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自動車→自転車、その後(3)。… (健康・ダイエット)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】

  徒"然草 ~づれづれなるままに~  by 自然 はりきゅう治療院
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なまはげ侍の日記

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2012.03.29 楽天プロフィール Add to Google XML

自動車→自転車、その後(3)。
[ 生活 ]    

自転車化に伴い、様々な変化が起きてきます。

朝、子どもを送ることに関しては、娘がブーたれていた「早起き」に始まり。

時間的な制限が加わるので、段取りを良くする、家族間のチームワーク強化など、様々な工夫が生まれます。

そうして、生活に「しまり」が出てきます。生活のしまりは、心、体のしまり。

ダラダラ過ごすより、よほど気持ちがよろしい。工夫が楽しくなってくる。


もちろん、いいことばかりではありません。

(1)に記したように、変化の過程で摩擦も生じ、怒声や泣き声も飛び交います。

そうして、ごった返して、いろいろぶつかり合う中で、新たな形、道ができていく。


治療においても、クスリを止めてから治っていく過程で、一時的に症状が表れ苦しむことがあります(症状の多くは治ろうとして生じる生理現象なので)。

現代的な医療から、摩擦無くシフトできれば良いのですが、必ずしもそうはいきません。

それでも、摩擦を乗り越えて、治っていく体、人があります。


今、原発を始め、日本の抱える様々な問題が、自発的なシフトを促してくれています。

依存的なラクから、自立的な楽へ。

シフトには、様々な摩擦、痛みを伴うでしょうが。

それでも、乗り越えて、自らの足で立てる「人」になりたいです。

KC3Z0050.jpg

(写真:自「立」へまた一歩、時にちゃぶ台とぶつかり、痛い目にあっています)



Last updated  2012.03.29 08:31:01
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2012.03.27

自動車→自転車、その後(2)。
[ 生活 ]    

朝の送りでは、娘を背中に感じ、様々な会話が生まれます。


「いいにおいがするねぇ」と娘。

開店前、何かを揚げているのだろうか、というにおい。朝、ある場所を走りぬける時、決まって流れてきます。

車で窓を閉めていては、感じることなく過ぎ去ってしまうでしょう。


ラクばかりして、体使わんと、人間が駄目になってしまう、と前回書きました。

自分を省みても、職業柄、人を診ていても、感じること。

幼稚園のお母さんたちに、「運動になっていいわね~」と感心される(真似してみないのだろうか)のですが、ラクして駄目になるのは決して個人の体力的な意味にとどまりません。

先に述べた、感覚的なこと、ひいては周囲、環境、人とのつながり。


そして、更には。

ここ二週にわたり、小出裕章さん、広瀬隆さんのお二人に原発関係の裏話を聞く機会がありました。
お二人の話では、日本、というか世界は極めて危機的状況にある。原子力という身に余る、ラクの代償を抱えて。

文字通り、人間、人類、それどころか地球の生命全体が駄目になりつつある、ということ。

このことは、実体験とのリンクが薄く、頭の出力によるところが大きいのですが。
広島原爆数千発分の放射性物質が全国に54基分あって、後始末の方法がない、と聞けば、それだけで気が滅入ります。

あまりにも超大過ぎるラクの代償。

それに加担し続けている私たちがいます。

→続く


Last updated  2012.03.27 12:23:09
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2012.03.26

自動車→自転車、その後(1)。
[ 生活 ]    

自転車へのシフト宣言から、早一ヶ月がたとうとしています。


朝は駅3つ離れた集合場所へ娘(4歳)を乗せてこぎ着けます。

田舎で幼稚園が無い、というわけではないのですが、少し遠くの幼稚園(嫁が通っていた)にお世話になっています。娘は集合場所から更に20分ばかり歩いて幼稚園へたどり着きます。


もはや、慣れた(あきらめた?)ものの、集合場所までの送り迎え、最初は自転車化に摩擦が生じました。

予測はしていましたが、子どもはやはり素直。

初日は物珍しさでウキウキしていたものの、翌日には「車がいい」と。

寒い(後、完全防備で解決)、早起きが嫌、疲れる、と直訴の嵐。

最初から自動車が当たり前になっていた娘にとっては当然の訴え。何が楽しゅうて、わざわざしんどいことせなあかんねん、と。


思わず、娘の目を見据え、私の口をついた言葉は。

「ラクばかりして、体使わんと、人間が駄目になってしまうのや」。

これは、常々心の内にあることなのですが、自転車で後ろに座っているだけの娘にはあまり関係ない?

