので、何とか一度あげてみたいところですが……。 閲覧できるように考えてみます。少しお時間頂くかもです。 でも、嬉しいコメントでした、ありがとうございました。
見送ってアシャは再び岩屋に向き直った。カプセルを二つとも口に含む。噛みはしない。含んだまま、そっとふわふわしたクリーム色の絨毯の上、和毛の塊を押しのけるように足を降ろした。 ざわり、とラーシェラが揺れる。アシャの意図に気づいたようだ。 だが、逆に挑んでくるように、蔓を揺らめかせてなお幾つかの実を落とし、黄金色の粉を撒き散らした。 何かをまた刺激されたのだろうか。ふ、とユーノがアシャを認めたように、再び求愛の動作を繰り返す。 手を差し伸べる、優しく微笑む。 踊りを申し込まれたように、アシャも静かに相手の動作に答えを返した。 手を差し伸べる、笑みかける、だがそこで止める。嫌いじゃないよ、とも、好きだ、ともとれる曖昧な動作は意識的なものだ。 不審そうに眉をよせたユーノが、一歩彼に近づいてきた。どうやらうまく夢の中へ入り込めたらしい。 ユーノは片手を差し伸べて小首を傾げる。その手をとって、アシャはユーノを引き寄せる。 一瞬怯えたような表情がぼんやりとしていたユーノの面を覆った。びくりと体を震わせ、身を引こうとするのを、アシャはそのまま手を放してやる。 ラーシェラの夢の中に居る人間に対して無理強いは禁物だ、特にあまり接触が確かでない場合は。強く拒まれたが最後、永久に夢から連れ出せなくなってしまう。 「……」 ぎりぎりと胸を締めつけてくる焦燥感に耐え、アシャはわずかに遠ざかってしまったユーノをじっと待った。汗が滲む。このまま、この娘が自分の手に戻らなかったらどうしよう、そんな迷いを必死に振り切る。 (今は俺を消す) 自我をなくし、ユーノの夢に同化することが先決、アシャの存在はただの記号でいい。 数歩急ぎ足に離れたユーノは、立ち止まり、そっとアシャを振り返った。 「…?」 おどおどした目がアシャを見つめる。 「……」 応えて、アシャは両手をそっと開いた。 (ここへおいで) 戻れといいたいのは山々だが、初めて会った娘のように、そっと誘いをかけていく。 (ここは安全だから) ユーノはためらい、戸惑った顔で首を傾げつつ竦み、次の瞬間、まるで崖から飛ぶような勢いで、一足飛びにアシャの腕の中に飛び込んできた。ほっと小さく息を吐いて、アシャの胸に身を寄せる。 (こんなに、冷えてる) 小さな体は凍えていた。いつぞやの、なかなか命が戻らなかった夜を思い出して胸苦しくなる。近くで見た横顔には血の跡がある。またどこかを怪我しているのだ、見えている以上に。 (また、俺の知らないところで) 静かにユーノの体に腕を回す。 「!」 どきりとしたようにユーノが身を起こし、離れようとする。対するアシャはそれを止めない。飛び離れかけた相手に乱れそうな気持ちを堪え、再び静かに腕を開く。 逃げるな、では戻ってこない。囁くべきことばは一つ。 (ここだ) 「…………」 ユーノは逃げなかった。自分の体から離れた腕を見つめ、そっと指先で触れてアシャを見上げる。頷いて、もう一度、ユーノを抱く。今度は相手は身動きせず、じっとアシャの胸に体を休ませている。 「…ふ…」 カプセルを吐き出してしまわないように、静かに息を吐いた。 (まず一段落) 続いてもう一度、今度は腕に力を込める。ユーノの反応を見ながら、怯えさせないように、少しずつ。 それはまだるっこしい過程だった。 ほんの少しずつユーノを抱き締めていきながら、決してユーノの夢を壊さないようにしなくてはならない。ユーノの夢に、それとわからぬほどの微細な干渉を加え続け、現実へ現実へとゆっくり引き戻していくのだ。だが。 (意外にこれは楽しいな) ユーノの頬に軽いキス、体を強張らせるのをなだめて、もう一度。 ユーノの心を世界から隔てている障壁を、感触でもってほんの僅かずつ切り崩していく。 互いの体を重ねるのに似ている、と不謹慎なことを思う。あれもまた、夢を現実に繋いでいく儀式と言えなくもない。 額の紅に染まった布に手を触れると、ユーノはぎくりと体を震わせてアシャを見た。安心させるように頷いて、額の布を取り出した新しいものに変える。アシャの体にそっと身を寄せているユーノは逃げない。甘えるように右肩を差し出したので、その傷も手当できた。 一つ触れ、一つ手当が進むごとに、ユーノの目の奥で何かが動き、やがて傷に触れると痛みに体を強張らせるようになった。 「あ…りがと…」 ようやく掠れた声が響く。 「…ああ…」 随分長いこと聞かなかった声だ、と胸が呻いた。同時に自分が、体の全てが、これほどユーノの不在に餓えていたと気づいて、胸が甘酸っぱくなった矢先、 「あなた……誰……?」 