[歴史]の記事一覧 | 栃木の仙人　古本と温泉の日記

乃木希典閣下の遺徳に学ぶ

本日の曲キャンディーズ　あなたに夢中我々の青春時代には、キラキラ輝く魅力的なアイドルがたくさんいました。キャンディーズは、まだ有名じゃなかったころ、早朝の番組の短い時間帯に出現、非常に印象的だったのを覚えています。アイドルをとりまく「親衛隊文化」の空気こそが我々の世代の特徴とも言えます。さて本日のテーマ。或る日、或るとき、友人F氏と酒の席で白熱の議論となりました。F氏とは長い付き合いで、平穏無事な意見交換のみならず、価値観の微妙な対立・衝突を含むところの政治的な議論をたまにやります。よくあることなのですが今回の議題は、重要な論点を含むと思われますので、少し説明を加えておきます。戦争で死んで行った兵士たちの死は犬死だった、無駄死だったそれを認めることこそが重要だというのがF氏の意見。戦争で死んで行った兵士たちの死は犬死・無駄死だったのではない、歴史的事実への考察・反省点を含みつつも彼らの霊魂は実在している、歴史の継承性の中で彼らは生きており、霊的な価値、建設的な価値と影響を現代に対してもたらしている、その「死」と「精神」さらに言えば「神話」と「物語」は民族の遺産として子孫に語り継がれるべき永遠の生命を獲得しており不滅である、というのが私の意見。二百三高地での戦いであれ、戦艦大和の壮絶な最後であれ、カミカゼ特攻隊であれ、戦略的戦術的観点から見た場合、合理的観点から見た場合の不条理性というのは明らかでありましょう。名著「失敗の研究」で解明された論点を踏まえた作戦計画というものが、将来の戦術において反省的に生かされるべきことは当然かと思います。その点私は無意味な精神主義や玉砕至上主義論者ではありません。(実は乃木希典閣下も実際は精神主義や玉砕主義の権化ではなく司馬僚太郎氏の「坂の上の雲」や「殉教」に描き出された無能な軍人としての乃木像は、文学的粉飾としてはおもしろくても史実としては大幅に間違っており、乃木希典をゲリラ戦の先駆として高く評価したレーニンや「旅順攻防戦の真実ーー乃木司令部は無能ではなかったーー」を書いた別宮暖朗氏のごとく詳細な史実に深く立脚した見解を私は支持します。これはまた別稿にていずれ詳しく書きます)しかし、そのことと、戦争で死んだ兵士たちの霊魂の不滅性ということとは、別次元の話であります。目に見えない世界が実在しない、霊魂が存在しない、ということであれば、現世における物質的な栄達、物欲の充足こそが至上の価値となり、「死」ではなく現世の「人生」のみが問題となる。「勝利」という結果が出せなかった戦争による兵士たちの死が無駄死だったという合理的な結論がそこから導き出されるのは或る意味、必然の帰結かも知れません。しかし、目に見えない世界が実在する、霊魂も実在する、ということであれば、靖国神社は國のために死んでいった英霊たち、神々を祭る宗教施設であり、そこにあるのは宗教的空間なのであって、偉大な霊格、無形の教典、儀式と信者、至高の神聖性・神話と諸々の聖者にまつわる伝説がそこに潜んでいる。明治天皇のみならず東郷平八郎閣下も乃木希典閣下も神社に祭られし「神」にほかならない。そして霊界は人々の脳髄中にしか存在しない架空の蜃気楼なのではなく、現実世界と密接不可分の関係を有し絶えず現世に影響を与え続けている。「神話」は過去の遺物なのではなく、現実に人々を教導・感化しリアルタイムで現実を動かし、人を変え、世界を変える神聖性としての霊的ヴェクトルなのであります。F氏がそこまで理解した上で、その総体に軍国主義復活だの、右傾化だか何だか危険思想の兆候を読み取り、すべてを解った上で全否定するということであれば、F氏の立脚地点はもはや「右翼」ではなく「市民派左翼」の平和主義イデオロギーだということになる。しかし、その場合でも、たとえば漫画家の水木しげる氏が、戦場の悲惨を表現したごとき反戦の角度から、英霊たちは、戦後の平和に貢献するため自分たちの死の意味を決して無駄にしないでくれ、と悲惨な戦場における死の意義を黄泉の国から訴えかけているという意味でやはり彼らの死は犬死でも無駄死でもなかった筈であります。私とは価値観が違いますが、以前にも書きましたようにダグラス・ラミスさんのようなイデオロギーに対し私はーー賛同しないけれどもーー一定の敬意は表しております。世界観や価値観の根本的相違は、噛み合わない不毛な論争や殲滅戦によって解決すべきではなく、お互いがお互いに理想とすべき理想社会の実現とその人々を吸引する魅力的社会関係の構築如何によって競い合うべきであります。乃木希典大将の人格、教え、生活、生涯、三島由紀夫の割腹自殺、神風特攻隊や戦艦大和の最後が、日本人の心に何を訴えかけているのか、とりわけ若い世代の絶大な関心を集め続けているのはなぜなのか、今だからこそ深く考えてみる必要があるのです。(この稿続く)