にもかかわらず、それから文句は無くなりました。かといって、機嫌が悪いふうでもない。

言葉を超えて、何かが伝わってくれたこと、ただの圧力で黙らせたのではないことを祈るばかりです。

→続く


Last updated  2012.03.26 23:13:11
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2012.03.23

発信。
[ 心 ]    

発信…発芯。


受信、発信は食事や呼吸と似ています。

受け入れて、発する中で、自分の芯、即ち自信(自芯)が育っていく。その交流の中で、周りの芯も育っていくでしょう。


上のように書くと、如何にも簡単で、芯の強い人ばかり育ちそうで、世の中もっとうまく回りそうなものですが、実際うまくいっていません。


それは、受け入れているつもりで受け入れることができておらず、発しているつもりで発することができていない、という現実。

表面的なやりとりがほとんどで、相手の中身を感じることができていない、自分の中身を表すことができていない、とも言えるでしょうか。


発信。
自分の中身を相手に表すことは、相手の反応によって、少なからず、自己破壊(変革)を生じます。
そうやって芯を研いでいくことも、中身のある自分、自信を育むには必要か、と。
受け取るばかりでは、メタボよろしく、うまくない。


此度、初女さん、小出さん、奈良さんから、ありがたく授かった糧を加えて、行動、即ち発芯してゆきます。

(文章化、という行動の中で、またも意識が先走る己の難点を発見す。うーん、研がれているのか?)


Last updated  2012.03.23 22:59:21
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2012.03.22

受信。
[ 心 ]    

受信…受芯。


ここのところ、佐藤初女さん、小出裕章さん、奈良大介さんと立て続けにお会いできる好機に恵まれました。

お会いするごとに、ブログに表したかったのですが、表せませんでした。


言葉、あるいは音を介して届けられる芯の強さ。

それはきっと、初女さんの、小出さんの、奈良さんの、生き様そのもので。

それぞれ異なる人生、持ち味は違えども、濃密な芯。

それは、当然なのですが、おいそれと言葉に表せるものではありませんでした(試してみることで、己の陳腐さに辟易することはできた)。

その場においては、涙したり、踊りだしたり(奈良さんの奏でる音に)。からだは多少表せていた?


是非、直接お会いして、直接感じていただきたい。


山口にいながら、お会いできたのは、幸運以外の何物でもありません。
足を運んでくださったご本人はもとより、幸を運んでくださったたくさんの方々(わっか屋さん、こばと幼稚園、小出さんのお話を聴く会の皆様、まなまなさん、黒五郎のひろしさん等々)、ありがとうございました。


Last updated  2012.03.22 17:23:20
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2012.03.13

ワカメのこと。
[ 食 ]    

IMG_3521.JPG 

採ってきた大量のワカメを干しました。

砂が少し気になったので、少し洗って干します。誰かに食べていただいて、文字通り砂を噛む思いをさせるのは気の毒なので。

採るのは、割と簡単だし、楽しいですが、始末はつらいこともある。

ここのところ少し寒が戻ったのに加え、風があると、外での水仕事は手がかじかみます。

アオサなどは、その構造上、砂がとれにくいので、洗いも手がかかります。曇ってくると、寒くて泣きたくなりますし、おてんとさまが顔を出すと、その温かみ、ありがたくて鼻水が出ます。一喜一憂、情緒豊かになれますでしょうか。KC3Z0052.jpg

風の無い日を選べば楽かもしれませんが、大潮、晴天、仕事を空けれる、などの条件を加味すると、作業できる時は自ずと決まってきます。ワカメ、アオサは採ってきて、少し放っておく、ということができませんし。そうそう、以前にも書きましたが、海藻にも旬があって、ワカメはもう少しいけますが、アオサはもはや終わり、こちらでは2月~3月頭というところでしょうか。巷のものは、もっぱら養殖、旬もへったくれもありませんが。

自然派やらスローライフやら、そういった言葉も耳に入る昨今ですが、単純にラクを求めて、ご都合主義でそっちに流れると、自然の厳しさにつらい思いをされるかもしれません。当たり前のようですが、自然は決して自分にとって、常々都合のいいものではないからです。周りの人がそうであるのと同じで。まぁ、そこで、ご都合主義の、自分のバカさ加減に気づくや否や、が大きな別れ道でしょう。

話がそれました。
つらい寒風ですが、そのおかげで、ワカメが早く乾くということもある。
海の恵みが、おてんとさま、寒風、そしてわずかなれども私どもの人力で干しあがった乾燥ワカメ。命ある、ありがたい食物です。

昨今、そのワカメについても、放射能のことと絡んで、食ったらいいだの、食ってはいけないだの、両論耳にし、虚しく感じました。
いい、というから食べる、とか、いけない、というから食べない、とか。頭、理屈が先行し過ぎる。
実際に食物と深く関わることをしていますと、頭で食べるのは、食物に甚だ失礼な気がするのです。いただくまでに携わった自然(もちろん人を含む)に失礼。
そう遠くない過去、私自身も、栄養学やら、マクロビオティックやら、多少かじっていい気になり、頭で食べていた時期がありました。今となってはお笑い種。一番大切なところが抜け落ちていたのですから。

ありがたい。

裕福になって、食べられることが当たり前になったからでしょうか、日本ではどうにも希薄になりがちな心のようです。それさえも、頭でつくってしまっていることもある。厄介ですね。
感じて心に湧き出ずる、ありがたい、を根に、おいしく命をいただきたいです。



