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![]() 《勝新太郎 映画『座頭市果し状』より》 “写実的に”描くべく雑誌や本の写真などを見ながら筆をとります。今回は勝新太郎、言わずと知れた名俳優、DVDの表紙を見ながら描いています。 自然、穴のあくほど写真を見るわけですが、あらためて強烈に思います。 「なんていい顔をしているんだろう」 …芝居であり生き方でもあります。 この絵を描くという修行、正確に写すという作業には正確に見るという行為が重要であるということにもあらためて気付かされます。
![]() 《市川雷蔵 映画『眠狂四郎殺法帖』より》 武を極めし達人ともなれば、その手よりなる絵筆の一線は深い造詣を示したという… 久しぶりに斬心塾の稽古からブログを書いています。 今までにも書いてきましたように斬心塾で学ぶ武術は、ただ技形態を型通り学ぶというものではありません。斬心塾で学ぶということは、身体的・精神的修練を重ねそれを転換・変換し自身の関わる現実社会に役立てていくということです。 そしてこの修練において不可欠なものとして、“感性”があるのです。この言葉、一昔前に安直に使われてしまっていた感がありますが、斬心塾で私はその本来の意味と重大さを気付かせて貰いました。 写実的に絵を描くという(!)指導を受けました。正確に対象を捉えそれを紙に写すというものです。 …これが実に難しい。絵を描くなどというのは、それこそ小学校以来じゃないでしょうか?偉そうにつらつら文を連ねましたが、課題からするとまるでかけ離れたものに… しかし不思議なことに描いていくうちにいろいろなことに気付かされます。見方、描き方、光と影…いかに物事を見ているようで見ていなかったか。まっさらな紙に向かう際は憂鬱でさえあるのに、気付くと夢中になって描いています。 正しく、“感性を磨く”べく、絵を描くという修練を重ねていこうと思っております。
私は東京タワーがとても好きです。 東京で生まれ育って、小さい頃から東京タワーを見ていたからでしょうか、とても好きです。 何度も上っているわけではないのに、 写真に撮ったりするわけでもないのに、 テレビがデジタル化されても「うちは東京タワーの電波でテレビを見ているんだ」とうそぶくくらい、 東京タワーがとても好きです。 去年の3月11日、東京タワーの先っぽが曲がってしまいました。映像で見る津波の惨状とは別に、それはとても悲しい出来事でした。 六本木の方から見ると分からないのですが、芝公園の方にまわっていくと曲がっているのが分かります。 何カ月経っても、見るたびに胸が痛くなります。 そしてその胸を刺すような痛みは、必ずあの震災を思い起こさせます。 東京タワーの先端を修理するそうです。それは嬉しいことではあるのですが、それでいいのか分かりません。 自宅玄関のコート掛けの留め具が一つ、あの時外れてしまいました。今でもそれを直せずにいます。
明けましておめでとうございます 厚い雲の向こうに輝きを感じ始めてから、少し経って霞みながらもその姿を拝む事ができました。 初日の出です。なぜだかとても有り難く嬉しくなりました。 そしてとても切なくなりました。こんな風に感じたのは初めてです。 今年もよろしくお願いします 矢島 星児
あまりにも大きく揺れた一年が暮れようとしています。 今年もありがとうございました。よいお年を 矢島 星児
2007年『日本刀の実力』、 2009年『日本刀、斬撃の理』、 そして本日2011年12月28日、これらを基に書籍『日本刀の実力』が刊行されました! この本は、二年に渡って掲載された 斬心塾 東郷秀信先生の記事を主として日本刀に迫るものです。 卵、鉄板、銃剣、巻藁、蝋燭、天保銭(!)の試斬、扱うための身体の法、精製から研ぎ、拵えに至るものです。 以前両雑誌を目にした方も、またそうでない方も必見です! (←帯に注目!)『日本刀の実力』BABジャパン
草莽崛起を謳い日本国旗を振りかざした一団が日本を守れと叫び、その前を反原発のデモ隊が行進の歩を進める。それぞれに警察官が取り巻いている。広場の奥にしつらえられた小さなステージではまだ売れていないアイドルだろうか、若い女の子が歌っている。 信号が青に変わる。 交差点は人の海と化し、熱は皮膚の上を乾いたまま通り過ぎる。 宣伝材料用の写真撮影をした。上半身、あるいは全身の写真でたいていニッコリ笑っているアレだ。毎年一枚撮ってもらっている。 撮る前に、今年は笑いませんよ、と私は言った。今年は笑えません。 カメラマンは、そうですね、と答えた。