心底訝しげな声にひやりとした。 「…、に…?」 思わず見下ろす黒の瞳は、もう澄み渡って晴れつつある。立ち方もしっかりとし、さきほどまでの危うい頼りなげな気配はない。ユーノがほとんど覚醒しているのは確かだ、なのに。 (今、何て言った?) 「……っ!」 ふいにラーシェラの気配がざわめくように濃厚になった。どうやらユーノを失うまいとしているらしい。 一刻の猶予もない。ぐっと酸素発生剤を噛み、ユーノの顎を押し上げる。 「あ、う」 いきなりの挙動、小さく呻いて眉を寄せたユーノの唇に口を重ね、酸素発生剤の一つを舌で押し入れ含ませた。驚きに目を見張ってもがこうとする相手の体を強く抱く。ラーシェラの実が蔓についたまま、次々と弾け始めた。床に広がっていた塊も、連鎖反応のようにあっという間に黄金の煙に変わっていく。 「ん…っむ」 ユーノが意識を失ったように腕で崩れた。ラーシェラがユーノの支配から手を引き、実を弾けさせるのに集中しだしたらしい。膝が崩れて座り込もうとするユーノの体を片腕で引き上げ、口を布で覆って縛り、軽々肩へ担ぎ上げる。 (もらっていくぞ) ちらりと樹を振り返って響かせた想いは嘲笑だ。 (お前じゃ格不足だ) 「!!!」 声なき怒号が岩屋を満たす。荒れ狂うように黄金の粉を吹き付け、蔓を揺らめかせたが、アシャは立ち止まることもなく、『風の乙女(ベルセド)』に吹き送られるように脱出していった。 次回は『6.失われた記憶』です。 2/1 >23:40 ラズーン来た!さま コメントありがとうございました。 来ました!(笑) お待ち頂き、ありがとうございます。 楽しんで頂けているようで嬉しいです。 まだまだすれ違っております。 いやむしろ、今回は根本的なところでやり直しというか、すれ違いというか。 まだまだじりじりしてやって下さい、頑張ります! 2/2 00:48 はなさま コメントありがとうございました。 お久しぶりです! こちらこそ、ご無沙汰しております。 いやいや、これで気づけるようなら並の鈍感、 ユーノの鈍感は黄金製です(え) まだまだ二人のもやもや続きます、お楽しみに(笑)。 拍手たくさんありがとうございます。 更新速度落ちてはおりますが、何とかしのいでいきたいです(昨夜帰宅は午前様でしたよ/涙)。 頑張ります。
「……」 ユカルは声もかけられないまま、黙々とアシャの後ろについていっていた。 先ほど岩の上にどうやら血の染みらしい黒々とした汚れを見て取ってから、アシャは寡黙になり、ユカルに足下と進路上の注意をする以外は口をきかなくなっていた。整った顔立ちだけに表情は厳しく、こんな薄闇でもよく見えているかのように先を急いだ。 足下を流れる水は冷たくユカルの脚を凍えさせた。きっとラズーンの雪解け水が、遥かな距離を旅して来て、この裂け目の流れているのだろう。 「ふ…う」 流れる汗を拭おうとして岩角に手をつきぎょっとする。掌にぬるりとした手触り、確認して手についた薄赤いものに気づく。 「アシャ…」 声をかけて、ユカルは相手が既に岩角を曲がってしまっているのに気づいた。慌てて後を追い、アシャが淡光を放っている岩屋の前で立ちすくんでいるのに出くわす。 「どうしたんです…」 続くことばをユカルは呑み込んだ。 岩屋のほぼ正面に、妙に毒々しい緑の木があった。 しかし、それは樹、と呼んでいいのだろうか。 ほぼ人間の胴回りほどの緑の蔓が十数本、お互いに絡み合って岩屋の天井へと伸び上がり、そこから天井を這って岩屋を覆うように垂れ下がっている。 その太い蔓から人間の腕程度に細い蔓が、何十本となくゆらゆらと空中に漂っていた。そしてその蔓という蔓に、ラーシェラの結実を示す、豊かに実ったクリーム色のふわふわした塊がついている。塊は、岩屋の床にも絨毯と見まごうほどに転がっていた。岩屋の隅の方に、細い縦長の裂け目がある。そこから微風が流れ、塊の和毛を揺らせている。 「ラーシェラ…」 ユカルのことばに、アシャは重く頷いた。その目は、正面の緑の蔓の塊に、食い入るように注がれている。 「…ユーノ…」 蔓には、まるで抱かれるように細身の体がもたれかかっていた。右肩と額の当たりに紅の花が開き、緑の蔓を背景に妙に鮮やかだ。短くなった髪が濡れそぼって張り付き、まるで十五、六の少年のように見える。 と、その目がゆっくりと見開かれてこちらを見た。深くどこか虚ろな黒の瞳だ。 「星の剣士(ニスフェル)!」 ユカルが喜びの声を上げてラーシェラの実を踏みしだき、ユーノの側へ駆け寄ろうとするのを、アシャは厳しい表情で止めた。 「待て」 「どうしてですか?」 「ユーノの意識は俺達にない」 「だって」 ユカルはわけがわからぬまま、アシャとユーノを見比べた。 