Last updated  2012.03.13 16:11:10
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2012.03.04

自動車→自転車(2)。
[ 生活 ]    

(1)に続きます。


出会い、学んだならば、即行動。

昨日のような、晴れた春の日は自転車日和。


田舎は車いるやろ、という先入観で、大阪から越してきた時、すぐに手に入れた車ですが。

住んでいるところはかなり便利で、日常生活だけなら、おそらく車はいりません。

自転車シフト宣言以降、自転車を乗り回して、現段階での実感。


いろいろ気づくことも多い。

何といっても、人が近づく。現実が近づく。

車の中、というのは、特殊な、不自然な閉鎖空間なのでしょう。特に、窓を閉め切った冬の車内は。

感覚を閉じて、考え事をするには、うってつけかもしれない。事実、停車中、よく考え事をしている自分がいます。


シフト宣言からまだ数日ですから、先々、いいことばかりではなく、問題もあまたみつかるでしょう。

日常のちょっとした変化から、多くの変化が生まれ出でて、楽しいです。

KC3Z0049.jpg



Last updated  2012.03.04 23:16:50
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自動車→自転車(1)。
[ 生活 ]    

稼働率のシフトを始めました。


世の中には、自転車はエコだから、という立派な志で自転車を推進する動きもあるようです。

しかし、私の場合、そういう立派な理由ではありません(CO2削減とか、実感湧かんし)。

1. 車依存は気に喰わん。からだ、人力、使わな過ぎ。
2. 生活費削減(切実です)。
3. 車が多くて、子どもが外で遊びにくいのは嫌だ。それに加担するのは心苦しい。

そんなこんなで車やめよか、と嫁と協議していたところ、先週面白い人と出会うことが出来ました。


115カ国、自転車で旅しているという、熱いおっちゃんhttp://www.miyazaki-catv.ne.jp/~ecohideki/。お会いしたその日も、宮崎から山口までおよそ320km、一日がかりで来たという。

平然と一見馬鹿げたこと(現代の日本において)をできる人はイキイキしています。生きていますね。

お話ももちろん面白かったのですが、何といっても、芯の通った熱い人となりにひきつけられ、その場で自転車へのシフト宣言をしてしまいました。

(ご縁を与えてくださった、ムッターヘンデさんhttp://www.mutter-haende.com/contact/、ありがとうございました)


Last updated  2012.03.04 23:18:12
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2012.03.02

生きた言葉。
[ 言葉 ]    

ここのところ、「言葉」について注意するところ多く、結果日記も少なくなってしまいました。

話すときもそうですが、注意しながら、となると、機を逃す、ということが起こってきます。

かといって、注意を怠ると、改善に至らない。


どんなところに注意しているか、というと。

果たして血の通った、生きた自分の言葉を口にしているのか、というところ。

その言葉は、自分の体験に基づいたものか、自分の心に基づいたものか、ただ頭の中にプールされたものをつなげ合わせたものではないか、などと問うてみる。


こういうことを自分に課しておりますと、不思議と相手の発する言葉にも気がいくもので。

頭に響くか、胸に響くか、腹に響くか。

もちろん、これは聞き手の問題もあって、頭に響いたならば、頭で受けようとしていなかったか、と自問して改善する。


はじめの話に戻ると、バンバン話して、書いて、間違って、省みて、直して、ということになりますか。

今更ながら、そういう場をいただけること、相手のあることがありがたい。


生きた言葉を扱いたいのです。

頭どうしのやりとりだけでは虚しいですから。


Last updated  2012.03.02 19:18:36
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2012.02.20

ジャガイモに告ぐ。
[ 農 ]    

IMG_3501.JPG 

今春初、農作業らしい農作業でした。

種イモの植え付け。

風があって寒かったのですが、家族総出の甲斐あって、早々に済みました。

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娘(4歳)は、ジャガイモに「春になったら出ておいでよ~」と声をかけて、土を被せていました。

黙々と作業をしていた私には、そのことがとても温かく感じられました。同時に、自分に抜けているところを気づかされ、恥ずかしくもなりました。


「野菜に声かけをしたら、野菜がよく育つ」という話を聞いたことはあります。

しかし、そういう知識をもとに、ただ形だけ声をかけても駄目でしょう。

誰から教えられるでもなく、心からジャガイモに向けて発せられた、娘の声にはおよばない。


心からの声は、心に響く。命に響く。

大人になるにつれて、ともすると、頭でコトバをこね回し、心からの声を歪めてしまう。
あるいは、知識を基に、中身のないコトバの羅列をつくることに終始してしまう。

結果、頭から頭への、空虚なうわべだけの情報伝達。

そこに、本当の絆は、ありません。

(このブログもそうならないように注意はしているのですが...)


心からの声は、きっとジャガイモに届いていることでしょう。

娘ともども、芽を出す時が待ち遠しいです。

IMG_3507.JPG



Last updated  2012.02.20 22:06:10
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