天才的実業家・呑象高嶋嘉右衛門

本日の曲にじのむこうに幼児番組にけっこう質の高い音楽性を感じることがあります。セサミストリートなども有名なミュージシャンたちが競い合って曲を提供していた。「にじのむこうに」はなかなか名曲なのですが、この流れがめぐりめぐって「およげたいやきくん」へと生成発展していくのであります。さて本日のテーマ最近、日本の近代資本主義におけるパイオニアの一人、明治時代の巨大財閥の総帥たちと並ぶ実業家でもあった呑象高嶋嘉右衛門の研究をしています。高嶋は、澁澤栄一や岩崎弥太郎などに連なる天才的な実業家です。ほとんど無一文から出発し、材木業、金融業、学校経営、ガス事業、横浜の都市計画や鉄道事業、北海道の開拓事業鉱山開発、数々の株式会社の創設に携わった近代的な実業家でした。今も横浜にある高嶋町というのは、呑象高嶋嘉右衛門から来ている名前です。若いころ九死に一生をうる極限体験の中から古代中国の神秘的哲学書「易」との不思議な出会いがありその後、趣味で「易」の研究をやり、実業家として成功してから、引退後に「易」を使った占い師をはじめた。初代内閣総理大臣の伊藤博文や枢要な実業家・政治家・軍人たちが政治的に重大な決断をする前に彼のアドバイスをあおいでいたというのは有名な話です。その「易」の研究書を手に入れて読んでいるのですがやはり、独創的で本格的な研究書で驚かされます。(八幡書店から高嶋著「増補　高嶋易断」の復刻版が出ていて、4万円近くもしました。)生涯にわたり、これも本格的な「論語」の研究をしていた澁澤栄一と非常にタイプが似ています。高嶋は、「易」による占いは、神に通じる道であるといい「神意」を強調した完全にシャーマン型の宗教的な占い師としてカリスマ性があったのだと思います。高嶋は、すでに独力で巨大な富をかせぎ出していたのでお金のために占い師になったのではありませんでした。しかし、伝説的な活躍をした高嶋の没後、高嶋の名前は悪用され、有象無象の詐欺師たちが、高嶋の名前を乱用したために、高嶋易断の名前はいかがわしいものの代名詞となってしまいました。高嶋の周辺とか、明治、大正昭和初期と歴史を探求するのは、いろんな発見があっててもおもしろいです参考文献)近代日本企業家伝叢書２呑象高嶋嘉右衛門翁伝植村澄三郎著　初版：大正３年刊易聖・高島嘉右衛門乾坤一代男-人と思想紀藤元之介著高島易断を創った男 (新潮新書　新書)　持田鋼一郎著「横浜」をつくった男-易聖・高島嘉右衛門の生涯 (光文社文庫　文庫) 高木彬光著

