風雲 いざなみ日記

昨日からのつづきです・・・
（※私的演出のため、古典とは異なる描写が多数ありますがご了承ください。）

[ 下 ]
月日は流れ、お吉は河内屋からのれん分けを受けた油屋豊嶋屋七左衛門の女房となり、平穏に暮らしておりました。　一方、与兵衛は度重なる放蕩の末に勘当され、自堕落な暮らし果てに、親の名前で大借金をしてしまいます。　金策に疲れ、まさに崖っぷちに立たされた与兵衛には他に頼る者もなく、自分を憎からず思ってくれるお吉に頼んで金を都合しようと思い豊嶋屋を訪ねます。

ところが、与兵衛が豊嶋屋に行き着いたとき、ちょうど豊嶋屋に義父と母が代わる代わる豊嶋屋に入って行くのを目にします。 驚くことに両親は、お吉に「もしも息子が訪ねて来たら 渡してやって欲しい」と、金を用意して預けに来ていたのでした。 　

戸口の外で物陰に隠れ、一部始終を聞いていた与兵衛は、この時あらためて親の心を知り、借金を片付けて、今度こそまっとうに生きようと決心して、頃合いを計ってお吉を訪ね、金を貸してくれと懇願しました。

お吉にすれば、何とか与兵衛を助けたいと心を動かされます。　けれども、今まで欺かれ続けていたこともあって、そう易々と聞き入れて金を渡す分けにもいきません。　ましてや、恩のある河内屋の旦那と奥様の気持ちを察し、今回ばかりはひたすら心を押さえ、お吉はわざと厳しい口調で与兵衛の改心を確かめようと罵るのでした。　

お吉の、かつてない厳しい言葉に与兵衛はくじけ、もはやこれまで、ならばこの場で自害しようかと思い詰めて、持っていた匕首（あいくち）を抜きますが、お吉はその途端、自分が刺されると思い違いをして、とっさに与兵衛を突き飛ばして逃げようとしました。

それを見た与兵衛は、かっと逆上し、ついに逃げるお吉に切りかかります。　逃げ惑うお吉、追う与兵衛。　

与兵衛はお吉の着物の襟を掴み匕首を脇腹に突き立てました。　

「今死んでは娘が流浪する！　死にともない。　銀もいるほど持ってござれ。　助けて下され与兵衛様ぁ！」　

幼い我が子を思い、必死に命乞いをするものの、もはや魔が差した与兵衛の耳には届きません。　お吉の帯を掴んで引き寄せ、無我夢中で刺し、刺してはえぐり、抜いては切り、お吉の返り血を全身に浴びて悪鬼と化した与兵衛。　お吉は、与兵衛に刺されて手足をもがく中で、油樽は次々に倒れました。　

倒れた油樽から、ドクドクと油が流れだして土間は油の海となり、足を取られて二人はもつれながら倒れ込みます。　馬乗りになった与兵衛に繰り返し刺され、えぐられ、苦しみに身もだえして、ついに力尽きたお吉は、かっと目を見開き、下腹に匕首を突き立てられたまま、血と油の海で絶命したのでした。　

髷（まげ）も解け、血と油と汗にまみれた与兵衛は、身を震わせてよろよろと起きあがり、戸棚の金を掴んで表へと逃げたのでした。　それは、放蕩と愛欲に溺れた果ての惨劇でした。


― 完 ―　

私の、勝手気ままな乱文にお付き合い頂き、厚く御礼を申し上げます。m(_ _;)m


夢に舞ひ　明けに骸（むくろ）の糸蜻蛉（いととんぼ）　浮き世の川の澱みなるかな　（悪代官愚歌）