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ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。 淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。 世の中にある人と住家(すみか)と、またかくの如し。 ![]() この有名な文は、鴨長明(かものながあきら)の『方丈記』の書き出しの部分です。 鴨長明という人は、平安時代の末期の歌人で賀茂下社の禰宜の出身で和歌所に勤めた人でした。 方丈記の書かれた背景は、度重なる天変地異と飢饉や疫病、そして政変が頻発し、人々の心には、先行きの不安が重く圧しかかった平安末期の混沌とした時代です。 ![]() 長明と同じ頃、平清盛、源頼朝、源義経、木曽義仲、法然上人、藤原定家、西行法師らが活躍し、時代の風は、ちょうど平家の栄華から壇ノ浦の平家の滅亡へ、そして後の鎌倉幕府の成立へと大きく吹き荒れて、貴族に代わって武士が台頭する移り変わりの端境期でした。 方丈記は、こんな過酷な時代を後世に書き残した、いわばドキュメンタリー色の濃い貴重な文学であり、同時に"乱世"をいかに生きるかという人生哲学でもあるのです。 ![]() 方丈記の前半は、富小路から出火し、大極殿をはじめ約二万戸を焼失した安元三年(1177)の京の大火と、治承四年の辻風(大竜巻)、清盛の福原遷都の経過、養和の飢饉、元暦の大地震などが"相次ぐ災厄"として記されており、後半では晩年に過ごした日野山の"方丈(一丈四方)の庵"での穏やかな日々が綴られています。 ![]() 長明自身の目で見て、自らの感覚で捉えた時代の変化と、平安京の都の様子と、人々の暮らしが生々しく記録されています。 こうして、明快で流麗な文体で描かれた方丈記は、八百年もの時を経て、優れた古典文学としての一面だけでなく、平安末期を綴った壮大な歴史パノラマとして、今に通じる自然災害の悲惨さと乱世に生きる人の在り方を伝え、現代人に警鐘を鳴らしているような気さえします。 干時、建暦のふたとせ、やよひのつごもりごろ、桑門の蓮胤、外山の庵にて、これをしるす。(方丈記 結び) ![]() ![]() │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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