ノモンハン航空戦

那須高原のおしゃれな喫茶店　ドミヤンの外観。ゆったりくつろげて、コーヒーもおいしい。ケーキもおいしい。まるでパリかどこかにある喫茶店のようです。本日の曲Song of the MIGHTY JACK マイティジャックの歌戦え！マイティジャック OP - Mighty Jack Series 2 Openingマイティジャック第1話プロローグ～OP - Mighty Jack episode 1 prologue ~ OpeningマイティジャックＯＰこれまた富田勲の名曲であります。私の子供のころ血わき肉おどる熱狂的な視聴体験としましては、「ヤマト」や「ガンダム」以前にこの「マイティジャック」が存在していたのであります。意外と知られていない円谷英二の傑作です。さて本日のテーマN氏から連絡があり軍事史学会にてノモンハン航空戦の最後の生き証人瀧山和元中尉の講演がある・・・とのこと。たまたま、仕事の都合で急遽東京へ行かねばならなかったので時間を何とか調整して聴きに出かけました。辻政信著「ノモンハン」やアルビン・クックの著書を読んで以来、ノモンハン事件は、私にとって非常な興味の対象でありまして実戦を現場で体験した人の話など貴重この上ないものでありました。九十五才になる氏はまだまだ明晰な記憶力の持ち主であり克明で生々しい70年前の航空戦の様子を長時間にわたり語ってくださいました。ノモンハンでの実践体験後陸軍大学で学ばれ最後はＢ２９爆撃機を迎撃する編隊長として戦った、Ｂ２９二機撃墜とのこと。敗戦末期の帝都上空7000メートル。せまり来るアメリカ軍・重爆撃隊の大編隊を前にして時と場合次第では「体当たり攻撃」をも辞さなかったあの若き伝説的な迎撃隊の指揮を氏がとっていたことになりますが、氏の語り口はあくまでも理知的かつ論理的で随所にユーモラスな逸話と過去への科学的検証を折り込みつつ淡々としていました。旧日本軍組織が構造として抱え込んでいた重大な欠点、一部のお偉方が諜報関係の有力情報を階級保身の手段として抱え込み、組織全体と共有しないなど情報の一貫した軽視、必要なものが行き渡らない「まずいものばかり食わされる」補給の杜撰、精神主義の裏返しとしてある敵への過小評価などが氏の実話の中でも随所に伺えたのは収穫でありました。実戦で改善すべき問題点が現場で発見された時、戦略・戦術思想や組織の硬直した日本軍ではなかなか改善されない。現場を知らない中央との不毛な論戦や駆け引きで何ヶ月も無益に過ごしてしまう。しかし、ソ連軍は「革命軍」であり、既成概念や過去の先入観、過去の成功体験への過剰な没入に捕らわれない科学的発想法のもと即時にして臨機応変な現場での改善へとただちに取り組んだとのこと。ノモンハン戦に、後の大戦で展開されたすべての要素の先行類型＝鋳型が存在するとされ、これを各国が徹底研究して濃厚な教訓を引き出していたならば、戦略を予見できたのみならずいろんなロスが予防できたと言われています。ところが意外なことにゾルゲなど一部の諜報機関以外これを研究した者はいなかった。講演会終了後、日本近代史専攻で満川亀太郎の研究家N氏と久しぶりに雑談する。乃木希典の再評価さるべきことを私が力説。日露戦争、大学の制度改革、満川亀太郎、大川周明のことなど話題は多岐にわたる。連合赤軍を主題にした「レッド」なる漫画をN氏が絶賛。新左翼の運動に関わっていた頃の過去の体験談を私が話す。「忠魂碑」の研究者がいるという。忠魂碑ツアーをやりたいとＮ氏。なんとマニアックな話なのでしょう。銀座の古巣Hビルに久しぶりに立ち寄る。M氏と雑談。NHKスぺシャルの「孤独死」のことが話題になる。誰しもがそのような可能性を背負って生きているというおそろしい現実。一昔前なら優秀な社員であった人たちが能力とは関係なく失業している。私のお客さんにも数多いし、M氏の周辺も同様。一部の特権階級を除き、お先まっ暗という部分でみんなあんまり変わらない。何とも悲しい現実ではあります。