「こっちを見ているのに…」 「いや…」 アシャが苦い顔になった。 「ユーノが見ているのは俺達じゃない……あいつの心の中の誰か、だ」 「……」 「ラーシェラは引き寄せた生物のもっとも強い感情を増幅させて、その身の動けない退屈を紛らせるんだ。普通のラーシェラのように地上に生えていたなら、獲物は次々見つかるから一つの獲物に固執することはないだろうが……これほどの地下へ、生きたまま獲物を引き寄せるのは容易じゃないからな。ちょっとやそっとではユーノを離さないだろうし、まずくすれば俺達も巻き込まれる」 アシャのことばを聞いたように、ラーシェラのしなやかな蔓が揺れ動き、幾つかの塊を落とした。ユカルに踏まれても割れなかったものもあるのに、今落ちた実はポン、ポンと次々に弾け、黄金色の粉を吹き出す。 「ユカル! 吸い込むな!」 アシャの警告に、指示された通りに鼻と口を布で覆い、ぐっと歯を噛み締めた。同じようにしてアシャが息を止め、舞う金粉がおさまるのを待っている。と、それまでぐったりと緑の蔓に抱かれていたユーノが、ふいにのろのろと立ち上がり、こちらへ歩み出してきた。まるで誘うように緩やかに手を差し伸べてくる。 「なに…」 くぐもった声でユカルが問うと、アシャは複雑な表情になった。 「俺達を誘い込もうと言うんだろう。ユーノが心の中で描いている誰かと、俺達の姿を重ね合わせるようにラーシェラが仕組んでいるんだ」 「じゃあ、星の剣士(ニスフェル)が呼んでいるのは、俺達じゃないんですか?」 「おそらくは、な」 アシャは顔を歪めた。 (誰を探している…誰を求めているんだ、ユーノ) 苛立たしい想いが湧き上がってくるのを押さえ込んで、アシャは踊りのように静かに腕を舞わせるユーノを見守った。 甘い匂いが満ちる岩屋の中、陽炎じみた儚い姿が緩やかに漂っている。長衣の裾が乱れるのを僅かな脚さばきで払い、片腕を回し、ユーノは空中に紋様を描いた。片手を天井へ差し伸べる。もう片手で自分の体を抱く。顔を俯け目を伏せる。切なげにすぼめた唇が仄かに開き、柔らかい吐息を押し出す。 脚が止まった。 まるで誰かに出会ったようにユーノはたじろぎ、一点を見つめ、腕を解いた。少し笑っておずおずと両手をそちらへ伸ばす。恥ずかしげな、ためらいがちな求愛の動作だった。 『愛してもいいですか』 「…」 その動作に含まれた問いかけを、アシャは読み取る。 『愛してもいいですか。好きになってもいいですか。いいと言って下さいますか』 切なげな視線。震える吐息。 (けれど、俺じゃない) アシャが欲して止まぬものは、今別の誰かに向けられている。その一途さ素直さに胸の奥がじくじくする。 ユーノの髪から水滴が光りながら零れ落ちた。瞳が甘えるように優しい光を帯びる、と、次の瞬間、ユーノの顔が強張り、顔色が青ざめた。差し伸べた手を凍り付かせる。 (…拒まれた!) まるでその傷みを自分が感じたように、アシャは唇を引き締めた。 ユーノの求愛は受け入れられなかった。両手が下がる。涙がこぼれ出すかと思った目がゆっくりと細められた。頑なに引き締められていた唇がそっと……淡く笑う。 わかっていたよ、とその姿は呟いている。 『わかっていた。この想いが届かないことぐらい』 (ユーノ) 『誰の罪でもない。あなたが悪いのではない。ただ…私があまりにも私だっただけのこと……だけど……わかっていたけど…』 (ユーノ…) 微笑したまま、眉をひそめて自分の胸を抱き締めるユーノに、アシャは息苦しくなる。 (それほどの想いを…) 誰が拒んだんだ? (知りたい、が、知りたくない) その男はどれほど長くユーノの側に居たのだろう。アシャよりも長く、アシャよりも深く、ユーノの心に触れていたのだろうか。きり、と小さく奥歯が鳴る。 『大丈夫』 静かにユーノの唇が動いた。 『わかっていたから……大丈夫』 だが、それでも、わずかに上げた瞳の黒は、想いを込めて相手を追っている、追っている、追っている…。 「アシャ…」 ユカルの呼びかけに、我に返った。 「あれは一体何をしてるんですか」 「…ユーノが感じている一番強い感情の表現だ。ある人間を好きになった。気持ちを伝えても拒まれた。なのにそいつを諦め切れない」 自分の声が硬く単調なものになっているのを感じた。 (誰なんだ) 荒々しい声が胸で弾ける。 (ユーノの想いを拒んだのは誰なんだ。あいつに、あんな想いをさせている男とは、一体どんな奴なんだ) 旅の最中にユーノが見せたためらいが、次々とアシャの脳裏に浮かんでくる。 一番誰よりも幸せになってほしい人間。 (俺には絶対わからないと言っていた) そいつならば、ユーノはその心を、その身を委ねるのだろうか。アシャの時のようにためらうことなく、腕の中へ身を投げるのだろうか。 