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やりたいことを想像し創造しよう
■お師匠さんブログ▲ 眼科医 服部匡志 ■▲無償の活動 服部医師は、ベトナムで2000人の目と心に希望の光を取り戻した眼科医として 有名である。 内視鏡を使った網膜手術のエキスパート。 一ヶ月のうち、二週間ベトナムで手術して、二週間日本に帰るという忙しい日々を 送っている。 日本に帰国しても、休んでいるわけではない。 ベトナムで無償で働いているわけだから、日本に帰ってくるとアルバイトをしなければ ならない。 全国転々と、依頼を受けた病院に出向き手術をする。 出向いた病院で使い捨ての器具を見つけると、看護士に消毒を頼み、ベトナムに持ち込む。 使えるものは決して無駄にしない。 ■▲医師→ベトナム 服部医師は、父親を癌で亡くしたとことから、17歳の時、医師になる決心をする。 しかし、医大に入るまで4年もかかってしまった。 そして、大学に入った後も留年をしてしまう。 大学時代の先生は服部医師の印象をこう話す。 「組織で動くのが好きではなかったのでは。一人で動くのが好きだったからこそ 今のような活動ができるのでしょうね」 眼科医となってから、眼科学会でベトナムの医師から相談を受け、ベトナムで治療する ことになる。 初めは3ヶ月くらいの滞在だと思っていたが、ベトナムの医療現場は想像を超えて いた。 それから今のような日本とベトナムを行き来する生活が始まった。 ■▲協力者 医師として変わった活動をしているため、訝(いぶか)しがり揶揄(やゆ)さえする人も いる。 銀行からも信用されず、借金もままならない。 フリーの医師に日本の現実は厳しい。 しかし、服部医師はそんな厳しい状況の中でもこう言う。 「そこそこ、それなりの生活ができればいいんじゃないの。贅沢もしなくてさ」 そんな服部医師の活動に対し少しずつ協力者が増えてきている。 ようやく服部医師のやっていることが周りに浸透してきた。 でもやっぱり、一番の理解者であり協力者は奥さんであろう。 奥さんの作ったお弁当を、移動中の電車で食べるのは至福の時に違いない。 ▲■お師匠さんの言葉 「なんでやね。不思議だね。よぉ続いていると思うわぁ」 服部匡志 服部医師のことを、『情熱大陸』で知った。 その時、僕はこう思った。 「こんなこと僕にはできない…」 ベトナムでは、服部医師の活動はマスコミなどで紹介されている。 しかし、日本ではどうであろう。 おそらく、多くの人が服部医師の存在すら知らない。 日本では、服部医師のような人を「バカな奴」と思う風潮がある。 でも、「バカな奴」として紹介することはできないのである。 それはなぜか? 服部医師は正しいことをやっているからだ。 「バカな奴」と「正しくないこと」が組み合わさった時、 マスコミはあざ笑うかのように服部医師を紹介するだろう。 マスコミは、あざ笑うことが大好きだ。 でも、服部医師のやっていることは正しいからあざ笑うことはできない。 あざ笑えない話題は面白さに欠けるのから紹介を躊躇する。 もう少し、服部医師の正しさをマスコミで流してもいいのではないでしょうか。 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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