069107 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【ログイン】

仙台四郎

PR

Rakuten Profile

設定されていません

Freepage List

2006.02.06
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
仙台四郎

Pictures\shirouori.jpg

(御参拝感謝します:仙台四郎)

shiro
現在発見されているもののなかで一番オリジナルに近い写真です。
現在高額で販売されているもののほとんどは、『仙台四郎の謎』という拙書の資料写真を接写拡大したものです。
別に、効果だとか、にそれに関係するのか?っていうと、私は関係ないと思いますが、それなら本を買って自分で接写して作れば10000円もかからないと思います。


◆ 仙台四郎  
● 明治の福の神として仙台市民に親しまれてきた。
● 江戸末期に銃砲商の子として生まれたんですが、少々知能の発達が遅れた。
● しかし、風体はというとでっぷりとしたスタイルにどてらにしまの半纏。
● 市中(しちゅう)をあてどなく徘徊する四郎が立ち寄った店は、なぜかかならず繁盛した。そのため客商売の遊廓あるいは料亭、芸技屋さんで大もてになり、またいくら来てよ来てよと呼んでも四郎が見向かない店はその身代がどんどん傾いていったという。
● これが評判となって生きながらにして福の神と呼ばれるようになった。
● 文献に寄れば、四郎は明治35年ごろ、福島須賀川で亡くなったとも、明治42年頃56才で亜細亜大陸で亡くなったとも伝えられる。
● その四郎の姿は、たった一枚生前に撮影され残され、幸運を呼ぶ福の神として大事に大事に飾られて、水商売はもちろんのこと仙台市内のさまざまな店でお目にかかることができる。
●  正確に判明している年代は、明治十一年十月十八日の仙台日日新聞に常盤廓貸座敷の娼妓が面倒をみて新聞に載った。また、明治三十一年春、仙台で二歳の三原良吉と出会っている。その後、大正を待たず明治時代明治三十五年(1902)頃に、福島県須賀川で(四郎を知る人も少ない地ゆえ介護の手もなく)四十七歳で亡くなったという。

●  「現在の仙台の仙台駐車場(東北劇場跡)のところに火のみ櫓(やぐら)があり、いつもその下にいたことから「櫓下四郎」とも呼ばれた」という話があるが、実際は「櫓下四郎」の櫓があったのは現在の県庁の西、ちょっと前に郵便局があったところである。
●  しかし、この櫓の下にいたというのではなく、生家がこの櫓の西にあり、その地名が櫓下であるため「櫓下四郎」と呼んだらしい。
●  仙台市内に飾られている写真は、元の写真(千葉写真館で撮影。X橋西の三角形南西端、仙台アエルの場所にあった。千葉写真館は戦後しばらくはあった)に筆を入れたものである。



BOOK
===>『仙台四郎の謎』に。問い合わせは
  ワシタキ氏へ was@fra.allnet.ne.jp




http://www.asakaze.net/sendaishiro/
に写真があります。
平成後の仙台四郎の本は、
すべて『仙台四郎の謎』をベースに
しています。

sendaishiro/銃砲店





楽天SocialNewsに投稿!

Last updated  2006.02.12 11:17:29
コメント(0) | コメントを書く


Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

けい@ はじめまして 教えてください 四郎さんの 奥様の お…
どぴゅ@ みんなホントにオナ鑑だけなの? 相互オナって約束だったけど、いざとなる…
ボーボー侍@ 脇コキって言うねんな(爆笑) 前に言うてた奥さんな、オレのズボン脱が…
もじゃもじゃ君@ 短小ち○こに興奮しすぎ(ワラ 優子ちゃんたら急に人気無い所で車を停め…
しおん@ ヤホヤホぉ★ こっちゎ今2人なんだけどぉ アッチの話…
Powered By 楽天ブログは国内最大級の無料ブログサービスです。楽天・Infoseekと連動した豊富なコンテンツや簡単アフィリエイト機能、フォトアルバムも使えます。デザインも豊富・簡単カスタマイズが可能!

Copyright (c) 1997-2017 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.