「…っつ」 じり、と焼け付く胸に顔をしかめる。 (嫉妬か) 気づいて苦笑する。 (まったく、ざまあない、これじゃそこらのガキと同じだ) ふ、っと息を吐いた。心を統制し鎮めにかかる。自分を嘲笑いながら言い聞かせる、なるほどえらく切羽詰まっているが、そういうことは死地を脱出してからのんびりやることだ。 (よし) 腰の辺りを探って、小さなカプセルを三個取り出す。 「ユカル」 振り向く相手に一つ差し出す。 「これを含んでいろ。『風の乙女(ベルセド)』が出たら軽く噛むんだ。中から空気が溢れ出て、口さえ閉じていれば、しばらくは息がもつ」 「はい…」 ユカルは不思議そうに酸素発生剤を受け取った。 残り二つを片方の掌に転がし、傷みを抱え込むように体を揺らせているユーノを見やる。自分で切ったのかばらばらに乱れた髪、苦痛を堪える顔が痛々しい。どんなに大切な想いかは知らないが、ラーシェラのお楽しみを満たすために差し出し続ける必要もないだろう。得られる資格があるのは。 (全テヲ、ヨコセ、コノ俺ニ) 喉の奥で吐きそうになった台詞を噛み殺す。 「俺はラーシェラの手に乗ってみる」 「え?」 「遅かれ早かれ『風の乙女(ベルセド)』が出るだろう。あの中にいる限りユーノは幻覚から逃れられない。かといって、急に引っ張り出すと、心が夢の中へ置き去りにされてしまう」 物狂いの風とはよく言ったものだ。 「じゃ、じゃあ、どうするんですか」 「一か八か、ラーシェラの手に乗って、ユーノの夢の中へ入り込んでやろうと思う。上手く行けば、あいつを夢から連れ出せる」 「でも…」 困惑した顔で眉を寄せるユカルに、少し笑った。 「心配だろうが、先に降りて来たところに戻って、足場を確保しておいてくれ。必ず助け出していく」 「…わかりました」 さすがに太古生物では分が悪すぎると思ったのだろう、ユカルは考え込みながらも頷いた。 「先に行って、お待ちします、アシャ・ラズーン」 「いい子だ」 「…俺は子どもじゃありません」 ちらりと挑発的な視線を投げ、ユカルは降りて来た裂け目の方へ戻っていった。 ロストレイル『銀青瞳』公開されました。 ご参加の皆様、事務局様、ありがとうございました。 >黒いお嬢様 『銀青瞳』へのご感想、ありがとうございました。 楽しんで下さったのだという喜びもありますが、 なるほどそういう展開も考えられるかと新たに刺激されました。 星座シリーズは展開次第ですが、今回ペッシなる少年もでてきましたし、 あれこれ派生してくるものもまたありそうです。 『二つの月』がらみもいつか触れられると楽しいですねえ。 ヴァネッサもどう動くつもりやら、まだまだわかりません。 楽しんで頂けるよう頑張ります。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
おかげを持ちまして、127000ヒットです。 ありがとうございました。 昨日今日とメルマガ作成にいそしんでおります。 最近、詩の方がちゃんと更新できていなくて申し訳ありません。 とりあえず、WEB拍手を一部更新しました。 もうしばらくすると、『ハレルヤ・ボイス』が終了となります。次回作を何にしようか…? まだ悩んでいる最中です。 ブクログのダウンロードも日々増えており、嬉しい限りです。 ぼつぼつとやっていきたいと思います。 今後ともよろしくお願いいたします。
「あ、アシャ!」 「ん?」 「この中に…降りるんですか?」 「ああ」 「だって……ここから『風の乙女(ベルセド)』が出て来たんじゃないですか?」 「そうだ」 「じゃあ、また出てくることも」 「あり得るな」 淡々と答えながら、アシャはもちものを確かめた。 「もし、そんなことになったら、どうするんですか?」 切り立った崖のような裂け目の壁を伝い降りる最中に、あの風に巻き込まれてしまえば、一瞬意識を失って落下してしまうかもしれない、どこが底ともわからない千丈の谷の中へ。 だが。 「下にユーノが居る」 その場にそぐわぬ笑みだったのだろう、アシャを見返したユカルが顔を引き攣らせる。 「それだけだ」 そして、それ以外のどんな理由が必要だろう、今ここでアシャが降りていく意味に。 (お前は俺の主) ふいに胸に打ち寄せた激しい感情に、思わず目を伏せる。 (お前が居るところこそ、俺の居るべき場所) それは昔語られた恋物語だっただろうか、それとも恋人を口説く詩歌だっただろうか。 脳裏を過ったのは、ユーノがいない旅の日々だ。レスファートの落ち込みも、イルファのことさらな上機嫌も引っ掛かりはする、だがそれより強く傷む想い、繰り返し繰り返し見やる、天幕(カサン)のいつもの場所に眠っていない存在を、どれほど自分が望んでいたのか、今しみじみとわかる。 