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と言っても、生徒のことではなく自分のことです。 気が付くと夏休み前で更新が止まっているではありませんか? 文章下手×筆不精なため、今までもこうでした。 ここは一つ、ビジュアルの力を借りようと思います。
今日、小学3年生の学校のテストを見せてもらいました。 算数の答案にはたくさんの○が並んでいました。 試しに○をもらっている文章問題について説明してもらいました。 「なぜこの式を思いついたの?」 「なぜ割り算を使うの?掛け算じゃだめなの?」 「なぜこの答えがこの問題の答えだと言えるの?」 などなど、少々意地悪く質問しました。 結果として、こちらからの質問にほとんど答えられませんでした。 式の成り立ちを尋ねているので、計算方法を説明しようとしたり 「なぜ」を尋ねているのに「そうするしかないから」と答えたり・・・。 テストの点数の結果が学力を表していないことが分かります。 学校の学習がほとんど手順を覚える学習になっていることが容易に想像できます。 おまけに、最近は漢字や計算ドリルの宿題に対する管理がより厳しくなったようです。 学校に順応すればするほど学力が下がる。なんという皮肉でしょう。
小学3年生が、学校の算数プリントを持ってきました。 コンパスを使って複雑に描かれた模様を観察して、それと同じものを自分で描くものです。 どこにコンパスの針を置き、どこに弧を描けば、お手本通りの模様が描けるか? しっかり観察しないと、想定外の模様ができてしまい、また一からやり直しです。 量も少なく面白い問題なので、コンパスの使い方のコツを教えるだけにしました。 何回やってもうまくいかず、半ば投げ出し状態になりました。 お手本をじっくり観察していないことがうまくいかない原因であることは明らかでした。 月曜までの宿題なので家に持って帰って続きをしてもらうことにしました。 できるだけ手助けをしないで時間の許す限り試行錯誤させるようにお母さんにも伝えました。 ボロボロになった紙に少々不細工な弧たちが描けていることを祈るばかりです。
子供は成長するにつれて自分でできることが増えていきます。 ある時期からは背伸びをしてでも自分ですることにこだわり始めます。 このタイミングは子供の自立にとって非常に大切だと感じます。 この、自分で何でもやりたがる時期は「自分でできることを自分でする」という習慣を 当たり前のこととして子供に自然に植えつけることができるチャンスです。 しかし、大人の側が子供の力を信じきれなかったり、 子供にさせると余計な時間や手間がかかりすぎることを嫌がったりして すでに子供ができることでも大人が代わりにしてしまう場面を目にします。 その結果、自分で動かなくても周りが何とかしてくれるという依存心が染み付きます。 大人に頼る習慣は身の回りに関することだけでなく学習にも影響します。 学習の準備や開始も大人の執拗な合図や手助けが必要になります。 目の前の問題に取り組むのにも周りの過剰な後押しがないと進まなくなります。 目先のことにとらわれず、今しかできない大事なことを優先することが大切です。 自分のことが自分でできるようにすることが学習態度にも直結します。 「急がば回れ」。
学校の時間割のように終わる時間が決まっていると 集中力が途切れていても「最後まで集中しなさーい!」という話になりがちです。 集中を強いるより、心地よい切り上げや切り替えのタイミングを計りたいところです。 そのタイミングは、その子の受け答えや表情、手の動きから判断する必要があります。 「せっかくだから最後まで」という欲張りをいかに抑えるかですね。
机の上に3枚のカードがあります。 2枚は緑、1枚は青です。 では、問題です。 「青以外のカードを指差してください。」 はい、できますね。緑のカード2枚を指差せば正解です。 もう一問。 「1日の中で『散歩する時間』以外の時間を紙に表現してください。」 いろんな描き方が考えられますね。 今日の小3生は『お持ち帰り』でした。
小3の子が2人来ていますが、共通することがありました。 問題文を絵で表せない時に、似たものの実物を見せることがあります。 例えば、「カードの厚」みをなかなか絵で表せない時に 代わりに本の厚さを指し示してもらったり、説明してもらったりします。 それだと自分で説明できるのですが、「じゃあ、見えているのをそのまま描いてみたら」と 言うと、別のこと(例えば、真上から見た場合のカードの縦の長さ)を描きます。 目の前にあるものを利用して描くのも難しい場合、 頭でイメージしたものを描くのはなおさら難しく感じていることでしょう。 一事が万事。あせらず一歩ずつ。 |一覧| |
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