三田誠広 西行 月に恋する
「白河院は武士を受領に起用した。武士は配下の武士団を率いて地方に乗り込み力ずくで租税を徴収した。そのため摂関家の勢力は衰え、白河院が絶対的な権力者として君臨することとなった」そのことで、「朝廷の権威は回復し」そして「武士の時代が始まろうとしている」「この領地に興味はなかった。だが弟が成長するまでの間は、長男としての義務は果たさねばならない」全く上昇志向の無い義清です。けれど、子供の頃仕込まれた、蹴鞠や和歌の才能で,「佐藤義清の名は公卿の間に広まっていった」対照的な清盛や「虚けの宮」と呼ばれる四ノ宮「のちの後白河院」との出会い。歴史のスターが次々登場するのでわくわくです。義清は「待賢門院璋子中宮」の警護を任ぜられます。璋子の前で和歌を詠む場面がとても素敵です。「月に恋する……」妻との別れとその言葉が切ないです。女としてどんな気持ちだったんだろう…と思うと。「あなたさまは武官としてお勤めをされるようなお方ではありませぬ。わたくしどもの手の届かぬところにいずれ赴かれるであろうと覚悟を固めておりました」璋子との間が噂にのぼることで、義清は出家を決意し、西行となるんですね。「西に行くとは、西方極楽浄土に渡られるのですか」「さにあらず。醍醐寺で出家いたしましたので、西に行くとは、この法金剛院に参ることでございます。わたくしにとっては、この場所が極楽でございます」それを受けて、璋子は、「わたしはこの浄土にて落飾する覚悟を固めました」この二人のやり取りがロマンチックでした。璋子の為の勧進はすごいなと思いました。こんなに誰の所でも、璋子の敵と思しき皇后の所にも、どこにでも行けちゃう人だなんて。出家しているとはいえ、最初の出自から見ているとすごい出世だなぁ…と思います。それだけの魅力のある人だからなんでしょうね。白河院の子供たちの因果といい、藤原家の兄弟の憎しみといい、たまらんなぁ…と思います。こんな世の中にいなくて良かったよ、と。いや、いたとしても関係ないことは確かだけれど…。このあたりの所は「新平家物語」の最初の方で読んだことの復習のような感じもありました。璋子も思えば哀しい女性だとは思いますが、西行に語った、「お芝居の最後に―」の所は切なかったです。この二人は宿縁なんですね。あくまでプラトニックラブって所が浪漫です。璋子の最期の頼みを必死に叶えようとする西行ですが、動き始めた歴史を止めることはできないのです。「西行、おぬしの努力は虚しかったな。戦は起こる。わたしが戦を起すのではない。しかし憶えておくがよい。この戦は、わたしのための戦なのだ」白河院こえ~です。西行のお話かと思っていたのですが、実は璋子という強烈な存在の女性の印象が強い物語でした。沢山の人間が己の野望を叶えようとしているのですが、元はみんな白河院と璋子からきているんだよなぁ。そんなドロドロの中、西行とは美しいだけの恋愛になっているのが浪漫といえば浪漫なのですが…。西行自身だって二人の女性を放っておいて幸せにしてあげていないし、この時代の女性は辛いな、と思いました。所々かっこいい決め台詞があるのですが、読んだ後のイメージは淡々とした感じです。西行という人はいわく言いがたい魅力のある人だということは伝わりましたが、それが何故なのかはいまいちピンとは来なかったです。周りがギラギラした人ばかりなので、確かに何にも欲しくないと言い切っちゃう人で、それなのに貴族の嗜みも武士の心得も持っているという、何気にハイパーでハイブリッドな人だからモテモテなのは分かるなー、とは思うのです。が、なんだか今ひとつ私的にはこの小説の西行さんにはそんなに惚れちゃわないなぁ…と思いました。