「でも…っ」 軽く後じさりしかけるユカルに苦笑した。 「怖いのか?」 アシャは今怖くない、むしろ、胸が高鳴っている、ようやく再会できるのだ。ようやくもう一度、ユーノの側に自分を置けるのだ。唇が薄笑みに綻ぶのがわかった。 (どこまでも、俺はお前を追う) いやむしろ、ユーノを追えるのが自分だけだと証明したい、今。 「怖いなら来なくていい」 そっけなく言い放ったアシャに、ユカルの強張っていた顔が見る見る赤くなった。アシャの笑みを嘲笑ととったのか、苛立った表情で、 「俺も行きます!」 「…」 「隊長に怒られる」 訝しく振り向いたアシャの目を真っ向から見据えて、険しい顔で唸る。 「あなた一人を行かせる気はない…っ」 その瞳の激しさにアシャは微かに息を呑む。 (こいつ、ひょっとして) 同じ激情をアシャは自分の中に飼っている、ユーノを誰にも渡さないという所有欲を。 「…なるほど」 応じたアシャの声の低さに、ユカルもまた気づいたのだろう、ぎっと歯を食いしばる音が響いた。 若さと情熱、それに勝る何をアシャはユーノに示せるのか。 (だが、今はそれに構っている場合じゃない) ラーシェラもまた手強い敵だ。 「よし、来い」 「はいっ!」 縄を伝って地の底へ降り始めるアシャに、ためらうことなくユカルが続く。 「クェアアアーッ!」 無事を祈る、そう言いたげなサマルカンドの声が、鋭く天を衝いていった。 アシャ達を襲った『風の乙女(ベルセド)』は、裂け目に居たユーノをまともに包み込んだ。 「う…」 甘い匂いにむせ、呼吸ができなくなって、ユーノは目を覚ました。額と右肩の痛みは依然として感じないが、じくじくと濡れたままの包帯や長衣が出血が続いていると教えている。 「あ、ふ…」 思い切り息を吸い込んだユーノは、次の瞬間、ぐらりとくる目眩を感じた。頭の芯が白く色を失い、空洞になった部分に、その匂いが巧みに滑り込んでくる。 (何の…匂い…) 岩に体を委ねたままぼんやりと考える。ただでさえ、奇妙に麻痺したままの感情と思考が、匂いにより寸断されていく。 いらっしゃい。 匂いはユーノに囁いた。有無を言わせない、けれど力の限り抗えば抜け出せる、微妙な強制力を感じさせる。 だが、ユーノはそれに歯向かおうとは考えなかった。 ぴくっと腕が動き、掌がのろのろと岩肌を押す。危なっかしく揺れる体を支える。両足がパシャンと軽い音をたてて、水の中に突っ込まれ、力が込められる。全て他人事のように、感覚が遠い。岩肌のざらざらしているはずの手触りも、両足を包んだ水の冷感も、力を込めた時の体の痛みさえも、恐ろしく鈍い。 こっちよ。 声が呼ぶ。 右手をぎちりと突っ張って、思わず体を強張らせた。さすがに鮮烈な痛みが走り、霧がかった頭の中を揺り起こす。 「あ…?」 少し眉をしかめた。 心のどこかで警告の鐘が打ち鳴らされている。切羽詰まった祈りのような、掠れたか細い響き。 消えそうなそれに耳を傾けようとしたユーノは、ごつっ、と水流の中に突き出していた岩に躓いた。 バシャン!! 「くっ」 まともに水の中へ倒れ込み、慌てて体を起こす。窒息しまいとした本能的な動きだったが、それが曇ったユーノの心に微かに光を差し込ませる。 (まえに……こんなことがあった……) 水の流れの中だった。 辺りは夜の闇だった。 哀しくて哀しくて、ただ泣いていた。 そのユーノに差し伸べられた手があった。 暖かく抱き締めてくれるその手に、すがりついた、すがりついて……なのに、哀しかった。 これは夢なのだと、何度も言い聞かせなくてはならない、そうわかっていた。 (痛い…) ユーノは胸の奥を貫いた想いに顔を歪めた。 なぜかはわからないけど、この記憶は心を息苦しく締め付ける。 そのユーノの怯みに、匂いは巧妙に忍び込む。 おやめなさい。こっちよ。こっちにくるの。 (こっち…?) 水粒を滴らせながら立ち上がった。匂いが導くように辺りを取り巻き、ユーノを誘い込む。 一歩……一歩……。 夢の中のような危うい歩みをユーノは続けた。 ぼたん。紅まじりの水滴が緋色の花のように岩の上に砕ける。 声が呼び続ける。 こっちよ。こっちに来るの。哀しいんでしょ。痛いんでしょ。つらいんでしょ。慰めてあげるわよ。 岩の行路をふどれほど歩いたのか、水流が少し先の岩組みの中へ吸い込まれる辺りで、ユーノは歩みを止めた。 だめだ。行くな。お前は帰らなくちゃならない。 (どこへ?) 決まっている。お前を待ってくれている人の所だ。 (誰がボクを待っているって? ……何が……ボクを?) ふらりとユーノは岩によりかかった。額から生暖かいものが流れてくるのを感じる。 (出血…?) 額に手を当てようとして、よろめいた。