パール判事の法的正義

東京裁判は、満州事変を経て、太平洋戦争へと至る近代日本の歴史の総体が批判的に裁かれた舞台でもありました。ナチスを裁いたニュルンベルグ裁判と対比されることが多いです。連合国の裁判官のほとんどが、「共同謀議」をも含めた日本の帝国主義的侵略的意図を仮定し、有罪判決へと至る司法判断を下したなか、例外的にパール判事という人物がいて、日本無罪論を唱えました。パールの論点は、1)事後法によって一連の歴史的事件を裁くことは、罪刑法定主義に反する2)戦争犯罪を糾弾するという美名のもとに「政治」を「法」の優位概念とすることは、強者により敗者を裁く政治的判断を正当化することへと繋がる。3)法によって裁くことが法技術的に難しいとしても、日本の侵した過ちのすべてが免責されるのではなく、そこには法によっては裁ききれない道義的責任が残されている・・・・というこの三点に要約されます。現時点において、法が国家の戦争行為そのものを裁くことができない・・・という事柄の意味するところは、国際法の限界を示すものであるのと同時に、日本が戦争犯罪をおかしたのが事実だとしても、原爆を落とした当事国であるアメリカ、日本の諸都市やドレスデンにおける無差別爆撃を遂行したこのアメリカや、インドに見られるごとき悪辣な植民地支配に手をそめていたイギリスに一体日本を裁く公正な法的権利、他者を裁く責任主体としての道義的権利や資格があるのだろうか、ということでありました。しかし、「法の正義」ということを主張したパール判事は、必ずしも日本の戦争遂行政策と、侵略かアジアの開放かは別にして意図した事柄と別個に起きてしまった結果(戦争犯罪)のすべてを正当化したのではなく、政治に「法の正義」が従属することへの警笛を鳴らしたのであります。このパール判事の意図したところは、後世によって正確に理解し継承されているとは言いがたい。左の論客はパール判事が日本の軍国主義を擁護しようとした頑迷な復古主義者のごとく誤解するし、右の論客はパール判事が、東京裁判において日本の戦争責任を免責したかのごとき強引な解釈をする。そのどちらもが間違いなのであってパール判事の意図を読み違えているとしか思えません。中島岳志さんによれば、パール判事のきわめて類まれな法的センスとバランス感覚は、グロティウスやプーフェンドルフなどの西欧起源の国際法にあるのではなくインドの古代法の研究から派生してきたものだと言います。貧困の中から苦学して数学を学び、やがて法律家へと転進。ガンジーの崇拝者でもあったパールは、簡素な生活を尊び、裁判期間中も仕事に没頭して1千ページ近い判決書を書きあげ、一切の娯楽と無縁であったという。ときどきインドに出現する典型的な「聖者」のタイプであろうかと思われます。パール判事の古代法研究論文や翻訳されていない論文の発掘や日本におけるさらなる研究が必要とされているようです。『パール判事東京裁判批判と絶対平和主義』中島岳志著パールその人に関するきわめてバランスのとれた労作的評伝。『共同研究　パル判決書　上・下』東京裁判研究会パル判決書の全文とならび国際法の権威で杉山茂丸の研究書なども出している一又正雄氏の興味深い論文が掲載されている。ちなみに一又正雄氏は国際法に関する幾冊かの研究書を書かれたほか、グロティウスの「戦争と平和の法」を翻訳された方でもあります。日本を破滅へと導いた運命の原初的発端をさぐるべく玄洋社の大陸政策とりわけ杉山茂丸に焦点をあてた研究というのがおもしろいです。