あの大地震から二十日以上が経ち四月を迎えました。 ようやく復興への歩みが始まりつつあるように見受けられます。あらためてあの震災の凄まじさが露わになっていますが、津波で焼け野原のようになった街並みの中、被災された皆さんはがれきを片付け、生活を取り戻そうとされています。 それまでそこで積み上げてきたもの、あるいは新しく作り上げようとしていたもの、大事に守ってきたもの…失われたそれらの大きさを考えたとき、皆さんの痛みは想像すら出来るものではありません。しかし、その痛みを抱え現実の過酷さの中、それでもなおまた立ち上がろうとする方たちが歩みを始めました。 今、世代や職種や性別も国籍も問わず、多くの方たちが様々な形で復興の支援を行っています。被曝を覚悟の命がけの復旧作業に取り組まれている方もいます。宅配の業者さんで仕事と同時に自分の荷の中に物資を詰めてそれを現地で配る方もいるそうです。また多額の義援金も集まっています。たくさんの思いが被災地へ向けて、日本中から、世界中から飛び交っています。こんなにも人は強く優しくなれるのですね… でもここまで傷を負わなければそうはなれないのでしょうか?目を転じればリビアの内戦は利権を巡る外国の介入も始まり激化しています。日本の被災地にだって優しい思いだけが在るのではないでしょう。 あまりに深い傷が刻まれました。しかしここから立ち上がり新しく築き上げねばならないと思います。 桜が、咲き始めました。
仲代達也さん主宰の無名塾本公演『炎の人』が東北地方太平洋沖大地震の為上演を中止しました。初日を迎えるはずだった3月11日に地震が起きました。午後3時前に起きた地震の発生を受けてその日の上演の、振り替えではなく中止、続けて12・13日の中止も発表されました。さらにすぐ仲代さんの自筆署名入りの文と共に東京公演全ての中止が発表されました。私は12日の公演を観劇予定でした。ですのでこの間の動向を逐一追っておりました。 中止を決めるにあたり、仲代さん始め無名塾の方々、そして上演に尽力してきた多くの関係者の苦悩は、映画俳優としてこの世界の端に身を置いている私にも、察してあまりあるものがあります。 仲代さんの芝居をご覧になった方なら分かるでしょうが、全身全霊でもって役に臨まれる方です。苦痛ともいえる創作を通じて本番の日を迎えたはずです。そして仲代さん以外の俳優、スタッフの皆さんもそれは同じでしょう。 また劇団などの運営を考えれば何カ月も、場合によっては何年も前から準備してきた公演の中止というのはその経営母体を揺るがしかねない痛手です。 この中止の決定は推測するまでもなく、大地震が引き起こしたあまりに過酷な事実によってでしょう。もちろん現実的な理由もいくつもある事と思われます。ですが何より東北から聞こえてくる苦しみと悲しみの声が仲代さんの胸を苛むからだと思います。 私はこの決定に仲代さんの深い悲しみを感じるのです。連日流されるニュースの映像はあまりに悲惨です。ラジオから聞こえるのは悲痛な叫びばかりです。 私の胸の中には大きな暗闇が穴を開けてしまいました。決してふさがる事はないでしょう。ですが数多くの役を演じられてきた仲代さんが抱える事になった悲しみは、私などの比ではないはずです。東北からの声は仲代さんの胸を、いえ全身を悲しみで刺し貫いているのです。 一方でこんな時だからこそ上演をするんだと、客が激減してしまっているにも関わらず歯を食いしばって上演を続ける劇団もあります。もちろんこの姿勢も一つの立派なあり方とは思います。仲代さんもその文中で「たかが芝居、されど芝居」と述べています。 くしくも『炎の人』のチラシのコピーには「どうして俺はここに立っているんだ」とあります。この未曽有の事態を前に、俳優が本来持っている葛藤を突き付けられたのです。 大事なのは、芸能に携わる者としてこの大きな出来ごとに感応しているかという事だと思います。 私は公演の中止を決定するという目には見えなかった“大芝居”に、観劇の代金を払ったのです。
あの大波がすべてを飲み込む様は あまりに、あまりに激しい衝撃です。 そしてその大波が海へと帰っていった跡には 泥の中にたくさんの悲しみが残されました 今はただいち早い復興を願うだけです。 被災された皆様、今はただ生き抜いて下さい。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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