崩れかけ、岩角を曲がるようにたたらを踏み、かろうじて持ちこたえる、と、そのとたん、匂いは甘く強く、ユーノの全神経を支配した。 (あ…あ) そこは、さながら淡く月光を浴びた妖精の寝所とも見えた。 小部屋ほどはある岩屋の中一面、薄い黄色のフワフワした塊が微かに光を放って転がっている。塊の一つ一つは人のこぶし程度の大きさで、柔らかそうな和毛は生まれたばかりの鳥の雛を思わせた。 それが何なのかはユーノにははっきりわからなかった。が、ただ、ユーノを優しく受け止めてくれるだろうということはわかった。その柔らかそうな絨毯に向かって、自分の体が倒れ込んでいくのを、ユーノは止めなかった。 ぼす…っ。 衝撃はすぐに和毛の塊に吸収された。まるで、細かな粒子が風に煽られて浮き上がるように、幾つか飛び上がった塊がフワッ……フワッ……とユーノの体の上に降りてくる。と、パン、と微かな音をたてて黄金色の粒を吐いて砕け、あのどこか、妖しい甘い匂いが充満した。 「ん…」 頭の隅、彼方の遠いところから強烈な眠気が襲ってきて、ユーノは再び眠り込んだ。 ロストレイルお返事です。 >占いの竜人さま この度はご参加(ご訪問?/笑)ありがとうございました! お楽しみ頂けたようでほっとしております。 お尋ねの件は「うむ、確かに!」とWRとしても突っ込みたいところでしたので、書かせて頂きつつ、いろいろと考えることができました。 地雷原、いいんじゃないでしょうかv 真っ当に依頼を果たして下さる方、他方向に進まれる方、切り込み隊長される方、いろいろいらっしゃってのシナリオの楽しさ、面白さ、難しさ、いつもいつも刺激的です。 今回の大ネタは、やっぱりラスト1行ですかね(笑)。 今後とも、またよろしくお願いいたします。 >魔女さま ご参加、ご感想、ありがとうございました! 魔女さまのスタンスは、ヴァネッサをおおいに楽しませたようです。 礼儀を尽くしつつ煽って下さったことも、彼女としては喜んだことでしょう、何せ『退屈』していますから(笑)。 迷宮というのは、ほんとにいつも心を躍らせますよね。 彷徨って欺かれて、呆気にとられたり戸惑ったり。 気にかかっていたのは、その先の出口に満足して頂けたかどうかでした。 何とか楽しんで頂けたようで、安心しました。 今後とも精進いたします、どうぞよろしくお願いいたします。 いつも拍手、ご訪問、ありがとうございます。 日にちが過ぎるとともに、試験結果の悲喜こもごも、皆様の胸にいろいろなものを残していることと思います。 お疲れ様でした。 そして、これから勝負どころの皆様、ガンバです。 体調整え、悔いなく挑めるよう、お祈りいたします。
眼科に行って、疲れ目の目薬をもらってきました。 市販のでも悪くはないそうですが、あらゆる効能があるということは、それぞれの効いてほしい基準をわずか~に下回るということでもあるそうで。 症状がはっきりしているのなら、しっかりお医者様で処方してもらった方がよいとのこと。 まず試してみてはいかが、と頂いてきました。 何せ、半端なく文字に向かう率が増えています。 オリジナルやロストレイルだけでなく、講師のようなこともしているので、そちらの方が毎回勉強しなきゃおっつきません。 学生の時並みに勉強してるんじゃないだろうか。 今はネットがあるので、体系的に学んでいきやすいんでいいですね。 昔みたいに、あっちのノートを広げ、こっちの教科書と参考書を見比べ、としなくても、自分の必要とする部分に対して次々ネットサーフィンしつつ、頭の中で構築していけます。 一つ納得すると、次の回に新たな疑問や質問にぶつかり、またまた勉強。 何せ分野が分野なもので、5年たった知識なぞ、埃まみれで使い物になりません(笑)。 しかし面白いです。 学生のとき、経験がなくて理解しきれなかったことが、ああそういうことかとわかります。事例もたくさん知ってますしね、字面で読んだ内容も、じゃああの場合はどうなってるんだ?とすぐに思いついて、調べ直して、より理解が深まると。 しかも現場も離れていないので、すぐに応用したり活用したりして、その結果や経過を実感で味わえるし身につくし。 壮年になって大学へ行かれる方が熱心なの、わかりますねえ。だって、日々実践と体験、学習と考察の繰り返し。 刺激的で刺激的で。 めっちゃ充実してます。