平賀源内と「天下御免」におけるアナーキズム

昔から私の周辺には自由を愛し束縛を嫌うアナーキストが多いようです。私も以前はそうだったのですが、仕事の関係で会社経営者の方やお店をされている方にアドバイスせねばならない機会も多く、職業的な必要から「善意の」産業主義者兼資本家的イデオローグへと転進し、ドラッカーやクレイトン・クリステンセン、ヘンリー・フォードの著作集や「ハーバード・ビジネスレビュー」掲載の諸論文、二宮尊徳や石田梅岩、山本七平などにも目を通す毎日です。社会主義の開祖の一人、ロバート・オーウェンやマルクスの協力者であったフリードリヒ・エンゲルスはれっきとした「資本家」でありましたし、ヘンリー・フォードにもアナーキズム的側面はある訳ですから、私の立論に極端な矛盾がある訳ではない。私の考え方に違和感を感じる過去からの周辺と私の本質との違いをつきつめてみるとおそらくはよって立つ社会的立場の違いに帰着するのみと思われるのです。ただし、私の個人的趣味の世界において、アナーキズムは、一個独立の誇り高き美意識であることに始終変わりありません。私が理想として仮定する真のアナーキストとは誰なのか。遠い過去に「風の会」の常連参加者として浅からぬ接点のあった竹中労さんなのか。クロパトキンやバクーニン、石川三四郎や大杉栄なのか。ではなくて、実は江戸末期の博物学者・平賀源内その人であります。イデオロギーとしてのアナーキズムというより、正確にはそのような生き方、自由精神のあり方という意味において理想に近いかな、ということです。私が小学生高学年のころだったか、平賀源内の生涯を、自由にユーモラスに描いた早坂暁原作の幻の名作「天下御免」というＮＨＫドラマがあり、その魅力に完全にはまってしまいまして、今から思うと潜在意識的にかなり強大な影響を受けた気がします。封建的ではあるが独特の魅力にも満ちた江戸時代の末期、閉塞的社会の隙間をぬって「奇人」「発明家」「博物学者」「表現者」として生きた平賀源内。階級や文化の相違を超越して、橋の下のアナーキーな空間にも出没する平賀源内。この自由闊達で神出鬼没、奇想天外にしてユーモラス、鋭い知性と風刺精神を持ちつつも、伸び伸びした個性を山口崇が好演しておりまして、この作品、実は幻の名作、しかも名作中の名作なのですが、残念なことにフィルムが少ししか残存していないとか。平賀源内=山口崇という、あの自由な個性的演技を代役によって超えることはなかなか難しい。とはいえテキストとしてのシナリオは残っており早坂暁さんが存命中に、現代における一流のキャストと最新のＣＧ技術を使って江戸の情緒あふれる「天下御免」を再度製作して欲しいもの。ただし、思い入れの強い私としましては山本直純氏作曲による軽快なオープニングテーマ曲やドラマ中の名曲の数々はそのまま生かしてくださることを切望する次第です。天下御免のオープニングテーマ曲感慨無量ですよ。涙がでるほどなつかしい。

諜報機関設置の国家的重要性

戦後日本外交の失敗の原因を考える上で情報戦及び外交駆け引き上の失敗という問題は大きい。外国であれば当然存在している強力な諜報機関の不在ないしは貧弱。日本が過去において情報戦において戦争に大敗した負の遺産がまるで生かされていない。内閣調査室、公安調査庁、公安警察、自衛隊小平学校、外務省など、それぞれの諜報組織と人員が競合関係にあることは仕方ないことだとしても、そのそれぞれが力の強い競合関係にあるのではなく、各自貧弱な組織がいわば島宇宙的に分散し、横のつながりや協力関係等も一切なく、それぞれが限りなく弱体だという状態。優秀な諜報要員を育てる陸軍中野学校みたいな存在もない。諜報要員は、政策トップとの関わりにおいて単なる情報提供者であってはならず、情報をもとにしつつも独自の世界観を有する政策立案者でなければならない。ゾルゲ事件が反面教師として我々に示唆するのは、隠された機密情報の収集のみではなく、公開された既存の情報からいかに政治的力学の流れを歴史的地政学的に解読できるのかという洞察の読みの深さが重要である・・・という点であろう。言われた指示どうりロボットみたいにデーター処理する人間ではなく、独自に判断し、ものを考え、歴史を動かすことに使命感や達成感を感じることのできる独創的人間が求められている。そのような人材を養成すべき陸軍中野学校みたいな人材育成機関が独自に再検討されるべきは言うまでもない。

日本外交上の度重なる失敗

戦後日本の外交は、日米安保条約下における政治的制約性の強いきわめて不利な情況下で行われてきたという部分に大きな特色がある。プーチンならどう動いたか、ニクソンならどう動いたかという視点、力の強い政治家が、機動力のある強大な軍事力を背景に有能な外交ブレーンたちとの密接不離な関係のもとで国益をかけて展開できたパワーゲームが、日本という風土においては仮定形としてすら成り立たない。大前提として政治における構造的なシステム上の機能不全が存在している以上国際政治における地政学的失敗の数々を外務官僚の無能が唯一の原因だとするのは、事実誤認であるだけでなくあまりに大雑把な責任のすり替えということになってしまう。日本外交上の度重なる失敗ということには、もっと多様な原因がからみついている。複数の歴史上の証言から推察するに役人は、例えば大使クラスなど一部に非常識なのがいたとはいえ、そのすべてが無能とかではなく、人格者というか、優秀で懐の深い官僚も一部にいて昼夜を問わず、文字どうり国益のため全力でがんばった。では外交上の数々失敗の真の原因とは一体何か。

