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2010.07.30
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 前回「フランス人権宣言」と「アメリカ独立宣言」にも明記された「人権思想」を例示しましたが、その背景には世界宗教(普遍宗教)であるキリスト教がもたらした超越性の原理(個々の共同体を超えた普遍的な原理)が存在していることを述べました。

 そうはいっても、現実のキリスト教は権力と結びついて「魔女裁判」などさまざまな害悪をもたらしたのではないか、と主張する向きもあるかもしれません。しかし、啓蒙思想家たちは、そのようなキリスト教の問題点を承知していたからこそ、ヴォルテールのように激しくキリスト教会を批判する論者もあらわれたのです。

(キリスト教徒が歴史の中で様々な問題を引き起こしたのは事実ですが、そのような問題に対する「自己批判」が不断に形成されてきた点を竹内芳郎は大いに評価しています。

 なお、マルクス主義者であった竹内芳郎が『文化の理論のために』、『意味への渇き』などの文化論・宗教論を本格的に展開するようになったきっかけは こちらのコメント欄 をご参照ください)

 啓蒙思想は「至高存在」とか「造物主」という言葉・視点を持ち出しながらも「人権宣言」という形で、いわばキリスト教の信者でなくても受け入れられるような形へと「超越性の原理」を再構成していきました。 これは、宗教の持つ絶対性を取り込み、普遍化する作業だったともいえるでしょう。 

 さて、前回述べたように、「人権宣言」に代表される「原理が」、欧米における市民革命の基盤だったわけですが、なぜ日本においては古代から現代にいたるまで、そのような革命運動が起こらなかったのでしょうか。

 竹内芳郎はその背景として「共同体的、集団同調主義的な〈無‐超越性の〉日本的精神風土」を強調します。
 一言でいえば、この日本において権力者をも裁きうる「(共同体を超えた)普遍的な原理」社会の中で形成・共有されてこなかったのです。宗教的生活も含め、そのような「思想的・文化的伝統」が存在しないため、「人権思想」の定着なども困難を極めてきたと言えるでしょう。

(例えば学校現場で行われている「人権教育」も、普遍的な権利としての人権というよりも、「共同体的な思いやり」を伝えるものになっている場合が少なくないように思われます。)

 つまり、「人権思想」の系譜を見る限り、「普遍宗教」のもたらした「超越性の原理」(共同体の利害を超えた普遍的な原理)こそ、人権が生み出され定着していく際の重要なポイントだったのですが、日本においてはそのような条件が決定的に欠けているのです

 いや、日本にも万人平等主義を柱とした「世界宗教」(普遍宗教)である仏教、のみならずキリスト教も伝播してきたではないか、と言えるかもしれません。しかしながら、そのように伝播してきた「普遍宗教」は「共同体的な自閉性」を「開いた精神によって」突破し乗り越えるという本来の役割を果たすことなく現在にいたっているのです

 前記事で、1,部族共同体宗教(原始農耕宗教)→2,(古代専制国家を支える)国家宗教→3,世界宗教(普遍宗教)という宗教の変遷を見てきましたが、全世界的な視野に立つと、1から2、2から3の間には明確な断絶がありましたとりわけ3、世界宗教は2、国家宗教のもつ自閉性をその「超越性の原理」で切断し乗り越えていったところに歴史的な意義があります

 しかし、日本のばあいはどうでしょうか? 
 まず、1と2の明確な断絶が存在しないのです
 例えば「自然神」に対して豊かな収穫を感謝する祭祀であった新嘗祭(原始農耕宗教の行事)をすべて古代の大王が(天武天皇の時代)統合し「大嘗祭」としたことに象徴されます。つまり、部族共同体における原始農耕宗教の「自然神への信仰」を大和政権は「国家宗教」へと統合していったわけです。
 
 一般的には(外来の)権力・支配を正当化する役割を持つ「国家宗教」ですが、「記紀神話」の場合、アマテラスという、もともとは稲作農耕の豊饒女神と思われる神がそのまま天皇家の始祖神とされ、結局、原始農耕宗教を統合・吸収するかたちで原始宗教と国家宗教がけじめなく連結してしまいました

 そして、そのような国家宗教としての神道(天皇教)の性格について竹内芳郎は次のように言うのです。 
 「メソポタミアの純粋な国家宗教とは異なって、上からの圧政よりも下からの帰順、〈原始宗教〉いらいの共同体帰嚮(ききょう)〔共同体帰属意識〕を基盤とする柔構造性を持つこと、普遍宗教とは異なる〈無‐超越性〉に基づくつよい自閉的性格、異分子排除性を持つこと。」

 これが、現在も続く「集団同調的精神風土」の形成に深く関わると竹内芳郎は考えるのですが、さらに決定的だったのは、3の「世界宗教」が2の「国家宗教」のもつ自閉性をその「開いた精神」で突破し乗り越えていくことに失敗したことで

 「我が国に流入した最有力の普遍宗教としての仏教の著しい特徴は、鎌倉仏教の始祖たちを例外として、ほぼ完全に王権に従属し、(最初から民衆レベルではなく国家から国家へ伝えられたこともあるが・・・)国家宗教としての「神道(天皇教)」を超越性の原理で切断し乗り越えることに全く失敗してしまった」というわけです。

 次回は鎌倉仏教や、「加賀の一向一揆」など一部の例外にも目を向けながら、「閉じた共同体」と「ナショナリズム」、戦後の問題にも触れてみたいと思います。                続く

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Last updated  2019.03.30 18:49:06
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