「どう…っ……どう」 アシャは、馬に軽く声をかけて止まらせた。汗に濡れ、額にへばりついた髪をかきあげる。 かなり走り、既に野戦部隊(シーガリオン)が見えない位置まで来ているというのに、ユーノの気配一つ、影一つもみつからない。あちこちに点在している赤茶けた岩塊の後ろを、一つ一つ探るというわけにもいかない。厳しく唇を引き締めたアシャは、背後に近づいた物音に振り向いて問う。 「ユカル」 「はいっ…」 ようやくアシャに追いついてきた少年は、軽く息を切らせて答えた。 「もし、お前が『運命(リマイン)』支配下(ロダ)の者を、姿形残さず始末するとしたら、どうする?」 「えっ…はい…あの…」 ユカルは緊張した顔に微かな惑いを浮かべ、手綱を握りしめて汗ばんだらしい片手を膝の辺りにすりつけた。 「俺…俺なら…」 ここ数日間、走り回っていたスォーガの草原を見回す。岩塊の陰などは子どもだましだ。もし、その姿形を、一目につかぬように始末してしまうとしたら。 ふと、何かに呼ばれたように、ユカルの眼が風に波打つ草の間をくぐり抜けた。 「俺なら『風の乙女(ベルセド)の住みか』へ落とすでしょう……では!」 はっと目を見開くユカルに、アシャは苦く唇を歪めた。 「俺もそうするだろうな。特に、その人間が有名であればあるほど」 言いながら、アシャの胸の内にじりじりと焦燥が満ちてくるのを必死に押さえつける。 「この辺りの裂け目を知っているか?」 「ええ、大体は」 ユカルは、はしこそうな焦茶の目を、草原の数カ所に走らせながら応じた。 「もう少し東へ行った所に一つ、それから、南に行った所にかなり大きいのが一つあります。でも、もっと小さな裂け目なら、少なくとも五つはあります」 「七、八つか」 ぐいとアシャは手綱を引いた。 「手当たり次第にあたってみるしかないな」 「では、手分けしましょうか?」 「いや、ひょっとすると伝令に飛んでもらわなければならないかも知れない」 自分の声が温度を下げる。 「どうも嫌な気配がある」 「『運命(リマイン)』の?」 ユカルはどきりとした顔になった。彼自身はそう感じていなかったのだろう。 「おそらくはな」 (余分な手間がかからなきゃいいが) スォーガにはもう一つ厄介な魔物(パルーク)の噂がある。それは太古に生きていた生物で、近づく者を虜にするという。 「とにかく、近くの裂け目から当たってみよう」 「はい!」 アシャはユカルについて馬を進めた。 空は次第に、おどろおどろしい不気味な色に染まっていく。風が一際強く草原を吹き渡って、前に居たユカルがいまいましげに呟くのが聞こえた。 「ちぇっ……『風の乙女(ベルセド)』でも出そうだ」 (『風の乙女(ベルセド)』か) ユーノもそうだな、と頭の隅で考える。 (追いかけても抱き締めても、いつもいつも俺の腕から幻のように擦り抜けていってしまう) 「!」「アシャ!」 ユカルの不安げな声を待つまでもなく、突然、前方から押し渡ってきたような風が、普通の風とは違っているのを感じた。鼻先を掠める空気、その瞬間。 (これは) 「ユカル! 伏せろ! 息を止めるんだ!」 叫んですぐに身を伏せる。そのアシャとユカルを巻き込むように、風は一気に吹きつけてきた。まとわりつくような異様な感触、まるで何十人という乙女が一斉に小声で話しかけてきたような錯覚を与える、ざわめいた風だ。息を堪えるアシャの鼻腔に、一瞬吸い込んだ甘ったるい匂いが染み付くように澱んでいる。 (物狂いする風……『風の乙女(ベルセド)』が聞いて呆れる) 息を詰めながら、心の中で舌打ちする。 確かに、この風にまともに吹かれていれば、生き物、特に人間などは、ただひたすら、その甘さを求めて裂け目に飛び込みかねないだろう。粘りつくような饐えた甘い匂いは、アシャにはなじみだ。 (そうか……スォーガの地下で蘇っていたのか、ラーシェラは) 「ぐ…」 ユカルの苦しげな呻きが、風の音の合間に漏れ聞こえる。そろそろ呼吸が苦しくなってきたのだろう。アシャの肺も熱くなってきている。助かったのは、匂いに魅了されたのか、馬も平原竜(タロ)も風に巻かれたままに呆然と竦み、動かなかったことだ。 もう限界かと思った次の一瞬後、彼らを取り巻いていた風は唐突に消え去った。 「ふ、うっ…」 体を起こして息を吐く。びくりと震えた馬が、いまさら怯えて躍り上がろうとするのをなだめ、大気にもうあの匂いが漂っていないのを確かめると、平原竜(タロ)にしがみつくようにして体を震わせ堪えているユカルに声をかけた。 「もう、大丈夫だ」 「うっ、はあっ…!」 激しく息を吐いて、ユカルも身を跳ね上がらせた。さすがに平原竜(タロ)は落ち着いたものだ、主人が無事だと確認すればそれでよし、ゆっくりと大きく首を振り、名残の空気を振り払うように体を揺する。その上で、肩を上下させながら、ユカルはアシャを振り返った。 「今のが……『風の乙女(ベルセド)』…ですよね…?」 「ああ」 「もし、まともに被って、吸い込んでたら、どうなってたんです…?」 息を整えながら、ユカルは好奇心を満たした目で問いかけてくる。 「あの風にはラーシェラの花粉が混じっている。