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せいやんせいやん

せいやんせいやん

その28

気がむいたら更新します。


##いっちゃん##

 やあ! みんなあ、元気かい?
 おいら、元気。元気元気の元太郎だよ~ん。
 なにをかくそう、おいら、『一万円札』なんだ。
 そうそう、ちまたで、『福沢ちゃん』とか、『諭吉さま』とか、愛称で呼ばれている、あの『一万円札』だよ。
 大多数の人間のあこがれの的だけど、これでもけっこう、気苦労が多いんだよ。
 屋台のオッチャンや深夜タクシーの運ちゃんなんかに、「旦那ぁ、かんべんしてくださいよお。おつり無いっすよ」なんて言われて、毛嫌いされることがよくあるんだ。
 そんなおいらが……えへへ、笑わないで聞いてくれよ。恋をしたんだ。恋だよ、恋、恋恋恋。
「こお~、いぃ~、」だよ。
 えっ、相手? 相手はね……えへへ、なんと、『五千円札』だよ。
 そう、『樋口一葉──愛称、いっちゃん』だよ。
 えっ、なれそめだって?
 そうだなあ──。
 あれは、小雪降る、寒い夜だったよ。

 その日は、気が付いたらおいら、朝から鈴木三郎さんの牛革の財布の中にいたんだ。あっ、一郎さんだったっけかなあ。いや、たぶん、三郎さんだったとおもう。
 三郎さんがね、「う~、しゃむい、しゃむい」って言いながら、コンビニで缶コーヒーと肉まんを買ったんだ。その時、レジのおねえちゃんに、おいらの隣にいた一万円札を渡して、もらったおつりの九七四〇円の中に『いっちゃん』がいたんだよ。
 彼女ねえ、なんていうかな、いい匂いなんだ。インクの香りがさ。たまらなくいいんだよ。それにね、しおらしくてさ、おしとやかでさ。けっしてでしゃばらなくて。
「ねえ、諭っ吉っさまっ」
「なぁ~んだい。いっちゃん」
 な~んて呼びあってさ。
 仲間{内}(うち)じゃあ、「おしどり夫婦」って評判だったんだ。百円玉二個と一円玉三個の子宝にもめぐまれたんだよ。
 
 そんなある日、三郎さんが、パチンコ店の両替機の前で、財布の中をみながら、
「あれ、細かいのがないなあ。しょうがない」
 って言って、『いっちゃん』をつまみ上げたんだ。
「あれえ~、諭吉さまぁ~」
「わああ、いっちゃ~~ん」
 三郎さんは両替機の角で、ゴシゴシと『いっちゃん』のしわを伸ばしてから、お札用の細長い穴に刺し入れた。そして、ボタンを押し、
 ジャラジャラジャラ……
 百円玉四十五個と、パチンコ玉百十五個に、替えたんだ。

 グッバイ! いっちゃん。
 楽しかったよ。
 しあわせにな。


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