ヒットラーと日本陸軍の同盟

日本とナチスドイツの同盟関係は、当時、アメリカの為政者たちが単純な図式に当てはめ考えたがっていたような「世界制覇をめざす二つの軍国主義国家どうしの緊密な同盟、ナチドイツと軍国日本の共同謀議」などといったものではなく、相互の複雑な利害関係や地政学的矛盾からその関係性の本質がいつ有名無実化するか、ないしは完全に崩壊し切ってもおかしくない相互のあやうい不協和音や未知の活断層によって成り立っていた。ナチドイツの軍人たちのなかには、蒋介石の軍事顧問だった人たちもおり国防軍の中には日本が交戦中の敵対当事国である中国びいきが多かった。一方日本が進出しようとしていた南洋群島には第一次大戦以前の元ドイツ統治下のものも含まれていた。アルフレート・ローゼンベルグ「20世紀の神話」に代表されるナチの人種理論と日本のナショナリズムはもともと異質な要素が多くその後、同盟関係の進展と共に日本民族を名誉アーリア人とみなし、日本人とドイツ人の婚姻を認めるなどなんとか辻褄あわせしてみたものの、水と油のごとく根本的に相容れない要素も散見された。ヒトラーは、東ヨーロッパに一大帝国を構築する野心を燃やしていたが戦略的配慮から強力な敵であるアメリカをヨーロッパ戦線に引きずりこむ気は毛頭なかった。日本の真珠湾奇襲は、スターリングラードで劣勢に立ったナチ・ドイツの背後にアメリカという後門の虎を招きよせる行為にほかならなかった。一方日本は日本で多くの複雑な利害関係をもつ満州と至近距離で接近しノモンハンで惨敗を喫した過去を持つ対ソビエト・ロシアとの全面戦争に巻き込まれたくなかった。反共を共通基盤とする領土拡張主義といっても日本とナチドイツでは、ソビエト・ロシアに関する戦略的認識が根本的に違っていた。真にヒトラーと意気投合できるのは、大島浩、武藤章をはじめとする日本陸軍の親ドイツ派のみ。一方、海軍や親英派の昭和天皇がどう考えどう行動するかはまるで未知数だった。とりわけ昭和天皇は、三国同盟を推進しようとする秩父宮と激しい口論、衝突を繰り返し松岡外相、大島浩駐独大使両人へもあまり良い印象をもっていなかった。後に駐日ドイツ大使になるオットー中佐(当時は駐在武官)からは、極秘裏にドイツ本国へ向け三国同盟締結の危険性を警告するレポートが送られていた。おそらくその背後にリヒャルト・ゾルゲの暗躍があった訳だが、ゾルゲの論文は、政治的見地からは、ソ連のみならずナチにとっても利用価値の高い洞察的予見に満ちておりナチの地政学者カール・ハウスホーファーたちからも高い評価をえていた。私見によれば日独伊三国同盟、とりわけ日独関係を構成するこれだけの不協和音が存在し、日独がいつ離反・衝突し、同盟そのものが有名無実化してもおかしくない状況下にありながら、そして対米戦を回避すべく、そのことを水面下で日本がアメリカに密かに伝え続けたにも関わらず、その意図するところとは正反対に、日独の関係が継続・強化・発展し、おしまいには人種イデオロギーを一部反故にするほど暴走し、ローゼンベルグ編集による「フェルキッシャー・ベオバハター」には、日本の軍部の暴走を賛美する記事が目立ちはじめ、時の経過とともにヒトラーが日本びいきとなり、最終的に対米戦へと日本が突入したのには、日独共通の緊密な利害というよりもアメリカの外交政策の無策・無能ということが根本にある。それは当時のアメリカの日本に関する認識不足、研究の不十分さ、人種的偏見の結果であり、遠因としてチャイナロビイのアメリカ議会周辺への活発な働きかけ、影響力の行使、外交攻勢によるところが大きい。ただし、その背後に日華事変以降長引く泥沼的戦争と中国に対する度重なる日本の政策的失敗があったことは言うまでもない。参考文献)「ナチスドイツと軍国日本　防共協定から三国同盟まで」テオ・ゾンマー著　金森誠也訳時事通信社昭３９「ヒトラーの外交官リッベントロップは、なぜ悪魔に仕えたか」ジョン・ワイツ著　久保田誠一(訳)、サイマル出版会、1995年「二つの危機と政治　1930年代のドイツと20年代の日本」リヒアルト・ゾルゲ著　御茶の水書房　1994年