物狂いとはいかなくとも、『風の乙女(ベルセド)の住みか』へは十分引っ張り込まれているだろう」 「…自分で飛び込む…と…?」 ぞくりとユカルが身を震わせた。 「ラーシェラとは…」 「太古生物の一種だ」 乱れた髪をかきあげまとめ直しながら、アシャは応じた。 「……思考を持った植物、というところだな」 「そんなものが生き残っているんですか? 太古生物はみんな滅んだと聞いたのに」 「……」 訝しそうに首を傾げるユカルに、それ以上は答えず、馬を進める。もう少し問いたそうな顔をしながら、ユカルが付き従ってくるのに、小さく溜め息をついた。 (そうだ、生き残っているはずがないんだ) 昔語りは、人の生活を脅かす怪物達は全て滅んだと言い聞かせてきた。それは、繊細で脆い、人と呼ばれる種族を守るための心理的な方便だったが。 (滅びるはずもない、んだが) 滅びるはずがない、『運命(リマイン)』の存在同様、アシャがここにいる意味と同様。 だが、制御はできているはずだったのだ。 (ラズーン支配が日増しに弱くなる) 気配だけではなく、こうやって明らかな脅威として目の前に立ち塞がるのを実感するほどに。 (だからこそ、何としてでも『銀の王族』を集め、ラズーンに入ろうと皆…) 「?」 ふと、考えに沈むアシャの視界に、赤茶けた草や岩とは違った反射が飛び込み、本能的にそちらへ向きを変えた。再び吹き出したのは健やかで緩やかな風、揺れる草の陰に再び沈み込んでいこうとする紅の光に無言で速度を上げる。 「アシャ?」 それは小さな岩だった。気をつけなくては見落としそうな、地表に少しだけ突き出た何の変哲もない石くれ。 だが、その表面に、明らかに奇妙な光が反射している。 背後からユカルの操る平原竜(タロ)の重い蹄の音が響いてくる。気になっていた岩まで来ると、アシャは急いで馬から飛び降り、しゃがみこんで手を触れた。 「それは…!」 ユカルがぎょっとした声で叫んだ。慌てて自分も平原竜(タロ)を降り、駆け寄ってくる。アシャの手元を覗き込み息を呑むのに頷き返す。 「…」 指を濡らしたのは血だった。 それほど前に流されたものではない。 乾き切っていない……乾き切らぬほど大量だったのか? 「アシャ、こっちにも!」 周囲を素早く確認したユカルが、点々と続く血の跡を指差した。 辺りの草は激しく踏みにじられている。犠牲者を引きずっていったと見えなくもない。その先に、小規模ながらも底深い『風の乙女(ベルセド)の住みか』が口を開けている。 「…どうやらここらしいな」 低く呟いて裂け目の中を覗き込む。ただでさえ鈍い光は、とてもではないが、その奥まで照らしてくれはしない。 「クェアーッ!!」 唐突に猛々しい叫びが響いて、アシャとユカルは振り向いた。 曇天に白々と、クフィラの勇壮な姿が浮かび上がっている。 「サマル!」 アシャの厳しい声を叱咤と感じたのか、クフィラは渋々と言った様子で舞い降りてきた。差し出したアシャの左腕に大人しく乗ったものの、いつものようにアシャの肩へすり寄ろうとはしない。 「これ…星の剣士(ニスフェル)のクフィラだ」 「クェッ!」 これ、と者扱いされたのに苛立つように、サマルカンドはぷいと首を背けた。だが、問い正すようなアシャの冷ややかな目にあうと、首を竦め、上目遣いに機嫌を伺うような様子を見せた。ユーノの側に居なかったのを恥じるように見える。 「…ん? …そうか、連絡があったのか」 どうして肝心の時に、サマルカンドがいなかったのかはすぐわかった。足首に通信筒がついている。ラズーンの方で呼ばれたのだろう。アシャに近い呼びかけをするもの、おそらくは『太皇(スーグ)』あたりか。 メッセージを確かめたアシャは思わず眉を寄せる。 『急ぎ帰還せよ。ラズーン存亡の危機、来たれり』 顔をしかめたまま、アシャは通信筒をサマルカンドの足首に戻した。 「よし、サマル。俺の馬が野戦部隊(シーガリオン)に戻ったら、すぐにラズーンへ飛んでくれ」 「クェッ!」 ふわりと、質量を感じさせない軽さで、クフィラはアシャの左腕から舞い上がった。それを見送ることもなく、アシャは馬の荷を下ろし、丈夫な縄紐を取り出した。『風の乙女(ベルセド)の住みか』の端へ固定し、強度を試す。 微妙にお互いの力を量りつつの二人。 ユーノはどう反応しますか(笑)。 1/12 >16:11 ゆきさま そうなんですよ、一泊二日です。 小説の方でも動いてほしいですね。 今回は表の仕事の方です(笑)。 いつもありがとうございます。 1/13 >16:41 CANDY さま そうですよ! 今一行動力が伴わないアシャです(笑)。 新年早々、ありがとうございます。 今年も頑張ります。よろしくお願いいたします。 |一覧| |