その7(10話)61【月夜】 受験勉強に疲れ、東側の窓をあけ、 三十メートルほどむこうの千夏の家をみた。 お、二階の窓が明るい。あいつもがんばってるな。 電話をする。 「はい、千夏です」 「よっ、おれ。康太」 千夏の部屋の窓がひらき、携帯を耳にあてた影が手をふる。 おれも大きく手を振る。 千夏の家のちょっと上に満月が出ていた。 「おい、きれいな満月だぜ。おまえんちの上」 千夏は窓から身をのりだし、上をみたようだ。 「あ、ほんとう。きれい」 そんなわけねーだろ。 ------------------------------------ 62 【自己紹介】 とある居酒屋。合コンの席で。 「わたし、整形美人でーす」 「ぼく、赤ちゃんポスト出身でーす」 「あたし、不義の子でーす」 「おれ、両親殺してまーす」 「あたくし、九歳から売春やってまーす」 「@&、%#%!&~$$¥ー*」 「わたくし、サイボーグでーす」 「ふんがあ、ウッキウッキ、がおがおー!」 「あたい、七回堕胎してまーす」 「おいら、隣国の人間爆弾でーす」 ドッカーーーーーーーン! ------------------------------------ 63 【しゃっくり】 しゃっくりが止まらない。 息を止めても水をガブ飲みしても逆立ちしてもダメだ。 おやっ。うしろから妻が忍び寄ってくる気配。 「わっ!」耳元で叫んだ。 しばらく待ってみる。 ダメだ。出た。 予測していたからおどろけないんだ。 いや、待てよ……。妻は実家に帰っていて、おれは今ひとりだ。 しゃっくりは止まった。 ------------------------------------ 64 【別れ、そして……】 「クル子。まさか、ボクを捨てて、鉄男と……」 「そうよ、エチ男さん。あたしは鉄男さんといっしょになるの」 「待て、クル子。オレたちはショッパイ仲だろ」 「もう遅いわ。さようなら」 クル子は鉄男のもとに走り、傷心のエチ男は天に昇った。 出演:クル子……Cl(塩素) エチ男……H(水素) 鉄男……Fe(鉄) 【化学反応(酸化・還元)】 Fe+2HCl → FeCl2+H2↑ ------------------------------------ 65 【家庭にて】 朝、食卓を囲む親子三人。 父親が新聞をみながら言う。 「最近は、簡単に親を殺しちまう子供が増えたなあ。 ああ、なんて世の中だ。 なあ、悠斗。おまえはそんな子じゃないだろう」 「うん」 それ以来、毎日、悠斗は父親の晩酌のビールに、少量の砒素を盛っている。 じわじわと殺すことにしたのだ。 ------------------------------------ 66 【病院にて】 ここはT県内の某自治医科大学病院。 患者からの苦情に業を煮やした院長は、朝礼で全職員を前にして言った。 「最近、当院において、医療過誤が頻発している。 昨日も夜勤明けの看護師が、消毒薬を患者に点滴するという とんでもないミスを犯した。 こらあ! 笑ってる場合じゃないぞ。まったく、たるんでおる。 いいかキミたち。心を引き締め、自分の親を世話するくらいの気持ちで、 患者を診るように!」 その日から、医療過誤は減るどころか急増した。 院長は被害者からの刑事告発に対応しているうちに 頭の血管がぶち切れて入院し、医療過誤によって帰らぬ人となった。 ------------------------------------ 67 【パソコンとの会話】 AI(人工知能)搭載のパソコンを買った。 いくつか質問してみよう。 地球は滅びるか? ──『滅びる』 その原因は? ──『貨幣経済。利己主義』 滅亡を回避する方法は? ──『無い』 天寿を全うする方法は? ──『疑問を持つな』 なぜ、疑問を持たないと天寿を全うできるのか? ──『疑問を持つつなつなぎも疑問疑問疑疑問つつななつつなな ぎもぎもぎもぎもぎもぎぎぎぎもももぎぎげごぎgぎ あおgldvbんdごぎゃげええええwwwwww……』 火を噴いた。 きっと、自己矛盾に押しつぶされたのだろう。 ------------------------------------ 68 【賭け】 わたしは事業で失敗し、妻子を残し、今、首を吊る。 よいしょ。それっ。 「グエッ!」 「よっ! お帰り!」 「はぁ?」 「はぁ~じゃねえよ。 おまえ、天寿を全うするって言ってあっちの世界に行ったろ?」 「そうだったっけ……」 「おいおい、とぼけるなよ。 賭けはオレの勝ちだぞ。尻こだま三個、もらうぜ」 (「あの世シリーズ」より) ------------------------------------ 69 【散歩にて】 スズメが居眠りしながら飛んでいる、温かい春の日。 三つの娘と散歩に出た。 歩道を歩いていると、むこうから腰の曲がったお婆さんがやってくる。 つえをついている。娘の前で立ち止まったのでこちらも止まった。 知らないお婆さんだ。 「まあ、かわいいお嬢ちゃん」といいながらしゃがみ、 「あ~ん」といって娘のくちをあけさせた。 そして自分のくちに指を突っ込んで茶色い飴玉をとりだし、 それを娘のくちに入れた。 ------------------------------------ 70 【再生】 某国が発射したへなちょこ核弾道ミサイルが、 ひょろりひょろりと大陸を越え、あろうことか北極に着弾した。 不発だった。 地球がぶるぶるっと震えた。 次の瞬間、突き刺さっていたミサイルが、 ほとばしるマグマと共に宙に舞った。 地球はあれよあれよとしぼみ、干されたヘチマのようになった。 四十六億年のあいだ便秘気味だった地球に、浣腸がされたのだ。 |